ここはどこだ…暗くて何も見えない…。

「…さん」

私を呼ぶのは誰だ…?

「ナイトモンさん!」


エピローグ 現在(いま)から未来(あす)へ
―Concluded to the Story―


目を開いたとき、彼の前にいたのは白と緑の毛並みの、大きな垂れた耳を持ったデジモンだっ
た。彼、ナイトモンがよく通っていたレストランでウェイトレスをやっていたテリアモンだった。

「テリアモン…私は…?」

ナイトモンは身を起こす。辺りには無数の岩の破片が落ちている。

「みんな―――っ!ナイトモンさんが見つかったよ――――っ!」

テリアモンが叫ぶと、周りにたくさんのデジモンが集まってきた。皆ハーディックシティの住民
だ。ナイトモンともに戦ったケンタルモン、デルタモン、ベーダモン、フレイモン、バルブモンもい
る。

「バルブモンで私達も追おうと思ったのだが、奴に結界をはられてイグドラシルの所へ行く事が
出来なかった。右往左往しているうちに崖が爆発してな。何かあったと思って貴方や吉武、ガイ
オウモンを探していたのだ」

そこでケンタルモンの前にベーダモンが割り込んだ。

「これだけの人数を集めたのはアタシのコネ(とケンタルモンの人望)があったからよ!感謝し
なさい!」

ふんぞり返って言うベーダモンを見て、ナイトモンは飽きれかえった表情で言った。

「礼は言っておこう。だがその性格は直した方がいいぞ」

ケンタルモンは集まってきた町の住民達の前に立ち、こう言った。

「少し込み入った話があるので、皆は捜索を続けていてくれないか」

住民達はまたナイトモンから離れていく。そしてケンタルモンは『本題』を話し始めた。

「奴は…バルバモンはどうなった?そして吉武達は…」

「…今度こそ死んだ。私がこの手で止めを指した。相打ちに近い形だったので彼らの事は分か
らん。ただ…」

ナイトモンは少しためらうように続けた。

「彼らはもう、この世界にはいない…なぜだか分からないが…そんな気がする…。あの人間…
吉武は、この世界が大好きだと、この世界のデジモン達ならデジタルハザードを防ぐと…信じ
てくれた」

その答えに対して、ケンタルモンは「そうか…」と寂しげに答えた。重い沈黙がその場を支配す
る。その重苦しい空気を吹き飛ばそうと、意を決したようにフレイモンが口を開いた。

「ケンタルモン!俺を…鍛え直してくれ!あんたの事は吉武やガイオウモンから聞いている!」

フレイモンはケンタルモンに対して土下座する。かつて、吉武達に仲間にしてくれと頼んだよう
に。

「あんたやナイトモン、デルタモン、パイルドラモンのように強くなりたいんだ!またバルバモン
みたいな奴が現れても倒せるように…吉武が大好きだと言ったこの世界を守れるように!ガイ
オウモンよりも強い男になれるように!」

「…頭を上げてくれないか、フレイモン。私は人に頭を
下げられるのは苦手なのでな」

「それじゃあ…!?」

ケンタルモンは軽く頷いた。それを見てフレイモンは飛び跳ねて喜ぶ。

「『強い奴』リストに俺の名前は入ってないと言う訳ね…」

先ほどのやり取りを遠目に見ていたメカノリモンが呟く。

「マアマア、貴方も完全体なり究極体なりに進化して、見返してやればイイ事デショ〜♪」

傍らにいたザッソーモンが茶化すように言う。

「おっ、珍しくいいこと言うな、ザッソーモン」

「ソレに…本当の強さってのは、力が強いとか、頭がいいとか、そんな事じゃぁないと思うんデ
スヨ…」

ザッソーモンは普段と違う、しんみりとした様子で言う。先ほど以上に普段の彼らしくない発言
に、メカノリモンはキョトンとする。

「マ、その理論でいけばアナタよりワタクシの方が上デスネェ〜♪」

ザッソーモンは普段どおりの人を子馬鹿にしたような笑いを浮べ、茶化すように笑う。

「んだとぉ!?」

憤慨したメカノリモンのビンタを、ザッソーモンはジャンプして避けた。

「…フン。つまらねぇな」

メカノリモン達ともナイトモン達とも離れた場所にいたパイルドラモンは面白く無さげに呟いた。
彼は元々ナイトモンと戦う為にハーディックシティへ来たのだが、そこでケンタルモンらと出会
い、強者との戦いを予感を感じたから彼らに協力していたのだ。しかし結局のところ彼の望む
ような強者との一対一の戦いにはならず、ガイオウモンもどうやらどこかへ行ってしまった。彼
が目をつけていたナイトモン、ケンタルモン、デルタモン、そして自らも手負いの上、今はどうも
決闘を仕掛けられるような空気ではない。

「本当に面白くねぇ!クソッ!」

悪態をつきながらパイルドラモンは四枚の翼を広げ、空中に舞い上がる。彼は元々デジタルハ
ザードも、NDWやイグドラシル、X抗体の事も信じてはいないし興味も無かった。彼が今ここで
は自分が望む強者との戦いが得られないと判断した今、ここにいる理由は無かった。

「あばよ。またいつか、な」

パイルドラモンはそう呟くと、翼を羽ばたかせどこか遠くへ、強者のとの戦いを求めて飛び立っ
ていった。

「ケンタルモン!」

ケンタルモンは自分を呼ぶ声に振り向く。そこには赤い鉄のマスクで顔を覆った天馬…ユニモ
ンがいた。

「よかった…無事で良かった!」

ユニモンはケンタルモンにすりより、首をケンタルモンの身体にこすりつける。

「お、おい止めろ、み、皆が見てる!」

フレイモンをはじめ、回りにいたデジモン達は茶化すような視線を彼らに送る。心なしかケンタ
ルモンの兜に覆われた頭部が赤みが差したように見えた。

「だから止めろって…皆がみ…」

デルタモンの背中がケンタルモンの目に止まった。ケンタルモンの言葉が途切れ、ユニモンも
茶化していた皆も固まる。

「…デルタモン」

ユニモンが申し訳無さそうにデルタモンに声をかける。数年ぶりの再開だと言うのに、かける言
葉が見つからなかった。かつてハーディックシティで生まれ育った幼馴染だったケンタルモン、
ユニモン、デルタモン。いつしかケンタルモンとデルタモンはユニモンをめぐって決闘し、ケンタ
ルモンはデルタモンに一服盛る事によって勝利した。そしてデルタモンは姿を消した。数年後、
再び二人は決闘した。それによって二人のわだかまりはまあ解けたのだが、ケンタルモンはハ
ーディックシティに帰ってきたときデルタモンに気を使ってユニモンとは会わないようにしていた
のだ。

「ごめんなさい、私…」

「もう何も言うな!」

ユニモンがやっとの思いで搾り出した言葉を、デルタモンの叫びが遮った。

「俺にはわかってるさ…すべてな…」

デルタモンはいつの頃からか気づいていた。決闘の前からすでに、ユニモンはケンタルモンに
惹かれていたという事に。

「ケンタルモン、あの決闘は先に倒れた俺の負けだ。胸を張って自分の女だと言ってもいいん
だぜ…」

失恋した男がいつまでもだだをこねても見苦しいだけだ。そう自分に言い聞かせてデルタモン
は二人に背中を向けたまま去っていく。

「すまないデルタモン…。ユニモンは私が幸せにしてみせる!必ずな!」

ケンタルモンは哀愁の漂うデルタモンの背中に叫ぶ。幼い頃からの親友への、別れの言葉
を。デルタモンは無言で、ゆっくりと去っていく。普段ならここで茶化すはずのメタルヘッドも、普
段から無口なスカルヘッドも黙ったままだった。

「ふられたふられたー」

代わりにバルブモンが茶化した。

「少しは!」「空気を!」「ヨメェェェェェェ!」

デルタモンが振り返る。三つの頭部の瞳には涙が溜まっていた。

「ト」「リ」「プ」

三つの頭部の口にエネルギーが溜まる。

「レックスフォォォォォォォォォォス!」

三つの口から放たれた青白い閃光は一つに絡まり、バルブモンに直撃する。

「あ〜れ〜」

転がっていくバルブモンと、泣きながら走り去っていく幼い頃からの親友が、二人の新たなる門
出を祝福(?)していた。

「ナイトモンさん」

苦笑いしているナイトモンにテリアモンが声をかけた。

「大事なお話は終りましたか?」

「あ、ああ」

「これ、受け取ってください!おやっさんが造ってくれたお弁当です!」

テリアモンは小さなプラスチックの四角い箱を差し出す。蓋を開けてみると、中にはチーズの乗
った大きなハンバーグが入っていた。ナイトモンがテリアモンがウェイトレスをやっている店でい
つも食べているチーズハンバーグだった。ナイトモンはそのそばに、小さな、いびつな形のハン
バーグが入っている事に気づく。

「これはまさか…」

「あっ…その、それは私が作った奴で…形も変だし、美味しくないかも…」

おもわず顔をそむけながら、テリアモンは申し訳無さそうに言う。

「いや…そんな事はない」

「えっ!?」

テリアモンがナイトモンに向き直ると、弁当箱の中にあった小さなハンバーグはなくなっている。
ナイトモンは満面の笑顔を向けてテリアモンに言った。

「今まで私が食べたハンバーグの中でも一番だ。本当に美味かった」

テリアモンは破顔して、

「ありがとうございます!そういわれると、お世辞でも嬉しいです。私はお店の仕事があるの
で、帰りますね」

と言って駆けて行った。その後姿を見て「嘘じゃないさ」と心の中でナイトモンは言って、立ち上
がる。

デジタルハザードの危機は去ったわけではない。我々に、デジモン達にこの危機を乗り越える
事ができるのか…いや、乗り越えなければいけない。そう決意して、ナイトモンは拳を握り緊め
る。

「そういえば、まだ言っていなかったか…」

ナイトモンはふと思い出し、空を見上げる。

「ありがとう。吉武、ガイオウモン」

ナイトモン達の、デジモン達の新たな戦いは始まったばかりだった。











ワイヤーフレームで構成されたその空間に、それはそびえ立っていた。その空間と同じくワイ
ヤーフレームで構成された球体にリングがつき、様々な大陸の画像が球体の表面に浮んでい
た。それこそがデジタルワールド、いや新世界『NDW』の神、イグドラシルであった。ネオンの
ように様々な色に点滅するイグドラシルに照らされるその広間に、一体のデジモンが入ってき
た。優雅な足取りで入ってきたそのデジモンに、広間の壁際にあぐらをかいて座っていたデジ
モンが声をかける。

「金属疲労で壊れたのか?いい姿になったものだな。『赤薔薇の騎士』」

声をかけられたデジモン、ロードナイトモンの左手に持つ金色の盾は盾の先端から中心部に
かけて裂けていた。さらにその傷から繋がるように左腕が焼け爛れており、頭部全体を覆う兜
にも裂傷が刻まれていた。

「新しい趣向だと思ってくれたまえ。美の追求には様々な方向からのアプローチが必要だ」

ロードナイトモンは自らに声をかけたデジモンに、負け惜しみともとられそうな返答をする。

「フン…」

全身を白い鎧に包み、背中には大きな翼を生やしたロイヤルナイツの一人、『飛竜の騎士』デ
ュナスモンは付き合ってられんとばかりに目を閉じ、浅い眠りにつく。ロードナイトモンはデュナ
スモンを一瞥すると、ゆっくりとイグドラシルの下へ歩いていき、跪く。

「歴史改変を試みたデジモン達の始末と過去のイグドラシル様の復旧…結果から先に言わせ
ていただきます。失敗に終りました」

ロードナイトモンは任務の経過をイグドラシルに報告する。自らの失態にも関わらず、淡々とし
た感情の篭らない口調で話していく。

「X抗体の保持者は最後に爆発的な力を発揮…ワタクシも全力で応戦しましたが二つの強大な
力のぶつかり合いによって空間が歪み、過去のイグドラシル様は…完全に消滅しました」

ロードナイトモンは明かに矛盾の生じる結果を報告する。過去のイグドラシルが完全に消滅し
たのならば、イグドラシルもロードナイトモンも、NDWすら存在しないはずだ。

「私は何とかタイムゲートを開いて帰還しました。我々が消滅していない所を見る限り、あのゆ
がみが原因となってNDWが生まれたこの歴史とイグドラシル様が消滅したあの歴史は平行世
界…パラレルワールドとなったものとおもわれます。こちらからあの世界への干渉は完全に不
可能になりましたが、あの世界で何が起ころうともこちらに影響を及ぼす事はありません。…以
上、任務の経過報告を終ります」

ロードナイトモンに返答するようにイグドラシルが数度瞬く。それに対してロードナイトモンは首
を振って返答した。

「今回の任務、一度は私の油断により失敗してしまいました。二度とそのような事がないよう、
戒めとして次の任務につく直前まで残しておきたいのです」

そう言ってロードナイトモンはイグドラシルから離れ、壁に背を預ける。

(あの光…デジモン達の強い意思が起こした奇跡…それはこの私すらも超える力を生み出し、
そして…美しい)

ロードナイトモンは顔の傷を撫で、ガイオウモンとの戦いを思い出し、恍惚に浸る。彼はあの奇
跡を、彼が知る限り最も美しいものを見せたデジモン達を、命こそ世界の安定よりも価値のあ
るものだと考え始めていた。

(いつか…もしもデジモン達があの奇跡を…美しいものをもう一度見せる事ができたのなら…
私は…)

そこまで考えてロードナイトモンは頭を振ってその考えを打ち消す。主君の前で主君を裏切る
事を考えるのは彼の美意識が『美しくない』と判断したからだ。代わりに思い出されるのは、ガ
イオウモンの最後の姿だった。空間の歪に飲み込まれるガイオウモンの姿を…。

(彼の行き先はどこか別の平行世界…。イグドラシル様の力をもってしても人間の世界とデジタ
ルワールドの行き来のみが限界。常識的に考えれば彼の言う『元の世界』に帰るのは不可能
だが…)

彼ならばそれすら可能にするかもしれない。

彼はそんなことを眠りに落ちつつある意識の中で考えた。










少し霧のかかった早朝の朝、一人の子供が公園の門をくぐった。子供は四、五歳ぐらいの歳
で、優しそうな顔をしていた。彼は誰もいない、普段とは違った雰囲気の公園にはしゃぎ、一人
でブランコをこいだり、何度も何度も滑り台から滑り降りたりした。

彼が住んでいるのはこの近辺の、建築からだいぶ経った古いマンションだった。彼が新築のマ
ンションに住んでいる友人を羨ましがって父に「どうしてこのマンションに住んでいるの?」と聞
いたとき、父はこの公園が好きだからと答えた。

「どうしてあの公園が好きなの?」と聞いた時、父は大切な思い出のある場所だからと照れくさ
そうに答えた。次にした「大切な思い出って何?」という質問をしたとき、父はいつもの様に優し
く笑っているだけだった。母に聞いた所、父は母にもその思い出を話した事がないと言う。

彼は以前、父から聞いた事がある。時々早朝のこの公園に一人で行って、考え事をすると。彼
が今日一人でこっそりと家を抜け出してこの公園に来たのも、父の真似事をすれば父の言う
『大切な思い出』が分かるかもしれないと思ったからだ。

しかしすぐに遊びに飽き、お腹もすいてきたので彼は帰ろうとした。その時だった。

公園の隅の茂みに、小さな光が漏れていた。

彼はその光がとても素敵なものに思え、喜び勇んで駆け寄っていった。

光がだんだんと大きくなっていった。




RED―HEART 完

Thanks you reading!!



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