少女とデジモンは行く。
石造りの街道をどこまでもどこまでも…。





風が顔を撫でるのを感じて、僕は目を覚ました。目を開けた途端、高く上った太陽の光が僕の
目を焼いた。

「ううん…眩しいよぉ…」

右手で目を庇いながら、左手で頭のすぐ横に転がっているであろう本を探す。顔に乗せて寝て
いたはずの、古びてページがヨレヨレになった本はめいっぱい左手を伸ばした辺りに落ちてい
た。寝ている間に風邪で飛ばされて落ちてしまったらしい。うう、日焼けしちゃったかも。

「あーあ、もっと分厚い本を載せとけばよかったな」

目がなれて意識も覚醒してきた僕は、本を拾って身を起こす。そこで始めてお尻や背中が痛み
を知覚する。体を支えている手の平にはゴツゴツした岩の感触。やっぱりこんなところで寝るも
んじゃないな。

「やっぱりこんなところで寝るもんじゃないな」

「人の頭の上で鼾を書いておきながら、随分な言い草だな」

思わず口にしてしまった僕の言葉に対して、足元から返事が帰ってきた。

「ふんだ。ゴーレモン、お水とってよ」

僕は僕を乗せて歩いているゴツゴツとした岩の塊…体が岩で出来たデジモン、ゴーレモンに向
かって言った。

「そのくらい自分で取れ」

即答だった。声は不機嫌そうじゃなかったから、機嫌が悪いという分けでもないんだろうけど、
面倒くさがらずに水筒くらい取ってくれてもいいのに。そう思いながら僕は自分のすぐ後ろ、ゴ
ーレモンの背中にくくりつけられた大きな皮袋の中から水筒を取り出し、生温くなった水を喉に
流し込んだ。残り少なくなってきたし、町も近いから全部飲んじゃおう。

「ゴーレモン、あとどのくらいで町に着きそう?」

水を飲み干した僕はゴーレモンの頭の上に飛び乗り、鋼鉄の仮面で覆われたゴーレモンの顔
を覗き込む。

「あと一時間くらいだ。大人しくしていろ」

ゴーレモンは鬱陶しそうに僕をつまみあげると、先ほどまで僕が寝ていた背中の上に降ろす。
あと一時間も座りっぱなしなのか。お尻が腫れ上がっちゃうよ。

「町に着いたらクッションを買おうよ。僕の体型がキュッキュッボン!になっちゃう」

僕は擬音を口にしながら、身振り手振りでクッションの重要性を解説する。あ、ここ背中だから
ジェスチャーの意味が無い。

「そんなことよりも路銀が尽きかけている事の方が問題だ。適当な賞金首でも捕まえて路銀を
得る必要がある」

僕のお尻はそんなこと?酷いなぁ。そう思いながらレザースカートの上からお尻を擦る。すると
色あせてボロボロになったレザースカートのお尻の部分がビリ、と小さな音を立てた。ゲゲッ!
スカートのお尻に切れ目が…。

そういえば僕の服も随分くたびれてきたなぁ。膝こぞうまでカバーする黒いブーツも底が磨り減
ってきたし、丈夫な生地で出来たベージュの上着も解れが目立つようになってきた。新しい服
一式が欲しいな。この前食費を切り詰めてまで買ったあの服、すぐボロボロになっちゃったから
もっと丈夫な服を買わないと。

「アロエ、町に付くまですることがないんなら剣の手入れでもしていたらどうだ?」

どんな服がいいかなと考えていたら、ゴーレモンが不意に声をかけてきた。ゴーレモンは結構
小うるさいところがあって、食事の栄養バランスとか、お金の使い方とかを何時も僕に指図す
る。そういうところが僕は余り好きじゃない。僕の服の選び方にも猛反対してくるくらいだ。母さ
んじゃあるまいしさ、そんなに文句つけなくていいじゃないか。まあ、服に関しては先にゴーレモ
ンの方が先に根負けして、今は何も言ってこないんだけどね。

だけどゴーレモンはとても頼りになる。何時も僕を載せて歩いてくれるし、ベッドとしては最悪だ
けど暑い日は日よけになるし、火で暖めれば鉄板代わりにもなる。腕っ節も強くて、何より鉱物
型のデジモンだから食費が掛からない。ゼロって分けじゃないけどね。

剣の手入れを欠かさないようにというのもよく分かる。賞金首を捕まえて路銀を稼いでいる僕ら
にとって剣は大事な商売道具だし、いざと言うときに身を守る為の得物は常に万全のコンディ
ションにしておく必要があるからね。

僕は寝るときもそばに置いて、何時でも手に取れるようにしておいた愛用の剣を手に取る。
鍔の部分にはそこらの剣とは比べ物にならないほど手の込んだ、綺麗な装飾が施されてい
る。でも装飾の部分にはちゃんとした手入れをしていなかったから錆付いて色あせていて、僕
はこれを見るたびに『昔は隆盛を誇っていたが今は滅びた王朝』という単語を連想してしまう。

鞘も二束三文であつらえた木の鞘だし、鍔の部分に裏表で別々の宝石がはまっているけど、
片面の丸い宝石は灰色に濁っていて、もう片方の宝石はレンズみたいになっているんだけどレ
ンズの奥は真っ暗で、覗いても何も見えやしなかった。

手入れの為に鞘から刀身を抜くと、流石に毎日の手入れの甲斐あって刀身には金髪をポニー
テールに結い、パッチリとした青い瞳がかわいい僕の顔が一点の曇りもなく映りこんでいた。よ
かった、おもったより日焼けしていない。その事に満足した僕は、鼻歌交じりに剣の手入れを
始めた。







「ふーん、それじゃあさらわれた女の人達を全員無事に助け出したら、ミノタルモン達に掛けら
れている懸賞金以外にも報酬をくれるの?おじさん」

そういいながら僕はフォークで皿の上の葉っぱを串刺しにして、口に運ぶ。うえっ、ほとんど青
臭い味しかしない。ドレッシング薄いなー、このサラダ。寂れた酒場の料理なんてこんなもの
か。

「あ、ああ。さらわれた村の女達を無傷で助け出してくれたら、ギルドが出す賞金以外にもわし
らの村から報酬をだそう」

萎縮しながら答える今日のメインディッシュ、調理待ちの赤いニワトリ。じゃなくてしがない農夫
のおじさん・アカトリモン。僕達を含めても4,5人しか客の入っていないこの酒場。僕達二人が
(と言っても食べるのは僕だけなんだけど)ここで食事をしながら賞金首を捕まえて路銀を確保
する相談をしていると、このおじさんが声を掛けてきた。因みにスカートの切れ目はマントで誤
魔化してある、

おじさんの村はこの町から山を一つ挟んだ向こう側にあって、近くに賞金首のミノタルモン盗賊
団がアジトを作って居座っているらしい。そして盗賊団が頻繁に村を襲撃して女達を攫っていく
というベッタベッタな話だ。いまどき子供でももうちょっと捻りの入った話を思いつくよ、ホント。

「ミノタルモン達はここから山一つ超えたところの古戦場跡、そこの廃城をねぐらにしているん
だ。恐ろしい事に廃城には何門か大砲が残っておって、もう何人かの賞金稼ぎが返り討ちに会
っておるそうじゃ…」

「そのくらい知っているよ。町でちょっとした噂になってる」

「そ、そうじゃったか。すまんのう…」

アカトリモンのおじさんはまた萎縮して頭を下げる。僕のあまりの可愛さに萎縮している、のな
らいいんだけど、おじさんがビビっているのってゴーレモンの図体になんだよね。声を掛けたの
だって強そうなゴーレモンが賞金首云々って喋っていたからであって、僕一人がしょうきんくびう
んぬんなんて言ってたら、

『ハハハ、可愛いなぁナデナデ』
『よーし、お持ち帰りだキャッホウ!』

になっちゃうからなぁ。世間には体を武器にする女の賞金稼ぎがいないわけじゃないけど、僕
は11歳で胸もお尻も小さいから普通の人はそういう役目も出来ないと思うみたいだし。
でも世の中には結構そういう趣味の人もいるんだよね。ずっと女っ気のない環境にいて見境の
ない奴もいるし。

「ミノタルモン盗賊団か…一人につきに賞金は一万Bit。盗賊団は20人だから全員で20万
か。それに村からの報酬で2万…か」

「引き受けてもいいんじゃない?成功報酬は大いに越した事が無いし」

新しい服を買うためにも少しでもお金があった方がいいからね。

「引き受けよう。報酬は女達を助け出してからで構わん」

「おお!有難うございます!」

おじさんはゴーレモンに向かって頭を下げた。それから少し間を置いてから思い出したように、
ふんぞり返っていた僕にも頭を下げた。気分悪いなぁもう。きっとおじさんには僕が虎の威を借
る狐のように見えているんだろうな。








「中々立派な城だな」

「盗賊には分不相応じゃないの?生意気だよ」

丘の上から盗賊達のアジトになっている廃城を見下ろしながら僕達はそんな会話をした。何百
年も前に攻め滅ぼされたその城は城壁は焼け焦げていて、尖塔部分は軒並み崩れ落ちてい
てかつての栄光は見る影もなかった。それでも大部分はまだ原型を止めていて盗賊のアジトに
しては立派過ぎるほどで、宿無しの僕らから見ればうらやましいぐらいだった。

「立派ではあるが、立地条件が悪いな。周りを山に囲まれている」

ゴーレモンの言葉を補足させてもらえば、廃城の後ろと左右は切り立った崖に囲まれていて、
城門の前には僕達が立っている小高い丘がある。つまりこのお城は常に高いところから攻め
込まれてしまうって分け。ホント、何考えてこんなところに建てたんだろ。

「恐らく、この城はこの丘から投石器や大砲、バリスタなどの攻城兵器を打ち込まれて落城した
のだろうな」

ゴーレモンの推測を裏付けるかのように、僕の胸元くらいまでの高さまで伸びた背の高い草の
間から、苔むした臼砲が頭を覗かせていた。この丘には昔の戦争で使った攻城兵器や槍が今
でも草の間から顔を覗かせていて、歩くにはちょっと注意がいる。まあ僕は今もゴーレモンの上
に乗せてもらっているんだけどね。

「とはいえ…こちらが城に近づくのは難しいな。丘を降りていくと大砲で狙い撃ちにされてしま
う」

「僕ならこの草に隠れて気づかれずに城門まで行けるけど…流石に正面から城に入るのはむ
りそうだね」

流石に盗賊達も敵の侵入を容易にするこの背の高い草を頬って置かなかったのか、城の前の
草は綺麗に刈られていて、城の前までは隠れて行けそうだけどそこから先は身を隠す場所が
ない。ゴーレモンじゃあそれ以前に体が大きすぎて草に身を隠せずに見つかってしまう。

「あーあ、盗賊のクセにこんな立派なお家にすんじゃってさ。やっぱり分不相応だよ」

僕はじれったくてイライラしてしまい、思わずさっきと同じ言葉を繰り返してしまう。今日は暑い
日だったので、いつの間にか汗がポタポタと垂れてきて服が素肌に吸い付いてきて気持ち悪
い。

「あ――っ!熱い!」

僕は我慢できなくなって、ブーツもスカートも上着もインナーシャツも全部脱ぎ捨てショーツだけ
の格好になる。汗で濡れた素肌が風に晒されて、とても気持ちがいい。その勢いに任せて僕は
ショーツに手をかけそうになって、流石にそこで思いとどまった。

少し考えて、ムレてきたし、回りに誰もいないしゴーレモンも特に反応を示さないので脱いでし
まうことにした。

「…いい事を思いついたぞ、アロエ」

お尻がショーツから除いたそのとき、ゴーレモンが不意に声を掛けた。僕は反射的にショーツ
を元に戻してから「何?」と聞き返す。聞かされたゴーレモンのアイディアは見事なもので…い
や、ひょっとしたら失敗するかも知れないけど手っ取り早く事が終わりそうなので僕はこの案に
賛成した。

「この作戦だとアロエが私と一緒に城の中に行くのは無理だな…ここで待っているか?」

「冗談!いくらゴーレモンでも一人で盗賊団全員を相手にするのは面倒でしょ?僕が先に行っ
て引っ掻き回して…いや、なんなら一人であいつらを全滅させてあげるよ!」

そう言って僕はゴーレモンの上に仁王立ちして裸の胸を張った。ここで僕の腕を証明したって
アカトリモンのおじさんを見返すことが出来るって分けじゃないけど、だからって何もしないのは
悔しいからね。







「お嬢ちゃん?そんなボロボロのおべべ着てどうしたんだい?」

緑色の外骨格で体を包んだ、蟷螂みたいな姿のスナイモンが僕の顔を覗き込む。
僕は怖がって不安げに眼を潤ませながら後ずさる…振りをする。

「あ、あの…私あの村に済んでいるクロエといいます…」

僕は「恐怖に耐えながら懸命に言葉を搾り出す少女」の演技をする。因みに僕が今来ているの
はボロボロになったメイド服。可愛いから買ったんだけど外歩きには向いてなくて直ぐにボロボ
ロになっちゃった奴だ。

「へぇ〜クロエちゃんねぇ〜?美人揃いのあの村から一人でここまで歩いて来たのかい?そん
なに服をボロボロにして…偉いねぇ〜?」

この馬鹿面さげて三流冒険活劇の悪役みたいな台詞を吐いているスナイモンは盗賊団の一
人。廃城の門番兼草刈役なのだろう。このスナイモンの後ろにはぽっかりと口を開けた城門
と、その傍にはもう一人のスナイモンがいる。

「あ、あの…もう、私の村を襲わないでください!」

ここで大きな声ではっきりと自分の目的を主張する。これで「気弱だけど、芯の強いヒロイン」
の出来上がり。これで相手が見た目どおりの馬鹿ならきっと上手くいく。

「偉いねぇ〜偉いねぇ〜。おじさん関心しちゃったよ〜」

良し、馬鹿だ。スナイモンは体を大きく折り曲げて、僕に顔を近づける。スナイモンは僕に比べ
てかなり体が大きく、それが僕に覆いかぶさるような状態になっているのだから恐らくもう一匹
のスナイモンから僕はみえないだろう。上手く行き過ぎて怖いぐらいだよ。

「でもねぇ〜。女だと思って油断したところをザックリっていう悪い奴もいるからねぇ〜。裸にな
って何も隠し持っていないことを証明してくれないとお城にはいれられないなぁ〜」

スナイモンは僕の顔に触れそうなほど舌を伸ばし、両手の鎌の先を僕に近づけてきた。そうい
う類の輩がいるって知っているのに何でこんなに簡単に引っかかってくれるかなぁ。僕もそうい
う類の人間なのに。

もう少し付き合ってあげるのも楽しいかもしれないけど、ゴーレモンと打ち合わせた時間が近づ
いてくるのであんまり遊んでいられないんだよね。軽くため息をつきながら、僕はスカートの中
に隠した抜き身の剣を握った。

「だdっs#f!?」

「ど、どうした!?」

声にならない悲鳴を上げた相棒に驚くもう一匹のスナイモン。スカートを切り裂いて現われた剣
で舌の先端を切り取られてもがくスナイモンの体の下をすり抜けて、僕は城門に向かって一直
線に走る。

剣を握っている僕の姿を見とめたスナイモンはすぐさま僕に襲い掛かって来た。スナイモンは
成熟期では素早い部類に入るけど、それでも僕との小回りの差は歴然としている。襲い掛かっ
てきたスナイモンの腹の下をスライディングで僕はすり抜けて城門に入る。いてて、ショーツの
お尻が汚れちゃった。

薄暗い場内に入ってすぐに左右に道が分かれていたので、僕は直感的に右を選ぶ。でもそっ
ちは行き止まりだった。慌てて振り返ると別れ道の部分にさっきのフライモンが立っていて道を
塞いでいた。

「食らえ、シャドウシックル!」

鎌の部分から衝撃波を飛ばす技を放とうとスナイモンが鎌を振り上げる。でも鎌は壁に引っか
かって振りぬけなかった。その隙を付いて僕はまたスナイモンの腹の下をすり抜けてもう片方
の道へ進む。ばーか、仲間はあんたのサイズじゃ城の中を自由に動けないから見張りやらせ
ていたって事に、なんで気づかないかなぁ。

「シャドウ、シャドウシック…ぬわあぁぁぁぁぁ…!」

馬鹿がもがく音と壁が崩れる音と悲鳴が聞こえてきたけど、僕は気にせず通路を走っていく。
廃城の通路の中は洞窟みたいに暗くて涼しい。でも壁の崩れているところは陽光が差し込んで
いて、外と同じように立っているだけで汗が滲むほど熱い。僕が盗賊団だとしたら、当然壁が
残っていて日光が遮断される部屋にいる。僕は外から見て比較的崩れていない方面に向かっ
て走っていく。すると女の人のすすり泣く声が聞こえてきた。

一瞬幽霊かと思って立ち止まってしまったけど、よく考えれば村の女の人達がつかまっている
んだから、それくらい聞こえて当然だ。僕のばか。立ち止まりついでに周りを見てみると、上り
階段と下り階段があった。下り階段の方を覗き込んでみると、案の定そこは地下牢だった。

地下牢の中にはリリモンやネフェルティモン、ハーピモンやスワンモン等のデジモンが捕まって
いた。うん、美人揃いだ。でもリリモンとか裸になってる…無傷っちゃあ無傷だけどとっくにキズ
モノかぁ。ちゃんと報酬貰えるかな…。

「お姉さん達、助けに着ましたよ!」

ホントはお姉さんって年じゃない人も混じっているけどおべっかを使っておくことにしよ。下手な
事して報酬がなくなったら困るし。

「…あなたが?」

牢屋の隅で蹲っていたリリモンが不安そうに呟いた。…こんなところまで来ているのにまだ信
用されないのか、僕は。少しくじけそうになったけど昼間市場で見かけた可愛い服を思い出し
て気を奮い立たせる。頑張れ、アロエ。

「こんなところまで入ってくるとはよ…たいしたガキだぜ!」

後ろから剥き出しの殺気を感じて僕はとっさに地面を転がる。僕がさっきまで覗き込んでいた
階段に堅い骨が叩きつけられて、怪談の石畳が飛び散る。

「チョロチョロしてんじゃねぇよ」

赤鬼の姿をしたフーガモンは大きな骨を棍棒代わりに振り回して僕に襲い掛かる。僕はまた地
面を転がって避けて、ついでに剣でフーガモンの足首を切りつけてやった。人間の力じゃデジ
モンの筋肉の鎧に覆われた四肢を切断するのは難しい。僕のような子供ならなおさらだ。

でも太刀筋がしっかりとしていれば僕の力でもダメージを与える事は可能。その証拠に、今フ
ーガモンは足首から鮮血を流してふらついている。僕の2倍以上ある重い体躯を支える足を切
りつけられてふら付いているフーガモンの懐に飛び込み、剣の柄をフーガモンの喉元の急所に
叩きつけるとフーガモンはもんどりうって倒れた。

小さい頃から師匠にしごかれて、今でも毎日ゴーレモンとスパーリングしているんだ。デジモン
を相手にするときの戦い方なら知り尽くしているさ。

「二階か…ゴーレモンが来る前にミノタルモンを仕留めようかな」

登り階段の上から喧騒が聞こえてくる。既に今の騒ぎで気づかれているだろうから、正面突入
としますか。僕は一気に階段を駆け上がり、二階へ登る。階段の出口で二匹のフーガモンが
棍棒を構えて待ち構えていたけど、振り下ろされた棍棒を軽業師のように大きくジャンプして避
けて、足を大きく左右に開いて二匹の顔面に蹴りを入れてから着地する。残念でした。

「本当に人間の…それもガキ一人かよ。見張りのスナイモン達は何をやっていやがったん
だ!?」

薄暗い広間の奥にある朽ちた玉座に座った牛頭のデジモン、ミノタルモンが信じられないとい
う表情で言った。信じられないのなら、僕が今からどうやってここに来たのか証明させてあげま
すか。

「かかれ!大人の事情に首を突っ込んだことを、後悔させてやりな!」

月並みなミノタルモンの号令で広間にいた20人近いデジモン達が一斉に僕に向かって殺到し
てくる。僕の狙いはミノタルモン一人。ザコに構っている時間はない。まず正面から向かってき
たヒョーガモン二人の間に体を滑り込ませ、すり抜ける。二人のヒョーガモンは後ろから僕を襲
おうとしていたさっきのフーガモン二人と派手に激突して、四人で派手に階段を転がり落ちてい
った。

他も似たり寄ったりの図体ばかり大きなデジモンばかり。脇をすり抜け、股を潜って、時には頭
上を飛び越えて僕はどんどんミノタルモンに肉薄していく。すれ違いざまに切りつけたり足を引
っ掛けたりして転倒させているから、追いつかれることはない。そうしている前にもう僕の前に
はミノタルモン以外のデジモンの姿はない。思った以上に楽だったな。

「ギヤハハハ!」

そう思っていると頭上から突然奇声が聞こえてきたかと思うと、目の前に嫌らしい顔をした悪魔
型デジモン、イビルモンが突然出現した。

「うええっ!?」

イビルモンの顔がいきなりどアップで現われて思わず僕は足を止めてしまい、次の瞬間には寸
前にイビルモンの爪が迫っていた。やば、避けられない!

「スクラッチビート!」

僕は反射的に剣で爪を受けたけど、イビルモンは次々と爪の攻撃を繰り出してくる。ああもう、
天井に張り付いていたのに気づかなかったなんて…。出鼻をくじかれた僕はそれを剣で受ける
のが精一杯の状況になって、僕の疾走は止まる。まずい、ここで止まっていたら後ろの連中に
追いつかれる。こうなったら一か八か…。

「きゃんっ!」

僕はイビルモンの攻撃の衝撃に耐えられず、派手に尻餅を着いて転倒する。無論わざとだけ
どね。イビルモンは更に僕に追い討ちを掛けようとするが、そこで動きを止める。大また開きで
倒れた僕のショーツを見て。今だ!

「ばーか、今時パンチラ程度で立ちすくむなよっ!」

「ギヤヒィィィィィィィィィ!!」

剣をふるって、イビルモンの顔を縦に切り裂く。耳障りな悲鳴がうるさい。

「そのでかい顔を借りるよ!」

仰け反るイビルモンの大きな顔を踏み台替わりにして、僕はミノタルモンに向かって跳躍する。
後ろから一泊置いて転倒して頭蓋骨が多大なダメージを受ける鈍い音が聞こえたけど、多分
死んでないよね?顔を切ったときも加減してたし。

「くそ、ガキ相手に何やってんだ!」

ミノタルモンが朽ちた玉座からようやく重い腰を上げ、飛び掛ってくる僕に向かって拳を振り上
げる。そんなの当たらないよ。僕は身を捻ってそれを避ける。驚愕に見開かれたミノタルモン
の瞳を横目に、空中で一回転して僕は華麗にミノタルモンの後ろに着地する…はずだった。

「あれ?」

空中で一回転する途中でメイド服の長いスカートの裾が何かに引っかかり、回転が止まった。
そのまま重力にしたがって僕の上体は地面に落ちて、したたかに頭をぶつけてしまった。

「痛い!!」

僕は思わず剣を離し、頭を押さえてしまう。涙がでるほど痛い。うう、たんこぶが出来てるかも。

「…」

「へ?」

逆さになったまま頭を押さえていると、片足をむんず、と捕まれる感触があった。そのままビリ
リという音と一緒に視界が移動して、次に眼に飛び込んで来たのはミノタルモンの股間。うげ。

「ようやく捕まえたぜ…」

見上げると頭上…いや足元の方に鼻息を荒くしたミノタルモンの顔が、ド迫力のアオリで存在
してた。そこで気づいたんだけど、ミノタルモンの角の片方にはスカートの切れ端が引っかかっ
ていた。スカートはミノタルモンの角に引っかかっていたのか…かっこ悪いなぁ。あ、今逆さでス
カートが何処にも引っかかっていないからショーツが見えちゃう!

「へへ…子供のクセにこんな事に首を突っ込むとどうなるか…」

ミノタルモンは逆さづりになって、もはや布切れ同然のスカートを両手で押さえている僕を見せ
付けるように高々と持ち上げる。く、屈辱的!

「教えてやろうじゃないか!」

ミノタルモンは削岩機となった左腕の先端をメイド服の胸に器用に引っ掛けると、メイド服をビ
リビリと破いて僕の薄い胸を衆目にさらす。その瞬間、子分達の何人かが舌打ちをするのを僕
は聞き逃さなかった。後で憶えてろ。

「んー、少しは膨らんでいるかと思ったんだが…こりゃ文字通り洗濯板だな。まあそれもまた一
興!」

そういってミノタルモン達はガッハッハと下品に笑う。絶対許さない。

「さてと、それじゃあ俺と俺の子分とあと読者がお待ちかねなので最後の砦を破って…そしてそ
のあとは…」

ミノタルモンは下品に笑いながら、僕が最後に身に着けている衣服、ショーツとただの腰布と化
したスカートを抑えている僕の両腕の隙間に削岩機の先端をねじ込んだ。こういうときは下手
に抵抗しない方が良いという事を僕は知っている。それにデジモンと人間の力は違いすぎるか
ら、下手に抵抗すれば二度と剣の持てない体になりかねない。

抵抗しないで機を伺う。それが最善の策だと分かっていた。こういう生き方を選んだその時か
ら、いつかその日が訪れることを覚悟していたつもりだった。それでも体が強張るしし、怖くな
いといえば大嘘になる。

それでも震える自分の心に鞭打って、僕は自ら腕を体の前からどけた。はらり、とスカートだっ
た布切れが垂れて、ショーツが衆目に晒されそうになる。

その瞬間だった。朽ちた玉座の後ろの壁が大砲でも打ち込まれたみたいに爆ぜて、巨大な岩
の塊が広間に飛び込んできたのは。

「どっどおぉぉぉぉぉぉぉ!?」

情けない悲鳴を上げてミノタルモンは派手に吹っ飛び、僕を取り落とす。僕はすぐさま剣を拾っ
て立ち上がり、朽ちた玉座の上に鎮座している岩の塊を見る。岩の塊は手足を伸ばして起き
上がると、皮肉っぽく言った。

「中々いい格好になっているな、アロエ」

「ゴーレモン!」

僕は最高にイカしたタイミングで登場した相棒に駆け寄った。ゴーレモンが飛び込んできた穴
からは暑い日ざしが差し込んできて、逆光に照らされたゴーレモンは僕が今まで見てきたどん
なデジモンよりもかっこ良かった。惚れるかも。でも結婚するほどじゃないかな。

「お、お前どうやって入ってきた!?」

「カタパルト…投石器だ。丘の上に大量に捨ててあったのでな。使わせてもらった」

ゴーレモンが思いついた作戦は、古戦場にあった朽ちた投石器を使って自分を発射して直接
廃城に乗り込む事だった。高速で飛んでくる物体を大砲で撃つことはできないし、ゴーレモンの
防御力なら城壁を壊して内部に突入して、尚且つその衝撃にも耐えることが出来る。ゴーレモ
ンはそこら辺のパワー馬鹿とは違うんだよ!ばーか!

「使うって…古すぎて使い物にならねぇぞ!?」

「複数の中から使えそうな部品を集めて直した。日曜大工は私の趣味だからな。もっとも、自動
的に発射する装置を作るのには骨が折れたがな」

流石に限度があるけど、ゴーレモンは同じサイズのデジモン達に比べれば意外と器用だ。それ
にゴーレモンのパワーなら巨大な投石器の部品を自分で集めてくるのも簡単だった。

ゴーレモンの思いついたこの作戦には僕が協力する余地はほとんどなかったので、より確実
にミノタルモン達を捕まえるために僕が先に突入して引っ掻き回す事にしたんだ。…その結果
が…。まあ、ゴーレモンにこんなおいしい見せ場が出来たんだから結果オーライだよね!

「ねぇねぇ、ゴーレモン、折角こんな登場したんだから決め台詞とか言ってみない!?」

「ふむ、悪くないな」

僕がその場の思いつきで言った事を、ゴーレモンは意外とあっさり承諾した。結構ノリがいいの
ね。

「世間に蔓延る邪知暴虐なる悪党どもよ!」

ゴーレモンはそう叫びながらミノタルモン達を勢いよく指差す。ミノタルモン達が勢いに押されて
思わずたじろいでいるのがいい気味だった。僕はその間多くのヒーローがそうすべきであるよ
うに、腰に手を当てて、…まあお世辞にもあるとはいえない胸を張って仁王立ちしていた。

「貴様らの悪行三昧も今日限りだ!この拳が貴様らの野望を打ち砕き…」

「僕の剣が邪悪を絶つ!」

ゴーレモンにあわせて僕も大仰な動作で台詞を紡ぐ。…こいつらに野望とかあってもたいした
ことなさそうだなぁ。邪悪ってのももっと悪い奴に使うべき言葉のような気がするし。

「バウンティハンター・ゴーレモン!」

「バウンティハンター・アロエ!」

「「貴様らの悪行、天に変わって成敗する!」」

僕らが大見得を切るとまるで示し合わせたかのようにゴーレモンが穴を開けた壁が音を立てて
崩れ、広間全体が照らしだされた。盗賊たちから見れば太陽を背負った僕ら二人は、正に天
の使者のように見えるだろう…ってのは言いすぎか。あ、僕上半身裸のままポーズとってる
…。

「…ふ、ふざけやがって!」

しばらく呆気に取られていたミノタルモンはとても彼らしい月並みな言葉を叫ぶ。まあ僕がお前
だったら同じこと言うと思うけどね。広間にいるミノタルモンの盗賊団は僕が入ってきたときに
はミノタルモンを含めて17人。その内ボロ雑巾みたいになったイビルモン以外はみんな僕の
与えたダメージから回復しているから16人か。…僕ほとんど倒していないのか。

2対16でも負ける気がしない。一人でも勝てそうだったというのもあるけど、何よりも頼りにな
る相棒がそばいるのが大きい。

「シャドウ…」

「ひゃどう…」

例え見張りをしていたスナイモン二人が後ろから襲い掛かってきて2対19になっても、その安
心感は揺らがなかった。ゴーレモンは後ろに飛ぶと、スナイモン達の細いウエストを掴む。そし
てミノタルモン達に向かって思い切り投げつけた!

「どぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「げひょぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「バゴアアァァァァァァァ!?」

他にも面白い悲鳴がありましたが省略します。二人いれば広間の半分を軽く占領する程大き
なスナイモン達がミノタルモン達の頭上に落下して、広間全体にヒビが入る。さっすがゴーレモ
ン!…え、広間全体にヒビ?

「アロエ、崩れるぞ!」

ゴーレモンは僕を引っ張って抱きかかえて衝撃に供える。崩れるぞ!ってあんたがやったんだ
ろうがぁぁぁぁぁぁ!

またいくつもの奇妙な悲鳴が聞こえ、それを打ち消さんばかりの轟音を立てて城が倒壊する。
地下牢にいた女の人たち、生きてるかなぁ。

「ゴーレモン!ミノタルモン達も捕まっている女の人達も死んだら報酬貰えないんだよ!?分か
ってる!?」

「分かっている。だが先制攻撃はインパクトのある物の方がよいぞ。敵の戦意を挫けるからな」

「問題をすりかえないでよ!」

ゴーレモンがガレキを払い、僕は埃を払いながら言い争う。こんな状況でもゴーレモンの体に
は傷一つないのが凄い。

「「スノー棍棒!」」

言い争っている内に背後に気配を感じた僕らは、すぐさま振り返る。ガレキの下から這い出し
てきたヒョーガモン達の振り下ろした氷の塊をゴーレモンは素手で、僕は剣で受け止めて防
ぐ。ゴーレモンは余裕そうだけど、実をいうと僕はちょっとやばい。

ヒョーガモンの得物が大して重量のない氷の塊だったから何とか受け止められたけど、力では
圧倒的に負けているから腕がジンジンと痺れて危ない。ゴーレモンを背にしてなかったら押し
切られそうだった。

「…」

そのときゴーレモンが無言で背中の僕をチラリと見たのを、僕は必死だったから気づかなかっ
た。ゴーレモンはヒョーガモンが空いているほうの手で打ったパンチを腕を掴んで止めると、感
心したようにこう言った。

「なかなかいい体しているじゃないか」

「ハァ?」

相手のヒョーガモンは思わず間の抜けた声を出してしまった。ヒョーガモンがその言葉の意味
を考えて、『ひょっとしてそういう趣味?』という考えに行き着いたであろう頃、つまりほんのちょ
っとの間を置いてゴーレモンはぞっとするような事を呟いた。

「これならいい鈍器になる」

その言葉の意味をヒョーガモンが理解するよりも早く、ゴーレモンは右手で氷の塊を握りつぶ
し、腕を掴んだ左手でヒョーガモンを振り回して僕と鍔迫り合いをしていたヒョーガモンに叩きつ
けた。僕は一瞬何が起こった分からず、ヒョーガモンが吹っ飛んでいってガレキに叩きつけら
れて動かなくなっても鍔迫り合いの体勢のまま動けなかった。

「…死んだんじゃない?」

「デジモンの体が生命活動を停止した場合、その肉体は粒子化する。だから報酬は大丈夫だ」

ゴーレモンは淡々と答える。どうやらヒョーガモンに対して一欠けらの哀れみもかんじていない
ようだった。

「…可愛そうに」

思わず僕はヒョーガモンに向かってそう言ってしまった。胸の大きさで舌打ちされた事も忘れ
て。

「新手が来るぞ!」

ゴーレモンの言葉に振り返ると、ガレキの下から次々とフーガモン、ヒョーガモンが這い出てき
た。スナイモンは動き出す様子はない。大分数が減ったけど、それでも8人近い数がいる。ゴ
ーレモンはフーガモン達に突っ込むと、右手に握り締めていたヒョーガモンの得物、氷の塊の
破片を投げつけて隙を作った後、鈍器…先ほど別なヒョーガモンを一体しとめたヒョーガモンで
フーガモン達を纏めて三人ほど殴り飛ばした。

…一番かわいそうなのはこいつか。

ゴーレモンはヒョーガモンを振り回して次々と敵をノックアウトし、終いには左手でヒョーガモン、
右手でフーガモンを振り回してまとめて敵をなぎ倒してしまった。僕が手を貸す余地はなかった
と言うか、危なくて近寄れなかった。

「残りはミノタルモン一人か」

描写するのが躊躇われるほど酷い姿になったヒョーガモンとフーガモンを投げ捨てながら、ゴ
ーレモンは表情一つ変えずに(仮面つけているから当然だけど)言った。それを見て僕は思っ
た。こいつが一番悪逆非道かもしれないと。

「もう勝ったも同然だね。ガレキにまぎれて逃げてなきゃいいけど」

勝った気になってすっかり気が緩んでいた僕は近くのガレキの山に腰掛を下ろした。お尻の下
のガレキの感触に違和感を感じたとき、聞き覚えのある馬鹿笑いが聞こえてきた。

「ガッハッハ!誰が逃げたって!?」

僕のお尻の下のガレキが盛り上がり、中からミノタルモンが現われ、僕に削岩機になった左手
を振り下ろす。不意打ちの隙を狙っていたなんてセコッ!ってそれどころじゃないっ!

「アロエッ!」

ゴーレモンが僕を突き飛ばし、ミノタルモンの左手を受け止める。僕は何時ものようにミノタル
モンの削岩機はそのままゴーレモンに握りつぶされるものだと思っていた。だけど僕の予想に
反してゴーレモンの右手は弾かれて尻餅をついてしまった。それどころかゴーレモンの右手が
欠けていたのだ。あの堅いゴーレモンの右腕が!

「お前がいくら強かろうが所詮成熟期…完全体の俺様のパワーに勝てるはずが無いんだ
よ!」

勝ち誇ったようにミノタルモンが笑う。完全体だったんだ。読者の大半は成熟期の方だと思って
いたぞ、きっと。

「それに俺の得物はお前を倒すのにはもってこいだろ?」

ミノタルモンの左腕の削岩機の先端が激しいピストン運動を始める。まずい!機動前の状態で
もゴーレモンの体を削ったんだから、フルパワーであの攻撃を受けたら…!

「粉々に砕いてこのガレキに混ぜて…あのアロエちゃんとかいうお嬢ちゃんにも見分けがつか
ないようにしてやるよ!」

「ゴーレモン、危ないっ!」

ミノタルモンが左腕を倒れたゴーレモンに振り下ろしたとき、僕は思わず叫んでいた。ゴーレモ
ンはミノタルモンの左手の二の腕を掴んで、削岩機の先端が体に届くのを防いだ。それを見た
瞬間、僕はホッと息を付いた。

「チッ、しぶとい奴だ…。まあてめえの体に俺の『ダークサイドクエイク』がブチ込まれるのも時
間の問題だがな!」

よく見るとゴーレモンはまだ全然助かってはいなかった。ゴーレモンとミノタルモンのパワー自
体は拮抗しているけど、『ダークサイドクエイク』の振動はゴーレモンにも伝わっていて、ゴーレ
モンは何時振動で手を滑らしてもおかしくはない状態だった。

「うわあああああっ!」

僕は思わず何も考えずに走った。そして、無意識の内にミノタルモンの削岩機の装甲の隙間を
見つけ、そこに剣を突き立てた。

「何ぃ!?」

装甲の隙間に剣を突き立てられた削岩機はバラバラになる…はずだった。また僕の予想は外
れた。完全体の体の一部だけあって削岩機はかなり頑丈な構造になっていて、切っ先が浅く刺
さっただけで中の機械にはとどいていなかったんだ。

それどころかダークサイドクエイクの振動が僕にも伝わってきて、僕の腕は今にもバラバラに
千切れそうな感覚で支配され、振動で立っているのも辛かった。振動と痛みで揺れて霞む視界
に、嫌らしく笑うミノタルモンの顔が映った。

「お胸が小さなアロエちゃぁぁん、随分辛そうじゃないか。離した方がいいんじゃないのかぁ
い?」

僕は何か言い返してやろうと思ったけど、振動が辛くて話すことが出来なかった。

「へへへ、いいのかいあんた?アロエちゃんがバラバラになっちまうぜ?」

ミノタルモンは今度はゴーレモンに笑いかける。ミノタルモンはゴーレモンに『アロエに「危ない
から止めろ」といわなくていいのか?』と言いたいのだと言うことがすぐに分かった。

実際、僕の体は限界に近い。どんなに鍛えられていても、僕は所詮人間の子供なのだ。デジモ
ンの、ましてやミノタルモンのようなパワータイプのデジモンと力比べをして勝てるわけが無い。
腕が痛い。足が痛い。体中が痛い。今にも泣き出したいくらいだ。いや、ひょっとしたら僕の顔
はもう涙でグショグショなのかもしれない。

それにくらべてゴーレモンは…仮面をつけたゴーレモンの表情は分からないけど、ゴーレモン
もかなり苦しい状況なのは確かだ。でも、あれだけ強いゴーレモンだから僕がいなくても一人で
も何とかしそうな気がする。そう思うくらい僕はゴーレモンの圧倒的な強さをずっと見てきた。

今、ゴーレモンが『危ないから離れていろ、アロエ』といえば僕は剣を引くだろう。そう確信でき
た。僕は今、確かにその言葉を欲しがっていた。

「アロエ…」

「!」

ゴーレモンがゆっくり口を開く。ミノタルモンが嬉しそうに顔を綻ばせた気がしたけど、そんな事
はどうでも良かった。そこから先の言葉が耳に届くまで、凄い長い時間がたっていたような気も
した。というか、僕には聞こえなかった。いや、本当のところそうだったんだ。

このときのゴーレモンの目が、『お前なら勝てる』って言っていたから、口から出た言葉なんてど
うでもよかったんだ。

「わかったよ、ゴーレモン」

「おお、そうかそうか。大人の言う事は聞いておくもんだぜ、アロエちゃん」

ミノタルモンが笑っているのでゴーレモンが言った言葉は本心とは逆の言葉だったのだろう
か。でもゴーレモンの瞳を見た瞬間、周りで何が起ころうか気にならなくなってきた。変わりに
ある感情が蘇えって来た。僕は剣先に力をこめ、ゆっくりと剣先を装甲の隙間にねじ込んだ。

「あ、アロエちゃん!?」

「僕はねぇ…自分でもドのつくくらい胸がないって事は自覚しているつもりなんだ…」

剣を押し込んだらさらに振動が強くなって痛みが激しくなったけど気にならない。むしろそれが
更に後押しをしてくれる気分だ。

「でもねぇ…自覚しているって事と気にならないのは違うんだ…」

「こ、このっ!」

更に深く押し込まれて焦ったミノタルモンは、空いていた右腕で僕を殴ろうとする。だけどそれ
まで両腕でミノタルモンの二の腕を押さえていたゴーレモンは片手を離してそれを押さえる。

「だからね…僕は今凄く怒っているんだ…」

そう、今一番重要なのは…。
今になって急にふつふつと湧いてきた怒りの対象は…!

「誰が『文字通り洗濯板』だこのBSEィィィィィィィィィィィィ!!」




カチッ




怒りに任せて思い切り剣先をねじ込んでやったら、確かな手ごたえと共に削岩機の振動が止
まった。そして一泊の間を置いてバネ仕掛けの玩具のように装甲が、中の機械が爆ぜてバラ
バラになる。それを見届けた瞬間、僕の体は鉛のように重くなって倒れ…いて!何か堅いもの
に頭ぶつけた!

「お、俺の黄金の左がぁ〜〜〜っ!?」

ミノタルモンは残骸となった左腕を見てわなわなと震えている。僕が頭をぶつけたのはゴーレモ
ンの胸で、僕はゴーレモンの右腕に抱きかかえられながらそれを見ていた。

「黄金の左だと…?」

僕を抱きかかえたままゴーレモンがミノタルモンに歩み寄る。得物を失ったミノタルモンは先ほ
どまでの余裕は何処へ行ったのやら、ガタガタと震えている。体格的にはゴーレモンとそう変わ
らないはずなのに酷く小さく見えた。ご愁傷様。

「監獄で囚人達に語り継ぐがいい。黄金の左とは…」

ゴーレモンは左腕を大きく振りかぶり、グルグルと拳を振り回す。風を切って振り回される拳
は、一撃一撃が必殺の破壊力を秘めていた。ミノタルモンは踵を返そうとしたけど…もう遅い
よ。

「こういうものだとな!ゴーレムパァァァァァンチッ!」

ゴーレモンの『黄金の左』がミノタルモンの顔面を捉え、その巨躯が砲弾のような速度でふっ飛
んで行生き、地面で二、三回バウンドしてからまだかろうじて原型を止めていた城の一部に激
突する。城は完全に倒壊し、ミノタルモンは崩れてきたガレキの中に埋まった。あとであれ掘り
出すの怖いなぁ。どんな酷い事になっているのやら…。

「…私をそこら辺のガレキと同列に扱った報いだ」

「根に持ってたの!?」
















「へへっ、お待たせ!」

町の外、石畳の敷かれた街道で待っていたゴーレモンに僕は声を掛けた。既にゴーレモンは
支度を終えていて、背中に括り付けられた大きな袋の中には新しい食料等でいっぱいになって
いた。

「…また随分と珍妙な服を選んだな」

服を全て新調した僕の格好を見て、ゴーレモンが呆れたような声を出す。ま、ゴーレモンには
元から色よい反応を期待していないけどね。ギリギリだったけどみんな何とか生きていたので
ギルドからも村からも報酬を貰って、僕は新しい服を買うことが出来た。

新しい僕の服装は、水色のミニスカートに新品の黒いタイツ、羽飾りの付いたブーツに、ちょっ
とセクシーな感じを意識して大きく背中の開いた緑色のタイトな服、というコーディネート。

「またすぐボロボロになったりしないのか?」

「今度は大丈夫!エンジェウーモンやレディモンの服と同じ、戦闘に耐えられる特殊な素材で
作ってあるんだってさ!」

「…胡散臭いな」

う!言われてみれば…。硬直した僕の表情を見たゴーレモンの目は、明らかに呆れの色が浮
かんでいた。

「だ、大丈夫だよ!お店の人プッチーモンでいい人そうだったから!さ、早く出発しよ!」

本当はノヘモンでノヘモン自体は話しかけても何も反応せず、カラスが口汚く対応していたとは
口が裂けてもいえない。これ以上追求される前に早く出発しよう。

ゴーレモンの手の平に乗せてもらい、背中に運んでもらう。新しく買った桜色のクッションを置
いて、その上に座る。うん、いい感じ。これでキュッキュッボン!は回避できる。

「あ、そうだ。ゴーレモン、あの時助けに来てくれてありがと」

「なんだ、今更改まって。それにあのタイミングで来れたのはまったくの偶然だぞ」

「いいんだよ。僕あのとき本当にホッとしたんだよ?貞操の危機だったんだから!」

「男の癖に、貞操の危機も何もないだろう…」

「なんだよー!世の中にはいろんな趣味の人がいるから、危なかったかも知れないじゃない
か!」

僕はポカポカとゴーレモンの頭を叩く。なんだよ、僕が気にしていること言わなくたっていいじゃ
ないか。胸がこれ以上大きくならないこと気にしているのに。でも直ぐに手が痛くなってきたの
で、僕は叩くのを止めた。

「気が済んだか?では出発だ」

ゴーレモンはそう言ってゆっくりと歩き出した。うー、喧嘩になると何時もこの調子だよといって
も何時も僕が一方的に起こっているだけのような気もするけど…。まあ起こっていても仕方な
いから、僕も機嫌を直さなきゃ。

「ゴーレモン、次は何処へ行く?」

「アロエが特に行きたい場所が無いのなら、この街道沿いに歩いていくだけだ。とくにあてもな
く、な」

「じゃあそれでいいよ。次の町には可愛い服があるといいな」






少年とデジモンは行く。
石造りの街道をどこまでもどこまでも…。






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