漆黒の空間にそれはそびえ立っていた。ワイヤーフレームで構成された巨大な建物の中に。光輝く巨大なリングのようなその姿は、ランダムに発光しながらはるか昔からこの場所に存在
していた。
突如ワイヤーフレームで構成された扉が開き、そこから十数体の異形が入ってきた。リングは警告するかのように激しく点滅したが、お構いなしに異形達はリングの周りに何かの機械を置
く。
リーダーらしき異形が指示すると、機械から光の線が延び、リングを刺し貫いた。リングは二、三度瞬くと、光を失った。
リーダーらしき異形は、満足そうな表情を浮かべた。
第1章 少年とデジモン―Gate of Begin―
日本の、何処にでもある団地。薄暗い、早朝の霧がかかった風景はここに住んでいる者でもどこかいつもとは違う感情をわかせてくれるだろう。団地の扉の一つが開き、そこから一人の少年が顔を出した。少年は左右に首を振って辺りを見回している。
誰かがこの光景を見ていれば、この少年が辺りに人がいないか伺っていることがすぐにわかっ
ただろう。少年は辺りに人がいないことを確認すると、家の中に向かって呼びかけた。
「いいよ、アグモン。」
すると、玄関の奥から、恐竜の子供のような生き物が姿をあらわした。皮膚の色はくすんだ黄色で、所々にブルーのラインがある。頭や手足は大きく、やや前傾姿勢だが二本の脚で直立している。
「何処へ行こうか?」
「俺、公園がいい!!」
恐竜の子供は、大きな声で言った。少年は、その声に驚いて慌てて辺りを見回すが、誰もいないことを確認すると、恐竜の子供に向かって、自分の顔に前に人差し指を立てるジェスチャーをした。
「ちょっと我慢しててね。」
少年は、あらかじめ用意してあった彼の父親の大きなコートを、恐竜の頭にかけた。コートは、恐竜の体のほとんどを隠した。尻尾と爪先が出ているが。
「じゃ、行こうか。」
少年は恐竜の手を引っ張って、早足で家を出て行った。
彼、澤田吉武(さわだよしたけ)が、この恐竜…アグモンに出会ってから既に一年になる。一年前、彼が11歳の頃、今向かっている公園で拾った真っ赤なタマゴからアグモンは生まれた。生まれたばかりのアグモンは、ポヨポヨとした体に動物の毛のような物が生えた姿で、彼の頭より小さかった。とりあえず吉武は部屋に隠して飼っていたが、一ヶ月もして短い脚が生えてきて、教えてもいないのに人の言葉を覚えてきた頃、部屋の外に出たがった彼は吉武が止めようとしたのを振り切って部屋の外に出たら吉武の両親と妹と祖母に見つかった。結局家族会議の末、彼は澤田家の家族の一員として迎え入れる事になった。生まれてから半年も経つと大きく姿を変え今の姿になり、この頃からアグモンと呼ばれるようになり、一年立った今完全に澤田家の家族の一人として家族に溶け込んでいた。
人通りのない道や路地を通りながら吉武は、今日でちょうどアグモンが生まれてから一年目だという事を思い出す。お祝いの料理は何にしようか…などと考えているうちに公園にたどり着いた。
「ヨシタケ、早く遊ぼうぜ!」
アグモンはそう言って体にかけられたコートを脱ごうとしたが、吉武はそれを止めた。
「まって!何か物音が…」
そう言われてアグモンは何かピリピリと言う、小さな音がしていることに気がついた。
「何の音だろう…」
そう言って吉武は辺りを見回すが、公園には誰もいない。ふと、吉武はアグモンの視線がある一点をじっと見つめていることに気づいた。それは公園の隅の草むらの上だった。そこはアグモンのタマゴを見つけた場所だった。
「あそこに何かあるの?」
吉武がアグモンに声をかけた時、その音が大きくなっている事に気が付いた。音が大きくなるにつれ、草むらの上に電気の塊のような物が出現し、それはだんだんと大きくなっていった。
それはバスケットボール程度の大きさまで膨れ上がると、急にめくれ上がり、草むらの上に直径3メートルほどの、巨大な青い円が出現した。青い円の表面は深い海の色のようで、まるで異次元への扉のようだった。
「ヨシタケ!」
「!」
突如、青い円の表面から、銀色の手が二本伸びてきて、円のふちをつかんだ。
「どっこらしょっと…」
窓から身を乗り出すように、円の中から、銀色のロボットが姿をあらわした。ロボットの体は四角く、大人一人が入って操縦できそうなほど大きい。胸に当たる部分には大きなレンズがはめ込まれており、頭頂部には丸いドーム状のガラスがついている。二本の脚は太く短く、対照的に厚い板を繋げたような形状の両腕は身長よりも長い。
「ここが例のブツが落ちた場所か…ん?」
体をひねって辺りを見回していたロボットは、自分を見つめている吉武達に気がついた。ロボッ
トは吉武達を睨みつける。
「おいガキ!!見せモンじゃねぇぞ!!」
「ハ、ハイ!」
吉武は振り返り、アグモンの手を引っ張って逃げようとした。さっきロボットは「例のブツ」と言っ
た。おそらくアグモンのタマゴの事だろう。アグモンに気づかれたら何をされるかわかった物ではない。見つかる前に逃げた方がよいのは明白だった。
ハラリ。
「あっ!」「ん?」「お?」
しかし、慌てて手を引っ張った瞬間、アグモンにかけていたコートがずり落ちていた。
「…」「…」「…」
一瞬の静寂。そして初めに動いたのはロボットの方だった。
「そんなところにいやがったかぁ!!」
「「!!」」
動きの鈍そうな体にもかかわらず、ロボットは足の裏のバーニアを噴かして一瞬でアグモンに近づき、長い右手でアグモンを掴んだ。
「アグモン!!」
「ぐ、ぎゅううう…」
「もう成長期にまで進化しているとはな…」
ロボットはアグモンを握りしめ持ち上げる。吉武の予感は的中した。やはりあのロボットの目的はここに落ちていた紅いタマゴだったのだ。
「アグモンを離せっ!!」
吉武は近くに落ちていた木の棒を拾ってロボットの体を叩く。しかし金属音が響くだけでロボットは微動だにしない。
「なんだぁ?このガキは…?」
ロボットは不思議そうに吉武の方に視線を向ける。
「この人間、もしかしてこいつを助けようと…?」
そう言ってロボットがアグモンに視線を戻した時、ロボットはアグモンの体温が急速に上昇している事を手の平から感じとった。
「ベビーバーナーッ!!」
次の瞬間、炎の吐息がロボットの手に噴きかけられた。
「うぉぉぉっ!?」
ロボットは慌てて手を離し、アグモンを落とした。
「アグモン!!」
吉武はアグモンに駆け寄り、一緒にロボットから離れた。
「アグモン、大丈夫?」
「ヘン、あんなの全然大丈夫だぜ!?」
アグモンは胸をドン!と叩いた。
「てめぇぇぇぇぇ!熱いじゃねぇかぁ!!」
「「!!」」
ロボットが二人に向かってきた。さっきの炎によるダメージは全くないらしい。
「ヨシタケ!!危ない!!」
アグモンが吉武を突き飛ばしたとほぼ同時に、ロボットのビンタがアグモンを弾き飛ばし、公園の隅にあった木にアグモンが叩きつけられた。
「アグモン!!」
アグモンは立ち上がろうとするが、足元がふらついてうまく立ち上がれないようだ。叩きつけら
た木は大きくゆがんで、今にもへし折れそうになっている。
「たっぷり痛めつけてから、「サンプル」として持ち帰ってやる!!」
ロボットは憎憎しげにそう言うと、アグモンに向かって右手を鞭のように叩きつけた。何度も、何度も、何度も。
カン。
「ん」
体に何か当たったのに気づいてロボットが振り返ると、吉武が涙目で石を投げていた。ロボットはふう、とため息をついたようなリアクションをした。
「あのなぁ、お前、こいつがなんだかわかって…」
ロボットの言葉をさえぎるように、吉武が叫んだ。
「アグモンは僕の大事な家族だ!!お前こそなんなんだよ…この箱野郎!!!」
その叫びはほとんど絶叫に近く、叫んでから吉武はロボットの様子がおかしいことに気がついた。
「は、箱野郎…だと?」
ロボットは肩をワナワナと震わせている。
「はこやろう、ハコヤロウ、HAKOYAROU…」
肩を震わせたまま、ロボットは呟く。
「…そう言ったのか―――――ッ!!ガキィィィィィィッ!!」
次の瞬間、ロボットは絶叫しながら吉武に突撃した。突然の事に、吉武は脚がすくんで棒立ちになる。
「やめろ…」
ロボットが吉武の眼前で急停止する。
「やめろっ!」
ロボットが大きく腕を振りかぶる。
「ヤメロ―――――――ッ!!!」
絶叫。
「「!?」」
アグモンの猛獣のような絶叫に驚き、ロボットは手を止め、アグモンの方を見る。そして吉武もロボットも気づく、アグモンの体が真紅の光に包まれている事に。
「赤い、光。これが…」
アグモンの体が激しく光輝き、視界が赤い光で覆い尽くされた。
「アグモン、X進化――――っ!!」
アグモンの足元に、赤い光点が七つ灯り、そこから光の帯が伸び、アグモンの体の周りをまわる。アグモンの体がワイヤーフレームになり、その中心には赤い球体が浮かんでいる。ワイヤーフレームは形を変えていき、四足恐竜の姿となる。光の帯が中心の赤い球体に吸い込まれていき、それとともにテスクチャーが体を覆っていく。
「モノクロモン!!」
光が晴れたとき、アグモンがいた場所には太い四本の足で立つ恐竜がいた。恐竜の外皮は灰色で、頭部から尻尾までの背面は、黒い岩のような外皮で覆われており、鼻先にはアンバランスなほど巨大なナイフのような角がそそり立っている。
「あ、アグモンなの…?」
「し、進化しやがった…」
吉武とロボットは、共に驚愕の声を上げていた。
「…そこからどけ!!ヨシタケ!!」
そう言ってアグモン…いや、モノクロモンは角を立ててロボットに向かって突進した!!
「え、ええ?」
ロボットは突進してくるモノクロモンの姿に驚き、慌てふためく。吉武は既にその場を離れている。モノクロモンは直前で急停止し、巨大な角を振り下ろす。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」
激しい轟音が轟き、土煙が上がる。角の先端で公園の柵はつぶれ、地面には深い亀裂が入っていた。
「いない!?」
しかしロボットの残骸らしき物は見当たらず、辺りを見回すと、ロボットはモノクロモンから離れた位置にいた。後ろには彼が出てきた青い円がある。
「そこか!!ヴォルケーノストライク!!」
モノクロモンの口から火炎弾、いや、溶岩弾が発射された。
「ひ、ヒイイ!!!」
ロボットは慌てて円の中に飛び込む。ロボットの姿が完全に消えたと同時に、溶岩の塊が円に命中した。
「ウォォォォ!!?」
突如として、モノクロモンの体が円に引き寄せられた。
「アグモン!?」
一瞬にして、モノクロモンの頭が円の中に引きずりこまれる。
「アグモンッ!!」
全身が引きずりこまれる瞬間、吉武はモノクロモンの尻尾をつかんだが、彼もそのまま引きず
り込まれてしまった。彼はこの瞬間、ふと、以前父に言われた言葉を思い出していた。
『アグモンとの別れはいつきてもおかしくないだろう。だからいつも心の準備をしておいたほうが
いいかもしれない。』
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