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「…あいつは先に行っちまった見たいだな」

やっぱりな、と少年はひとりごちた。少年と言っても青年との中間に当たるような年頃で、背が
高い所為もあってか大人びて見える。昼間でも薄暗い森の中にある小さな泉。彼はそこを待ち
合わせ場所にしていたのだが、合流する予定だった仲間の姿はなかった。変わりに草を掻き
分けて進んだ跡が森の奥へと続いている。

「まいったな…直ぐにでも追いかけたいところだが…」

「伊佐武(いさむ)さーん!」

呟く少年の名を呼びながら、一人の少女が走ってきた。教会のシスターが着るような青い修道
服を着ており、服の裾を手で持ち上げながら走るその格好はうっそうとした森の中を歩くのに
適しているとは言い難い。もっとも、黒地にファイヤーパターンという派手なデザインのライダー
スーツを着込んで頭にゴーグルをつけた少年の格好も、この場に似つかわしい物には見えな
かったが。

「ごめんな。真琴と明(めい)を置いてきちまって」

伊佐武は修道服の少女・真琴と、彼女に遅れてやってきた白いワンピースの少女に頭を下げ
た。明と呼ばれた少女は息を切らしつつも表情を変えずに、「平気」と小さく頷く。

「私も大丈夫です。それよりも智也くんは?」

真琴も先程の伊佐武と同じように仲間の姿を探し、落胆する。そして修道服の袖をまくりあげ、
古めかしい修道服には似つかわしくない、スケルトンボディの腕時計のような物を覗き込んだ。
腕時計にしては大きく、携帯ゲームをベルトで腕に止めたようなものと言った方がいいのかもし
れない。本体の側面のブルーの部分を引き出すといくつかのボタンが露出し、真琴はそれを操
作しながら表情を曇らせた。

「やっぱり通信に出てくれませんね…伊佐武さん、あの言い方はなかったんじゃないですか?」

伊佐武は無言でうなだれる。真琴の言葉を無言で肯定したのは、仲間が一人で先走る原因を
作ったのは自分であると分かっていたからだ。リーダーとして常に仲間の安全を最優先に考え
て行動し、その為なら多少厳しく当たる事も辞さないつもりだったがこうなっては元も子もない。

「連絡がない淳くんも心配ですし、ここは二手に分かれて二人を探しに行ったほうが…」

「…これ以上分散するのは危険だ。何処に"メカローグ"が潜んでいるかも分からないんだぞ」

そう言って伊佐武は遠くにみえる、森の木々よりも高く建立した巨大な黒い塔を見やる。塔と言
うよりも角材か鉄板をそのまま地面につきたてたような外観で、表面には青紫色に発光するラ
インが走っている。伊佐武達の目的地はあの塔だ。森の何処からでも良く見えるあの塔を目
指していれば、互いに連絡が取れなくても最終的には合流できるかもしれない。だが、森の地
理を知らない自分達が何時不意打ちを受けるかどうかも分からない。

「伊佐武さん」

不意に真琴が伊佐武の手を掴んだ。両手のひらで伊佐武の右手を掴み、真剣な眼差しで伊
佐武の目を見つめている。普段のおしとやかで物腰の柔らかな様子とは違う、強く迫る真琴の
顔を見て伊佐武は思わずたじろいでしまった。

「伊佐武さんがいつもみんなの事を考えて行動しているのは私にも分かります。智也くんにあ
んな事をいったのは、智也くんの事を考えての事だってことも」

「それは…」

伊佐武は思わず言葉を詰まらせる。絶対に悟られたくない、と言うわけではなかったが、こうし
て面と向かって言われるとなんと言えばいいのか分からなくなってしまう。

「きっとみんな、分かっていますよ。そしてありがとうって思ってる。でも、もう少し私達を頼りにし
てくれてもいいんじゃないですか?」

そう言って真琴は悪戯っぽくはにかむ。その笑顔の源は全幅の信頼、好意、頼りにしていると
いう意思。すべて伊佐武に向けられたものだ。何か見返りを求めて仲間の為に行動してきた
わけじゃないが、こんな笑顔を向けられるのなら今までやってきた甲斐がある。そんな独白が
一瞬頭に浮かんだ。

「私と明ちゃんなら大丈夫です。戦いにも慣れてきましたし、頼りになるパートナーもここにいま
す」

そう言って真琴は右腕のスケルトンボディの携帯ゲーム機のようなものを伊佐武に見せる。画
面が点滅し、スピーカーの部分から声が出て真琴の言葉に続いた。

「遠藤氏よ、君がリーダーとしてよくやっている事も、君自身と君のパートナーの実力も認めよ
う。だが君だけで我々全員のフォローに回ろうと言うのは思い上がりすぎではないのかな?」

「…違いねぇな、そりゃ」

嫌味ったらしい真琴のパートナーの言葉に苦笑いしながら頷いた後、伊佐武は再び表情を引
き締める。その表情は以前よりも幾分か肩の力が抜けているように見えた。

「真琴、明。二人は淳の事を頼む。俺は智也を追いかけて連れ戻してくる」

「伊佐武さん、連れ戻すだけじゃ何か忘れていませんか?」

「…分かっているさ。あいつに、謝らなくちゃな」

「はい、よく出来ました♪」

照れくさそうに言った伊佐武の答えを聞いて、真琴は破顔する。その笑顔を見て、「こいつには
このさきずっと敵いそうにないな」と伊佐武は思う。

思い返せば真琴にフォローを入れてもらった事は何度もあったように思えるし、自分と対立し
がちな智也とのクッション役になってくれたのは彼女だった。リーダーとして仲間達を自分ひと
りで支えてきたとばかり思っていたが、実際は自分も真琴に支えられてきたのだ。おそらく、他
のメンバー達にも。

自分が一人で全部背負えるほどの人間ではないと自覚させられたが、悪い気はしない。真琴
は、仲間達は自分が思うよりもずっと頼りになる奴らなのだと同時に認識させられたからだろう
か。

「あのさ、水を差すようで悪いんだけど…」

少し気まずそうな声が、伊佐武の右腕についている真琴のものと同型の携帯ゲーム機から漏
れた。形状は同じだが、ブルーの部分がレッドになっている。

「…明ちゃん、いないよ」










「…まいったな」

少し前に彼の嫌う遠藤伊佐武が口にしたのと同じ言葉を、蜂須(はちす)智也は呟いた。黄色
の作業着に安全ヘルメット、という力仕事が得意そうな井手達とは裏腹に、眼鏡をかけた理知
的な顔つきの少年と対峙しているのは異形の機械犬。犬型のロボットと言うよりも機械を犬の
形に繋ぎ合わせただけという印象を与えるそのメカの大きさは、少年にもなじみの深い大型犬
と同程度。じゃれつかれたら、非体育会系の智也が受け止めるには少々荷が重い相手だ。

機械犬は電子音とも獣の声ともつかない奇怪な唸り声を上げて、ロケットのような勢いで智也
に突進する。対峙した瞬間から避ける心構えをしていた所為か、間一髪で智也はそれを回避
し、機械犬は彼のいた位置を遥かに飛び越えてそこの向こうにあった木に頭から激突した。

相手がこれで壊れて動かなくなるような相手ではない事を智也は良く知っていた。対抗手段を
用意するため、右腕につけた真琴や伊佐武が持っていたものと同型の携帯ゲーム機を操作す
る。智也の物はイエローのカラーリングだ。

「クネモン、頼むぞ!」

本体の側面にある赤外線の発信部に似た部位から、足元に向かって光を放つ。光が当たった
地面に、智也の膝よりも高い位置に頭のある、巨大な黄色い芋虫が出現した。

「エレクトリックスレッド!」

再び機械犬が頭から突っ込んできたのを見て、クネモンと呼ばれた巨大芋虫は口から糸を吐
く。電撃を帯びたそれは機械犬に向かってではなく、その突進の軌道と90度で交わる方向に
発射された。発射された糸の先には周りの木よりも一際大きい古木がそびえている。

「つまらない作戦だけど、まっすぐ突っ込むことしか知らないお馬鹿さんにはお似合いね」

電撃を帯びた糸は木に巻きつき、ブービートラップが完成した。機械犬はそれに足をとられて
派手に転倒し、さらに電撃のダメージを受けて痙攣する。

「さ、逃げましょ。メカローグは一匹見つけたら三十匹はいるっていうからね」

ゴキブリかよ、と智也は呟く。実際、メカローグと呼ばれたこの異形の機械には異分子を発見
するとそれを他の仲間全員に伝える習性があるので、このままもたもたしていれば三十匹どこ
ろではない数のメカローグが集まってくる。だからこの場に置いてクネモンの判断は賢明であっ
た。

「…」

智也自身もメカローグと戦った事は一度や二度ではないのでクネモンの判断が賢明である事
をよく分かっていた。しかし、「アレ」を見つけてしまった今、上手く行けば遠藤伊佐武の鼻を明
かす事が出来るであろうこの状況を不意にしてしまうのは躊躇われる。実際に足を止めて思案
していたのはわずかな時間だったのだが、それは電撃を食らって痙攣しているとはいえ敵の目
の前で行う行動としては不適切であった。

「智也、何してんのよ!?」

「!?」

早くも電撃によるショックから回復した機械犬、"メカローグ03"が地面にはいつくばったまま口
を開く。その口の中には小型のロケット弾が覗いている。子供一人、成長期デジモン一匹を殺
傷するには十分な威力を持つそれが発射されようとした瞬間、真上から振り下ろされた三本の
爪がメカローグ03の頭を押さえつけ無理矢理口を閉じさせる。ロケット弾は機械犬の口内で
爆裂し、爪が捉えていた頭頂部を残して爆発四散した。

「ファルコモン!助けに来てくれたのね!」

「明の頼みだから、しょうがなくね」

足の爪に引っかかった残骸を蹴り捨てながら、茶色い毛並みの、鳥のようなデジモンは毒づ
く。今しがたメカローグ03を葬った鋭い爪の備わった足は、体躯のわりに大きい。

「ファルコモン、という事は…」

そのパートナーもいるはず、と智也が振り向くと木立の中に既に白鷺明の姿があった。身に着
けているものは白いワンピースと、淡い黄色のスカーフだけ。履物は質素な運動靴のみと、森
歩きをするにはひどく頼りない格好。だがそのミスマッチさが、感情の起伏の乏しい彼女の表
情と相まって神秘的にすら見えた。

「ちょっと、何ボーっとしてるの!」

思わず見入ってしまった智也が我に返ると、いつの間にか明が自分の正面にまで来ていた。
フランス人形のような端正な顔立ちが直ぐそこまで迫っていて智也は赤面する。

「智也、戻ろう。みんな心配している」

無口な少女は囁くような声で言う。智也を心配して追いかけてきてくれたのだ。少なからず彼女
に好意を寄せていた智也はそれが嬉しくもあったが、明の言葉に応じる事はしなかった。

「明が態々迎えに来てやったのにその態度は…」

そっぽを向いた智也にファルコモンが抗議するが、それを無視して智也は森の一角に向かっ
て小石を投げる。空間に水面のように波紋が生じ、そこから先にあった森の風景が歪む。その
向こうに見えるのは毒々しい紫色の地面と、そして自分達が目指している黒い塔。歪んだ森の
風景は直ぐにまた元に戻り、侵食された地形は再び覆い隠された。

「い、今のは!?」

驚き、叫んで振り返るファルコモン。その方向には木々の間から突き出している黒い塔が見え
る。今まで自分達が目指していた方がそちらだ。

「幻像結界だ。侵食してドゥームゾーンになったエリアとドゥームモノリスを覆い隠して、偽のモノ
リスの幻像を別な場所に作って俺達を迷わせるつもりだったらしい」

近づけば直ぐに分かるようになっているがな、と再び小石を投げ込みながら智也は付け足す。

「なるほど…でも、それならなおさら戻った方がいいんじゃない?伊佐武達にこの先にドゥーム
モノリスがある事を連絡しないと…」

「…俺一人で十分だ」

そう言って智也はファルコモンの言葉を無視し、結界の向こうにある侵食領域「ドゥームエリア」
へと足を踏み出そうとする。その足にクネモンが引っ付く。制止の意思表示ではなく、彼につい
ていくという意思表示だ。結界の中へ足を踏み出そうとする智也を見て、変化に乏しい明の表
情が曇る。それを見たファルコモンが飛び掛らんばかりで勢いで智也を罵倒しようとしたそのと
きだった。

「ねぇ、智也」

クネモンが上目遣いで、正確には目に類する器官はないので変わりにある稲妻の模様を智也
の顔に向けて声をかける。

「あたしは智也が行くなら何処までもついていくよ。パートナーだしね。でも、智也を心配して追
っかけて来ちゃった明ちゃんをここに置いていく気なの?」

明の名前を出されては、振り向かないわけには行かなかった。そうして目に入ったものは、今
すぐにでも罵倒の言葉をぶつけてやりたいという表情の鳥型デジモンと、酷く悲しそうな表情を
している線の細い少女。

智也の知っている白鷺明という少女は、兎に角無口で感情を表に表さない少女だった。勤めて
そうしているのか、それとも本当に感情の起伏に乏しいのかどうかは分からないが兎に角彼女
は滅多に笑わないし、悲しみや怒りと言った感情もほとんど顔に表さない。そんな彼女がはっ
きりと分かるほど悲しそうな顔をしているのだ。ファルコモンがこれほど怒る分けが、智也にも
よく分かった。そして同様の怒りが、自分自身に対して湧きあがる。

「伊佐武の事だから明一人で探させるなんて事はさせないでしょうね。きっと明ちゃんは独断
で、止められても振り切って智也を探しに来たのよ。そこまでさせるほど心配かけて貴方は平
気なの?」

ワンピースの裾から覗く命の足は泥だらけで、枝や草で切ったのか傷もあった。ワンピース一
枚で草木の生い茂る森の中を走ってきたのだろう。どれだけ急いでいたのか、心配していたの
かは一目瞭然だ。

「…ごめん、明」

智也は結界から離れ、明に向かって頭を下げる。明の表情から陰りが消え、いつもどおりの済
ました表情に戻る。

「…きっと、伊佐武は智也の事考えてああいったんだと思う。智也の事馬鹿にしているわけじゃ
ない」

「…分かってるさ、それくらい」

けど分かっていても認めたくない事だってある、と智也は心の中で続けた。伊佐武の判断の多
くがリーダーとして適切なものである事も、彼が常に自分達の安全を優先してきた事は智也に
も分かっている。しかし現実世界での生活では、学校では常に成績のトップを維持し、同年代
からも大人からも頼りにされてきた自分よりもリーダーとしての資質があるという事は事実でも
認めがたかった。その反発心から、一人で目的であるドゥームモノリスの破壊を成し遂げて伊
佐武を見返して…否、自分のほうが上であると認めさせたかったのだ。誰でもない、自分自身
に。

「…戻ろう?」

伊佐武の事を思い出して複雑な気分になっていると、明が作業着の袖を引っ張った。このまま
伊佐武達の所に戻るのは尺だが、またあんな悲しそうな顔をされるくらいならそっちの方がマ
シだと思い、智也はうなずく。

「…♪」

ほんの僅かな変化だが、確かに明は表情をほころばせた。喜んでいるのだ。嬉しそうな明の
顔を見て、この選択をして良かったと智也は心底思った。二人の足元ではまだムスッとした顔
をしているファルコモンをクネモンが宥めている。四人はこのまま首尾よく伊佐武、真琴と合流
し、はぐれた仲間である淳を探しにいけるはずであったが、このとき彼らは大事な事を失念し
ていた。

「敵陣の真ん前で青春ゴッコたぁ、いい度胸じゃねぇか」

場の空気への配慮の欠片もない、無作法な暴言に四人は一斉に振り向く。もっとも、この場合
空気を呼んでいなかったのは智也達の方だったのかもしれないが。

先程破壊した機械犬、メカローグ03の呼び集めた彼の同属が4人を取り囲んでいた。
羽根のみの体を持ち、クネモンよりもさらに小型、幼年期デジモンよりも一回り大きい程度の"
01"。
それよりは大き目の、クネモンとほぼ同サイズのサソリの姿をした"02"。
先程倒したものと同型、犬か狼に似た姿の"03"。
そして2メートルを越す、細い手足を持つ人型"04"。

内訳は01と02が大半、残りが03で、04が片手で足りる程度、と言ったところだ。そしてそれ
らを指揮していると思われる、青紫色の機械の塊である他の連中とは明らかに違う存在が一
人。蒼い鬣とマントをたなびかせた、獅子頭の巨漢が包囲の向こう側から智也達を見下ろして
いた。身の丈ほどもある錫杖を持っており、その先端には大きな雪の結晶をかたどった飾りが
ついている。おそらく、光を乱反射して七色に輝くその飾りから結界を発生させているのだろ
う。

「Xウイルスに犯されたパンジャモンか…」

「ウイルスに犯された?違うね。俺は"選ばれた"のさ」

両手を広げ声高くそう宣言するパンジャモンの瞳から伺えるのは、絶対の自信と余裕、優越
感。それは自身が圧倒的に有利なこの状況だけを拠り所にするものではない。

「俺は感染すればメカローグに還元されるはずのXプログラムをその身に受けてなおデジモン
の形を保っていたどころか、こうして新たなる力を手に入れた!」

そう言ってパンジャモンは手にした巨大な錫杖を掲げる。智也の知る限り、通常のパンジャモ
ンは幻を作り出す力もあの錫杖も持っていない。本人の言っている"新たなる力"とは十中八
九あの錫杖の事だろう。

「それは俺がこいつらよりも優れているという事…新時代に選ばれたという証だ!」

"こいつら"とは自身が率いているメカローグ達の事だ。ドゥームモノリスから直接生み出された
ものも混じっているだろうが、恐らく大半はXプログラムに感染しメカローグへと還元されたこの
森の住人だろう。パンジャモンの暴虐に、クネモンとファルコモンが怒りを表情で示した。

「お前らもXプログラムの洗礼を受けてみるか?運がよけりゃ俺と同じようにNEWデジタルワ
ールドへの切符をつかめるかも知れねぇぜ?もっとも人間がどうなるかは…ん?」

言葉の途中でパンジャモンはようやく気付く。智也が両手を腰の後ろに回して、何かを行って
いる事を。そしてその答えは直ぐに検討がついた。この森に来た人間たちは全員右腕に携帯
ゲーム機のようなものをつけている。それを操作していたとしか考えられなかった。

「てめぇ…話しの最中にケツの後ろでコソコソするたぁ、姑息じゃねぇか…」

わなわなと拳を振るわせるパンジャモンに対して、智也はたじろぎもせずに不敵な笑みを浮か
べ、こう言い切った。

「頼んでもいないのに勝手に妄想を垂れ流していたお前が悪い」

クールそうな外見に反して怒りの沸点は意外と低いのだろうか。激怒したパンジャモンは木々
を揺さぶるほどの雄叫びをあげ、錫杖を智也達に向ける。冷気が渦を巻き錫杖の先端にあつ
まる様子を見て、智也は冷や汗を浮かべる。そして僅かな期待をもって背後、自分や明が歩
いてきた方向を見やった。

(まだか?もう少し相手の気を引く事が出来れば…)

「「必殺!ジュンあーんどゴブリモンき――――っく!」」

智也が期待していた方向と逆方向、パンジャモンの背後からから助けは来た。木の上から飛
び降りた二つの緑色の小さな影は、有名な改造人間よろしく跳び蹴りを獣人の後頭部に叩き
込むと地面に着地してポーズを決めた。

「明姉ちゃん!智也!大丈夫!?」

「オラ達が助けにきたからもう安心だぞい!」

何故いつも俺だけ呼び捨てにするんだ。緑色でコーディネートされた童話に出てくる小人を連
想させる服を来た、ある意味この森に一番相応しいともいえる格好をした幼い子供、槙夜(ま
きや)淳と再会したときに智也がまず思った事がそれだった。通信が繋がらなかったのは何故
か、今まで何処をほっつき歩いていたのか、聞きたいこと言いたいことはたくさんある。だが、
それよりもまず最初に言わなければならない事があった。

「バカ!そこにいたらお前達の方が危ないだろうが!」

淳は小鬼の姿をしたパートナー、ゴブリモンと共に「あ」と声を漏らす。不意打ちを後頭部に受
けて頭を抱えてうずくまっていたパンジャモンが立ち上がるのは同時だった。

「ガキどもがぁっ!まとめて叩き潰してやるっ!」

振り下ろされた錫杖を間一髪で避けると、二人は自分達と智也たちの間にあるメカローグの群
を超えて合流する事を試みる。小型の01、02はゴブリモンの持つ棍棒や口から放つ気功弾
「ゴブリボム」で吹き飛ばし、それよりも大型の03、04は小柄な体と悪戯で培ったすばしっこさ
を生かして脇をすり抜け、あっという間二人はメカローグの包囲を抜ける。

「ただいまー!」

能天気な事をいいながら駈け寄る淳を見て、智也は安心しつつため息をつく。だが安心するの
はまだ早かった。淳の頭の直ぐ後ろにメカローグ01が迫っていたのだ。淳もゴブリモンもまだ
気付いていない。智也達も攻撃が届くかどうか怪しい距離だ。

「危なっ…」

「ブラインピストル!」

「ベビーサラマンダー!」

次の瞬間、水を圧縮した弾丸が淳の後頭部に迫っていたメカローグ01を打ち抜き、さらその
後続隊を小型の火球が薙ぎ払う。

「へへ、どうやら間に合ったみたいだな!」

火球を投げたのは人間の子供に近い姿の、しかし短い角や尻尾の生えた、炎のように真っ赤
な髪をした獣人型デジモン。智也は彼の事を知っている。伊佐武のパートナーのフレイモン
だ。当然のように彼に続いて伊佐武が木立の中から現れ、肩に極彩色の熱帯魚、パートナー
のスイムモンを乗せた真琴もその場に姿を現す。

「貴様ら、どうやってここに!?俺の作った幻があるはずなのに…!」

「そこにいる仲間がここにたどり着く為のマップを作って通信で送ってくれたのさ」

そう言って伊佐武は智也を見やる。先程後ろ手で携帯ゲーム機を操作していたのはこの場所
にたどり着くためのマップを送るためだったのだ。

「嘘!?智也が伊佐武兄ちゃんに!?」

智也があれほど対抗心を燃やしていた、嫌っていた伊佐武に助けを求めるような行為をしたこ
とにファルコモン、クネモン、淳、ゴブリモンは驚愕を覚える。そんな中で明は一人、嬉しそうに
微笑んでいた。

「智也」

伊佐武が智也に駈け寄る。一つ意地を捨ててみたもののやはり進んで顔を合わせたくない相
手なので気が進まなかったが、自分が一人で先走った事の非は認めていたので智也は顔を
上げる。伊佐武の表情はいつもの、自分を叱責するときの厳しい表情だ。やはり自分が先走
った非を責められるのだろうと思って、智也は身構える。

「ごめんな。そして、ありがとう」

「え?」

叱責とは正反対の言葉を口にされて、智也はキョトンとする。一瞬、言っている意味が分から
なかった。

「本物のドゥームモノリスを見つけたのも、その場所へ行く方法を俺達に指示したのもお前のお
手柄だ。よくやったな、智也」

表情こそ厳しいが、目は普段よりも数段優しく見える。この言葉が嘘ではなく本心であるという
事は一目瞭然だったが、それがなおさら智也を混乱させた。

「…さて、おしゃべりの時間は終わりだ」

言うだけ言って表情を引き締めなおすと、伊佐武はメカローグ達に、パンジャモンに向き直る。
それに促され智也も気を取り直し、伊佐武に倣った。

「幸い淳とも合流できた。後はドゥームモノリスを壊すだけだ。いくぞ!」

「はい!」

「うん!」

「分かっているさ!」

「…戦う」

伊佐武、真琴、淳、智也、明が右手につけた携帯ゲーム機…デヴァイスブレスと呼ばれるツー
ルに手をかける。フレイモン、スイムモン、ゴブリモン、クネモン、ファルコモンも各々のパートナ
ーの正面に立つ。五人の人間と五匹のデジモンが二列に並ぶ陣形がメカローグ達と向かい合
った。

デヴァイスブレスと呼ばれるツールの右サイド部、引き出す事で操作パネルが露出する部分は
五人それぞれ色が違う。赤・青・緑・黄・白の五色だ。五人はブレスの本体を回転させ、パーソ
ナルカラーの部分を拳側にむける。デヴァイスブレスにはこの状態で持ち主の音声コードを認
識させる事によってのみ発動する機能があるのだ。



「「「「「デジメンタル・アップ!!」」」」」



ロックが解除されるとブレスの液晶画面に紋章のような図形が浮かび上がり、ブレスから光が
放たれそれぞれのパートナーに向かう。放たれた光はそれまでブレスの内部で圧縮されてい
た、古代デジタルワールドの遺産"デジメンタル"。各々の色のエネルギー体となったそれがフ
レイモン達の体に入り込み、デジコアと融合して彼らの体に"進化"を促す。



「フレイモンアーマー進化!ゆらめく勇気・フレイウィザーモン!」


フレイモンは真っ赤な服に身を包み、二本のマッチ棒に似た形の短いロッドを持った魔道士
に。



「スイムモンアーマー進化!深き誠実・デプスモン!」


スイムモンは深海の水圧にも耐えられるプロテクターを身に着けた、人魚のような姿に。



「ゴブリモンアーマー進化!牙むく純真・ヤシャモン!」


ゴブリモンは白い仮面をつけ、両碗に木刀を持った"夜叉"の姿に。



「クネモンアーマー進化!そよぐ英知・ハニービーモン!」


クネモンは黄色い鎧を着けた、小柄な可愛らしいデジモンに。



「ファルコモンアーマー進化!疾る(はしる)光・ハーピモン!」


ファルコモンは両腕が翼となり、両足に鋭い爪を備えた鳥人の姿に――――――― "進化"す
る。



「赤、青、緑、黄、白のアーマー体…これが森のデジモン達が噂していた…」

「デジメント・ファイブ。デジモン達は俺達の事をそう呼んでいるらしいな」

そんなに格好いい呼び名か?と智也は一言言いたかったが、得意げに語る伊佐武の表情を
見てその言葉を飲み込む。

「フン…アーマー体だかなんだか知らないが…"選ばれし者"である俺をてめぇら旧世代のデジ
モンとテイマーごときがやれるかよっ!」

そう言ってパンジャモンは錫杖をかざし、もはやこんなものを使う必要はないとばかりに結界を
解除する。森の一角から緑が消えうせ、代わりにメカローグと同じ紫色に染め上げられた地面
と樹木が姿を現す。それを合図に伊佐武達の前に立ちはだかっていたドゥームゾーンと同色
の群体が一斉に蠢き、5人と5匹に襲い掛かる。

「いくぞっ!」

五匹のパートナーデジモンは自身のパートナーを守るように前に進みでて、向かってくる敵を
各々の獲物で迎撃する。フレイウィザーモンは両手に持った短いロッドの先端に火を灯し、そ
れをバトンのように振るって向かってくる01を打ち落とし、デプスモンは手の平に泡の爆弾を
作り出し、それで地面を爆破して地を這うメカローグ02を吹き飛ばす。ヤシャモンは両手に構
えた木刀でメカローグ03を叩き潰し、そしてハーピモンも鋭い爪を供えた両足で機械犬の首根
っこを掴み、バラバラに引き裂く。

乱戦の最中、細身の人型ロボット・メカローグ04が両足から白煙をふかしながらフレイウィザ
ーモンの背後に回りこんだ。フレイウィザーモンは正面にいる03と戦っており背後に気付いて
いる様子はない。メカローグ04は右手のビームガンの照準を頭部に合わせ、発射した。

「…後ろかっ!」

次の瞬間、ビームはフレイウィザーモンではなく彼と対峙していたメカローグ03の頭部を打ち
抜き、メカローグ04の顔面に燃えさかるロッドの先端が叩き込まれる。つい先程まで、確かに
フレイウィザーモンは背後に迫る敵に気付いていなかった。仲間に、パートナーである伊佐武
に教えてもらうまでは。

"メカローグ04が後ろに回りこんでいる"

これが先程伊佐武のデヴァイスブレスからフレイウィザーモンの脳に直接送られたコマンド(命
令)である。デヴァイスブレスはパートナーの脳にテレパシーのようにコマンドを送る機能があ
る。伊佐武達は一歩引いたところで守られながら戦っている分、目の前の敵との戦闘に集中し
ているパートナーの気が回らないところにまで気を配る事ができ、的確な指示をブレスを解して
送る事が出来る。

"右方向に04を誘導。同時に帯び寄せたもう一体の04の脇をくぐって離脱"

「そーれ、鬼さんこちらっ!」

小柄な体を生かし、背中の羽で飛びまわりながらハニービーモンはメカローグ04の乱射する
ビームを回避していく。機動力にも優れた04は足から白煙を噴き出しながらハニービーモンに
追いすがり、追撃する。逃げた先に待ち構えていたもう一体のメカローグもビームを放って小さ
な敵影に対して迎撃を行う。

「あったらないわよぉっ!」

身をよじり、軽やかな動きで網目のように交差する光線の隙間を掻い潜り、ハニービーモンは
メカローグたちの脇をすり抜ける。二体のメカローグが直前に放ったビームは綺麗に交差し、
互いの顔面を打ち抜いた。

"テイマー"と組んだデジモン達の動きは機械的な判断しか下せないメカローグ達に捉えられる
ものではなく、3分足らずの間にメカローグ達はほとんど全滅状態にまで追い込まれた。最後
の一体の04とデプスモンが取っ組み合っていると、パンジャモンの怒声が突如響いた。

「雪花火ッ!」

パンジャモンが錫杖の先端、雪の結晶の飾りを地面に叩きつけるとそこから次々と氷柱が飛
び出していき、フレイウィザーモンに向かって行く。対峙していたメカローグ04を氷柱が貫き、
フレイウィザーモンを襲う。

「マジックイグニッション!」

フレイウィザーモンがマッチ棒型のロッドの先端同士をぶつけると火花と共に爆発が起こり、氷
柱を吹き飛ばす。パンジャモンはその間にも再び錫杖を地面に叩きつけ、今度はハーピモン
に向かって氷柱の攻撃を放つ。

「当たるもの…か!?」

ハーピモンは空を飛んで攻撃を回避しようとするが、即座にパンジャモンの攻撃の本当の狙い
に気付く。氷柱の攻撃は自分ではなく、自分と同一線上にいる明を狙ったものだと言う事に。
即座にハーピモンは両足で明の方を掴み、空中に引き上げて攻撃から救う。

「…こいつ!」

「智也…あたしがいくわっ!」

パンジャモンに対し怒りを露にしたパートナーに答えるように、ハニービーモンがパンジャモン
に向かって突っ込む。そして振り回される長大な錫杖を掻い潜り、パンジャモンの顔面に肉薄
した。

「パラライズスティング!」

「いってぇぇ!?」

ヘルメットのバイザーを下げ、後頭部についている短い毒針を頭突きの要領でパンジャモンの
眉間に突き刺す。パンジャモンは痛みで顔をしかめ、怒りに任せて左手の爪を振り回しハニー
ビーモンを追い払う。

「舐めやがって…こんなチンケな毒針、俺にはきかねぇよ!」

そう言ってパンジャモンが錫杖を地面につきたてると先端の飾りが七色に輝き、伊佐武達を取
り囲むように無数のパンジャモンの幻像が現れる。

「お、おんなじのがいっぱい!? 」

「「「「「「「「「クククク、幻に紛れながら一人一人始末してやらぁ!」」」」」」」」

服の汚れ、額の傷まで寸分たがわず複製されたパンジャモンの幻像達が一斉同じ含み笑いを
漏らすのを見て真琴は顔をしかめる。

「あんまり見ていて気持ちのいい光景ではないですね…」

「「「「「「「「「ほざいてろ!氷獣…」」」」」」」」

無数のパンジャモンが一斉に構えをとる。全員が一斉に攻撃してくるわけではないが、何処か
ら攻撃が来るか分からないため伊佐武達の間に強い緊張が走る。

「俺達を狙ってくるぞ!気をつけろ!」

「「「「「「「「「拳!」」」」」」」」

無数のパンジャモンの幻像が拳を突き出した瞬間、方位の一角から獅子の顔を模した青白い
気孔波が飛び出す。獅子の瞳が睨んでいるのは、真琴の背中だった。

「真琴、危ない!」

いち早くそれに気付いたデプスモンが大きな手で真琴の腕を掴み、思い切り引き寄せて気孔
派から彼女を救う。凍てつく吹雪のような余波が真琴の顔を撫でた。直前にパンジャモンの狙
いがひ弱な人間の誰かに向けられている事を悟った伊佐武の支持がなければ危なかっただろ
う。

真琴を狙ってくれたお礼とばかりにデプスモンが泡の爆弾を攻撃が放たれた辺りに投げ込もう
とするが、すかさず幻像のパンジャモン達が一斉走り出す。無数の全く同じ姿のデジモンが伊
佐武達を取り囲んでグルグルと回るという、どこか冗談めいた光景を前にして明が呟いた。

「イス取りゲーム…」

「「「「「「「「「ガハハハ!全員同じ動きをしていりゃどれが本物だかわからねぇだろ
う!?」」」」」」」」

無数のパンジャモンが走りながら一斉に笑う。確かに本体も虚像達と一緒に走り回っていれば
そう簡単に見つかる事はないだろう。智也はドゥームモノリスを隠していた幻像を作り出す力を
このように使ってくる事は予測していた。その対策として、先程ハニービーモンに"目印"をつけ
てくるようにデヴァイスブレスでコマンドを送っておいたのだ。智也は再びブレスを操作し、メー
ルで明に"目印"の事を教える。メールを受け取った明はすばやくハーピモンにコマンドを送る
と、主人に忠実な鳥人は高く飛び上がり、空中からその"目印"を探し当てる。

「…見つけた」

猛禽類を遥かに超える動体視力によって捉えられたのは、鬣に陽光を反射して光る粒が混じ
っているパンジャモンの一体。本体を見つけたハーピモンは翼を羽ばたかせ、無数の真空の
刃を放つ。

「ウインドシーカー!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

幻像のパンジャモン達が雲のように千切れ飛んで消えていき、後には風の刃で全身を切り裂
かれ膝をついた本体が残る。ハーピモンの攻撃が本体を捉えたのだ。

「な、なんで…」

「本体の見分けがついたか?ってか。ポイズンパウダー。ハニービーモンの必殺技だよ。そい
つを使わせてもらった」

智也の言葉でタネに気付き、パンジャモンは自分の鬣を拭う。拭った手には何かの粉が付着
しており、日光を受けてキラキラと輝いていた。

「てめぇ…あのチンけな攻撃はこれを振り掛ける為の…!」

「すげぇじゃん、智也!すっげぇ!」

心底感嘆したように淳が手を叩く。それが尺に触ったパンジャモンは錫杖を地面に叩きつけて
淳に氷柱の攻撃を放とうとするが、そこにヤシャモンが割って入った。

「おっと、淳に手は出させんぞい!」

「ならこのまま叩き潰してやるよ!」

パンジャモンは振り下ろす錫杖の勢いを一切緩めようとしない。対して、ヤシャモンは両手に持
った木刀をクロスさせて錫杖の前に持っていく。受け止めようとしているのだろうか?

「一刀両断!」

否。錫杖ごとパンジャモンに攻撃をくわえるつもりだったのだ。クロスした木刀が裂ぱくの気合
と共に振りぬかれるとハーピモンの放ったものよりも強力な真空の刃が錫杖を切断し、パンジ
ャモンの胸に十字の傷を作る。

「お、俺が…"新世代"のデジモンが…」

胸から鮮血を滴らせながら、パンジャモンは卒倒しそうになる。自分が"選ばれしもの"である、
他のパンジャモン種と違う事の象徴であった錫杖『雪花火』が折られ、尚且つ自分が敗北寸前
まで追い詰められているという現実。それを否応にでも認識させようとする胸の傷の痛みを忘
れるため、眼前の"旧世代"達への怒りや憎しみを込めて全身全霊でパンジャモンは叫んだ。

「"旧世代"ごときに負けるかぁぁぁっ!消えうせろぉぉぉぉ!」

冷気が渦を巻いて拳に集まり、『氷獣拳』の構えを取る。だが、パンジャモンがその拳を突き出
すことはかなわなかった。

「往生際が!」

「悪いのではないのかね!?」

ヤシャモンの肩に足を、尾の先を乗せてフレイウィザーモンとデプスモンが高くジャンプし、パン
ジャモンに飛び掛る。フレイウィザーモンはマッチ棒型の二本のロッドの先端を両腰から下げ
た表面がギザギザになった板の上で走らせ、ロッドに大きな炎を灯す。デプスモンは両手を合
わせてから再度離し、両手で抱えるほどの大きさの泡の爆弾を作り出す。

「バブルボム!」

「ファイヤークラウド!」

デプスモンが投げ付けた泡が爆発し、フレイウィザーモンが二本のロッドをあわせて放った特
大の炎がパンジャモンを焼く。拳を突き出そうとしたその体勢のままばったりと後ろに倒れ、そ
のまま動かなくなった。

「メカローグ、及びXデジモンは全て掃討完了。あとはドゥームモノリスを壊して終わりだな」

ロッドをクルクルと回しながら、「終わったも同然」とでも言うかのようにフレイウィザーモンは言
う。口にこそ出さなかったが、皆そう思っていた。誰も思いもしなかったのだ、この森での戦い
はまだ一幕残されているという事に。

「…チカラを」

「!」

「もっと強い力を…!」

パンジャモンはまだ意識を失っていなかった。仰向けのままうわ言のように「力」という言葉を
呟き始めている。

「もっとだ!もっと強い力をよこせ!」

最初は掠れるようだった声がだんだんと力を増していき、やがて喉がかれんばかりの怒声へと
変わっていく。仰向けで白目を向きながら叫ぶその様子は鬼気迫るものがあり、淳は震えてす
らいた。

「力をよこせメカローグ共っ!俺に集まって来い!俺を進化させろ!Xプログラムを俺に打ち込
みやがれぇぇぇ!」

突然、離れた場所にあったドゥームモノリスが分解して小型のメカローグになり、パンジャモン
の体に一斉に群がった。死体に集る蝿かハゲタカを彷彿とさせるその光景に、真琴も思わず
目をそらす。パンジャモンの体を完全に覆い隠した紫色の塊はやがて膨張を初め、20メート
ルを越す巨大な姿へと変化した。

ライオン等の猛獣を彷彿とさせる頭部を供えた上半身に、同様に猛獣を連想させる四足の下
半身。それがメカローグ特有の紫色の機械を繋ぎ合わせて構成されている。魔獣と形容する
に相応しい姿へと進化、否"還元"された元・パンジャモンを見上げて伊佐武は呟く。

「メカローグ05…Xプログラムに耐え切れずにメカローグに還元されてしまったのか」

既にパンジャモンだった頃の記憶も精神も消されたメカローグ05は、身震いするような咆哮を
上げて機械部品を出鱈目にくっつけたような形の右腕を振り下ろす。伊佐武達は全力でその
場から駆け出し、離れた。

「きゃあっ!?」

「うわっ!?」

右腕が地面に振り下ろされた衝撃で倒れそうになった淳や真琴をそれぞれのパートナーが支
えた。振り返れば右腕を振り下ろした場所を中心に、自分達が先程までいた場所が紫色に変
色している。メカローグ05は動くだけで大地をXプログラムで侵食しドゥームゾーンへ変える、
移動するドゥームモノリスのような特質を備えているらしい。

「伊佐武さん、このままほおって置いたらこの森だけじゃなくて他のエリアまで…」

侵食され、被害は加速度的に増えていく。ここでメカローグ05から撤退する事は最悪の事態を
招くであろう事は容易に想像がついた。

「真琴、淳、智也、明!奴を倒すぞ!」

「はい、伊佐武さん!」

「おっけー!ほっとけないもんね!」

「態々効くような事か、そんなこと」

「私、がんばる…」

各々のパートナー達も頷き、五人と五匹は円陣を組む。伊佐武達が内側を向いて拳をつき合
わせ、それを外側をむいたパートナーデジモン達が囲むという陣形だ。



「「「「「ハイパー・デジメンタル・アップ!」」」」」



五人のデヴァイスブレスの液晶を繋ぐように光の円が生まれ、それが十人の円陣を囲むように
広がり、光の柱となって輝きを増していく。



「フレイウィザーモン!」
「デプスモン!」
「ヤシャモン!」
「ハニービーモン!」
「ハーピモン!」



「「「「「ジョグレス進化!」」」」」



光の柱の中で赤・青・緑・黄・白の五つの光が天に向かって伸び、互いに絡み合って一本の光
となった瞬間、光の柱が弾けた。



「「「「「デジゾードモン!」」」」」



まばゆい光の中から現れ、メカローグ05と対峙したのは一体の巨人であった。腰から生えた
羽と、鳥のように鋭い爪を持ったハーピモンに似た下半身。深海の水圧にも耐えるデプスモン
のアーマー。ハニービーモンのヘルメットの形を模し、先端に針のついた右腕。ヤシャモンの木
刀と仮面を模した物がついた左腕。そしてフレイウィザーモンと同じ帽子を被った頭。各部に五
つのデジメンタルの紋章を刻む、伊佐武達五人のパートナーデジモンの姿を模した巨大なデジ
モン、それがデジゾードモンであった。

動くものを見境なく攻撃する習性のあるメカローグ05は、突如出現したこの巨人に向かって早
速襲い掛かる。

「この森から一歩も外にだすな!このエリアで倒すんだ!」

伊佐武達五人の姿はデジゾードモンのデジコアの中にあった。ワイヤーフレームで構成され、
光で満たされた球体の中に五人は立っている。仲間に通信を送るときのように、伊佐武はデヴ
ァイスブレスに向かって叫ぶ。

「ウィザードアイフレイム!」

伊佐武が叫ぶのと同時にデジゾードモンの目が赤く輝く。次の瞬間、その目に睨まれたメカロ
ーグ05の体の表面で無数の爆発が起こり、苦悶の雄叫びが上がった。05は耳を劈くような咆
哮を上げるその口から、無数の火炎弾を吐き出し反撃する。

「私に任せて!デジゾードモン、デプスマイザーをお願いします!」

伊佐武に続いて、今度は真琴がデヴァイスブレスに向かって叫ぶ。デジゾードモンの両肩のプ
ロテクターがスライドして開き、その中についたファンが回転して無数の細かな泡を空中に放
射する。毒々しい紫色の火炎弾が空中に漂う泡に触れると、デプスモンのバブルボムと同じよ
うに泡が爆裂して火炎弾は相殺された。


「淳!明!接近戦だ!」

「おっけー!」

「…わかった」

淳と明が伊佐武の指示に答えると、泡の機雷で火炎弾をすべて防いだデジゾードモンは05に
向かって格闘戦を挑む。向かってくる巨人に、不恰好な機械の右腕が振り下ろされる。

「デジゾードモン、夜叉粉砕刀だ!」

淳のコマンドを受けて、デジゾードモンが木刀と一体となった左腕を振り上げる。木製にも関わ
らず『夜叉粉砕刀』は05の右腕を受け止め、それを横に受け流しすかさず喉元に突きを放
つ。その滑らかな動きは、正しく剣の達人のそれであった。

「追撃、ハーピーアーツ。逃がさないで…」

明の言葉に答えるかのように、今度はデジゾードモンが足技を繰り出す。軽やかな動きでジャ
ンプして右足で回し蹴りを放ち、爪で05の胸を切り裂き怯ませる。そのまま着地せずに左足で
相手の左腕を掴み、怯んだ隙に地面に引きずり倒す。巨大な05が細身のデジゾードモンに倒
され、森の木々を薙ぎ倒す。

「いけっ、とどめだっ!」

転倒した05にデジゾードモンが木刀を振り下ろす。だがそれよりも早く、苦し紛れ蹴り上げたメ
カローグ05の太い前足がデジゾードモンの胸を捉えた。

「うわぁぁぁっ!」「きゃあっ!?」「ひぇっ!?」

ウエイトで大きく負けているデジゾードモンは綺麗な放物線を描いて吹っ飛び、背中から木々
の上に落ちる。その衝撃はデジコアの中にまで伝わり、伊佐武達五人は折り重なって倒れて
いた。

「いたた…おい、今とどめって言ったの淳だろっ!?」

「きゅぅぅぅぅぅ…」

起き上がるなり、智也は淳を怒鳴りつける。その淳は壁に張り付いた格好で気絶しそうになっ
ていた。

「あれほど迂闊なコマンドを言うのはやめろって…」

「…重い」

「明!?ご、ごめん!」

尻の下に敷いていた明に気付き、慌てて智也は立ち上がる。智也の手を借りて立ち上がった
明はいつもどおりの無感情な表情で怒っているようには見えない。だが彼女が何も言わなくて
も、後で智也がファルコモンに怒られるのは間違いないだろう。

「淳くん、大丈夫ですか?」

「うん、なんとか…真琴姉ちゃんは?」

「ええ、伊佐武さんが受け止めてくれましたから…」

淳に手を貸しながら真琴はほのかに顔を赤くする。既に立ち上がってデジコア内に映し出され
る外の様子を確認している伊佐武の背に向かって、智也は「ケッ」と舌打ちする、

「奴が突っ込んでくるぞ!」

伊佐武の声に、4人が一斉にデジコア内のスクリーンを見る。そこにはメカローグ05が体の前
面を光の殻で覆い、その光の殻で木々を焼き払いながらこちらに向かって突進してくる姿が映
し出されていた。

「デジゾードモン、跳べっ!」

バリアを張って突進してくるメカローグ05に対して、即座に判断を下したのは智也だった。コマ
ンドを受けたデジゾードモンは05の巨体を引き倒した強靭な二本の足で大地を蹴り、ジャンプ
する。体の大きさからは想像できない程の軽やかな動きで綺麗なアーチを描き、デジゾードモ
ンは突進してくる05を飛び越す。

「ビーパラライザー、撃て!」

頭上を跳び越し、背中に回りながらデジゾードモンは右腕をバリアの張られていない05の背に
向ける。ハニービーモンのヘルメットを模した右腕の先端から針が次々と発射され、05の背に
突き刺さった。デジゾードモンはそのまま空中で一回転し、痛みで足を止めた相手の背後に着
地する。一連の動きの途中、空中で逆さになっていたりもしたが、デジコアの中では先程のよう
なことは起こっていない。本来、デジゾードモンはコアの中の重力の方向を制御する事が可能
であった。先程のように不意に吹き飛ばされてコントロールが追いつかない状態にでもならな
い限り、中の5人はコアの中で転がる事はないのだ。

「いい判断だ、智也。助かった」

伊佐夫を初め皆が感嘆の声をあげ、智也は得意げに微笑む。

「次に振り向いた瞬間を狙って一気に決めるぞ!」

伊佐武が号令をかけると、智也を初め四人の表情が引き締まる。次の攻撃で勝負をつけるた
めに、自然と緊張が走った。それに呼応するように五人のデヴァイスブレスの液晶に紋章が浮
かび上がり、デジゾードモンの各部の紋章が輝きだす。


「「バイナリィホールド!」」


メカローグ05が振り向いた瞬間、デジゾードモンはすかさずその胸に右腕のニードルガン、ビ
ーパラライザーを打ち込み、さらに肩アーマーを開いてそこから無数の泡を放出する。毒針を
打ち込まれた部分から全身にウイルスが回り、無数の泡は05にまとわりつきその体を包み込
む巨大な一つの泡へと変化する。二つのデジメンタルの力を込めた攻撃が、内と外から05の
体を完全に拘束したのだ。


「「「炎魔荒神剣!」」」


デジゾードモンの左腕と一体になった木刀が紅蓮に燃え上がり、さらにその芯がまばゆい光を
宿す。三つのデジメンタルの力を宿した光り輝く炎の剣を、巨人は円を描くように振るい、天に
向けて掲げる。



「「「「「ペンタグラム・エンド!!」」」」」



五人の叫びと共に振り下ろされた剣に、既に実態はない。三つのデジメンタルのエネルギーが
光の線となってメカローグ05の正中線上に走り、その体を拘束していた二つのデジメンタルの
力と交差する。既に、勝負はついた。左腕の木刀を失った巨人はゆっくりと振り返り、瞳を閉じ
る。その瞬間、メカローグ05の体内に収束した五つのデジメンタルのエネルギーは臨界点を
超え、紋章となって体表に浮かび上がり―――――――大爆発を起こした。






「"マスターL"、このエリアの復元をお願いします」

明がデヴァイスブレスにそう呟くと、巻き戻しの映像のように紫色に染まった地面や木々が元
に戻っていく。この地にドゥームモノリスが現れる直前の、X−プログラムに侵食される以前の
状態に戻っているのだ。メカローグに還元されたデジモン達の姿も戻り、その中にはパンジャ
モンも含まれているだろう。

「任務完了。俺達はログアウトするとするか」

小高い丘から森が復元されるのを確認した伊佐武が帰還を促す。各々がブレスを操作して"ロ
グアウト"を行おうとしたが、そこで何かに気付いたのか、真琴が「あ」と声を上げる。

「どうした?」

「そういえば、淳君って私達からはぐれて智也君達と合流するまでどうしてたんですか?」

「そういえば俺も少し気になっていたな。あの後淳を探しているうちに智也が先に行ってしまっ
て…最後は上手く合流できたから良かったものの、色々と面倒な事になったからな。一応話し
ておいて欲しい」

真琴と伊佐武の二人から問い詰められて、淳はバツの悪そうな顔をして口ごもる。しばらく口を
もごもごさせていたが、やがて観念して口を開いた。

「実はこんなのを見つけてさ…」

そう言って淳がポケットから取り出したのは現実世界のオナモミとよく似た木の実だった。オナ
モミと同じように服にくっつける事が出来るであろうそれは、悪戯好きの淳がいかにも興味を持
ちそうな品物だ。

「これを智也の背中につけてやろうと思ってたら、足元に穴があるのに気付かなくて…地下水
路に落ちちゃって…それで流されて…」

「お前らしいな。餓鬼っぽい、馬鹿馬鹿しい理由だよ」

ニヤニヤと笑いながら智也はそう評した。すると、淳も申し訳なさそうな表情から一転して同じ
ようにニヤリと笑う。

「実は、さっき再チャレンジしちゃったんだよねー♪」

「!」

背中に手を回してみると、確かに作業着に木の実がくっついているのが分かった。それも一つ
ではなくて、何かの形にくっついているようだ。

「…バカ」

木の実を並べて書いた文字を明が読み上げると、智也は怒りに任せてそれをむしり取った。
そして木の実を握り締めながら既に走って逃げだしていた淳を追い掛け回す。

「淳!待ちやがれ!」

「…あんたも子供ねぇ」

智也のブレスの中で呆れたようにクネモンが呟く。淳が丘の下にたどり着く頃には智也との距
離は大分開いており、彼はそれを見計らって振り返った。

「それじゃぁ兄ちゃん達、またねぇー!」

「智也はもっと体を鍛えたほうが良いぞー!」

手を振って、屈託の無い笑顔で分かれの挨拶をすると淳の姿が足元から薄くなっていき、やが
て完全に消えてしまった。"ログアウト"したのだ。

「私もログアウトしますね。皆さん、最近寒くなってきたので風邪を引かないように気をつけてく
ださいね」

「いざと言うときに風邪で戦えません、というのは冗談にしても笑えないからな」

息を切らせながら智也が戻ってきたのを見計らって、真琴とスイムモンが皆に挨拶をした。丁
寧にお辞儀をすると同時に真琴の体が薄くなり消えていく。

「私も、帰る…」

それまで近くの石に腰を下ろしていた明が立ち上がった。しかしすぐにログアウトすることはな
く、じっと智也を見つめている。

「な、なんだよ」

「…伊佐武や、みんなと仲良くね」

「わ、分かってるって」

以後後地悪そうに目をそらしながらも、智也は明の言葉に了解する。

「あまり明に心配をかけないでよね」

ファルコモンが最後に釘を刺すと、明はブレスを操作してログアウトする。体がデジタルワール
ドから完全に消える直前、明は微笑んだ。時折見せる僅かな表情の変化ではなく、確かな笑
顔を。それを智也にだけ見せて、明は姿を消した。

「…お前はまだ帰らないのか?」

初めて見る明の笑顔に見とれ、呆けていたところに伊佐武が声をかけた。振り返ってみれば
面白そうに笑っている。

「…そう言う顔されると誰だって面白くないぜ。あんただって真琴といる時に他人にそんな顔さ
れたら気分悪いだろう」

「ああ、すまない」

真琴との関係は否定しないのかよ、と智也は心の中で毒づく。この男と付き合っていると何度
胸の内で毒づく事になるのだろうと、思わずため息がでた。

「お前が俺に言ったあの言葉だけどよ、俺はまだ怒っているんだからな」

ため息ついでに、そんな言葉が智也の口から出た。通信機越しに口論した件については相手
から謝られたが、こうして伊佐武と対面しているとまたふつふつと怒りが蘇ってきたのだ。智也
にも非があることは彼自身を含め皆分かっていたが、伊佐武は反論もせず、黙って恨み言を
聞いている。

「…ま、お前に褒められたのが嬉しくてなんて言われたのかなんてもう忘れちまったけどな」

思伊佐武は虚を疲れて驚いたような顔をする。何か言おうとしているようだが言葉が見つから
ず、口を半開きにしてしまっていた。二人が合流したとき、伊佐武に謝られ、よくやったといわ
れたときの智也と同じ反応だ。

「あんまりこのこと引きずって俺達の脚引っ張るんじゃねぇぞ、リーダー」

智也は照れくさそうにそっぽを向いて言う。伊佐武に対する怒りも、褒められて嬉しいと言う言
葉もどちらも本音だった。収まりのつかない複雑な感情を悟られないために、智也は挨拶もな
しにログアウトする。消える直前に、ブレスの中のクネモンが代わりに「じゃあね」と挨拶をし
た。

「ま、なんだかんだで上手くやっていけそうじゃんか、俺達」

智也が消えたあと、伊佐武のブレスからフレイモンの呟きが漏れる。「そうだな」と短く返した伊
佐武の表情は明るい。

「俺達も帰るか」

そう言って伊佐武はブレスの操作パネルを引き出す。ログアウト操作を行うと森の風景が白く
霞んでいき、だんだんと視界が真っ白になっていく。視界が戻ったとき、自分が異世界に言って
いたという痕跡は何一つ残っていないだろう。

自分のいる場所は広大なデジタルワールドの森ではなく狭い自室に、パソコンのモニターの前
に変わっているだろう。着ているものもファイヤーパターンのライダースーツではなく、ごく普通
の学生服に戻っているだろう。

唯一つ、右腕に巻いた、パートナーとデジメンタルを宿したデヴァイスブレスだけは残したまま
で。そしてまた明日も、どこかに出現したドゥームモノリスを破壊するためにデジタルワールドへ
赴く事になるだろう。

五人のテイマーと、五匹のパートナーデジモン達、"デジメント・ファイブ"の戦いはまだ始まった
ばかりであった。








電脳戦隊デジメント・ファイブ EPISODET END 
TO BE CONTINUED…?







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