「…タケ!ヨシタケ!!」

「う…?」

 吉武は自分を呼ぶ声で目を覚ました。

「大丈夫か!?ヨシタケ!!」

 吉武の目の前には、鼻先に巨大な角を生やした、恐竜の顔が迫っていた。

「うわぁぁぁぁぁ!?だ、誰!?」

 吉武の驚いた顔を見た恐竜は訝しげな顔をする。

「誰って…元アグモンのモノクロモンだよ!」

「モノクロモン…!?」

 吉武は全てを思い出した。

 早朝の人気のないうちにアグモンを散歩させてやろうと思い、アグモンの卵を拾った公園につれて言ったら、変なロボットが出てきてアグモンを襲った事を。そしてアグモンがこの巨大なモノクロモンに変わり、ロボットは逃げたが、モノクロモンと自分がロボットの出てきた奇妙な青い円に吸い込まれた事を。

「そうだ!!モノクロモン!!ここは何処なの!?」

 モノクロモンは困ったような表情を浮かべる。


「こっちが聞きたいくらいだぜ。なぁヨシタケ、ここは何処なんだ?こんな広い所俺ははじめてだぜ」

 吉武が辺りを見回すと、そこには見渡す限りの大草原が広がっていた。

 

 



 


第2章 草原にて―Welcome MyWorld―



 

 

 


「…どこだろう」

 吉武は草原の広大さに圧倒されながら呟いた。その草原は、彼が知っている光景にたとえるなら、写真でしか見た事のない、モンゴルの草原に似ていた。

 吉武がどうしたものかと考えながら歩いていると、横からモノクロモンが口を挟んだ。

「なぁ、俺腹が減ってきたんだけど…」

 この非常時に似つかわしくないセリフに、吉武は軽い怒りを覚えた。

「何言ってんだよ!いまそれどころじゃ…」

 言葉の途中で、吉武の腹が形容しがたい音を立てた。

「そういえば、朝ごはんまだだった…」

「なぁ、あの小屋の辺りから美味しそうな匂いがするんだ。行ってみようぜ。」

 モノクロモンは嬉しそうな顔で言った。

「小屋…?」

 確かに、吉武達がいる場所から500メートルほど離れた所に、小屋がいくつも、まばらに建っている。

「…言ってみよう!!人がいるかも知れない!!」

「よっしゃぁ!!そうだ!!ヨシタケ、俺に乗ってかないか?」

 いい事を思いついたというようにモノクロモンが言った。確かにいいアイディアだと吉武は思った。自分とモノクロモンでは歩幅が違うだろうから。

 吉武は足元に落ちていた父のコート(アグモンを隠して公園まで連れて行くのに使っていた。多
分一緒に吸い込まれたのだろう。)を拾うと、モノクロモンの背中によじ登った。

「んじゃ、しゅっぱつしんこー!!」
「おー!」

 少しゆれるが、モノクロモンの背中からの眺めは中々だった(草原と小屋しかないが)。それに、男の子なら一度は夢見る「恐竜の背中に乗って散歩する」を叶えた吉武の気分は、かなり高揚していた。モノクロモンも、新しい自分の体で歩くのを楽しんでいるようだった。

 15分も歩くと、小屋は畑のそばに建てられた物だという事がわかった。吉武は下りて畑を見てみた時、驚愕した。なんと、肉が生えているのだ。漫画に出てきそうな骨付き肉が地面から生えている。

「なっ、ななな何だよこれ!?」

 肉のような形をした別の物という事も思いついたが、匂いは確かに生肉のものだ。暑い日は臭くないだろうか?

「うまそう!!いただきまーす!!」

 吉武の思考が混乱しているうちに、モノクロモンは畑の地面に顔を突っ込んで、骨付き肉を食べ初めた。グチャペチャと汚い音があたりに響いた。

(アグモンの時はもう少し上品に食べていたのに…)

 吉武はぼんやりとそんな事を考えながらモノクロモンの食事を見ていると、モノクロモンは骨まで飲み込んでたいらげてしまった。

(あれ?畑があるとすれば、これは誰かが『栽培』してるって事じゃ…)

 いや、畑で肉を育てるって事を果たして「栽培」と言っていいものか…。そう思っているうちに、モノクロモンは二本目の骨付き肉に貪りついている。

「コラー!!なにしてるだ!!」

 突然、吉武達の後ろから、怒鳴り声が響いた。吉武とモノクロモンが振り向くと、近くの小屋の前に2メートルもある大きな猿がいた。しかし猿にしては細身で体毛は黄色かった。大猿はモノクロモンが口にくわえている骨を見ると、吉武達の前に走ってきた。

「「!!」」

 襲われるのかと思い、二人は身構えた。

「あ―――っ!!よくもワシラの肉を!?ん…?」

 大猿は吉武とモノクロモンを見て、急に怒りの表情を消した。どこか珍しい物を見るような表情で二人を交互に見ている。吉武もモノクロモンもこの奇妙な反応に戸惑いを隠せなかった。

「こっちのはモノクロモンじゃろうけど…こっちはひょっとして…あんた、もしかして人間か?」

 大猿は吉武を見て質問した。

「え…人間…ですけど?」

 大猿は質問の答えを聞くと、驚いて叫んだ。

「ほ、本物じゃ…本物の人間じゃぁ――――!?」

 大猿の大声に気づいたのか、畑の反対側にある大きな小屋の扉が開き大猿の仲間と思しき者がたくさん出てきた。その姿形は大猿と同じ種族の物だけではなく、赤い恐竜の様な物や、小さい物も混じっていた。中にはアグモンによく似た姿の物もいる。

「ほ、本物の人間?」
「すげぇー、俺人間にあっちゃったよ!!」
「あんなに角がでかいモノクロモン見たことがねぇよ!!」

 集まってきた者たちは吉武達を取り囲みながら、興奮した声を上げている。吉武は最初は混乱していたが、害はなさそうなので、とりあえず最初に自分達を見つけた大猿に質問してみた。

「あ、あの…」


「な、なんだべ?」


「ここ、何処ですか…?」


「何処って…わしらの農場に決まっているべ。」

 

「いや…日本の…いや、地球の何処ですか?」


「?????」

 半分予想していた事だが、やはり彼等にこちらの常識は通用しなかった。しかし大猿は突如、いいアイディアがうかんだ!!というような表情をした。

「そうだべ!!たしかこういう事は昨日来た客人がそう言うことにくわしかったべ!!」

「それは私の事かな?」

 集団の中から、一体の異形が進み出た。その姿を見て、吉武は身をこわばらせた。その姿は半人半馬のケンタウロスに似ていたが、爬虫類のようなオレンジ色の皮膚は所々が青く硬質化しまだら模様になっており、左肩には金属製のプロテクター、頭に被っているT字の除き穴が空いた鉄兜の奥には、赤い単眼がこちらを見つめている。

「そう身構えるな。私でよければ君達がどうやってここに来たかを話してはくれまいか?」

 

 


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 この世界を我々は「デジタルワールド」と呼んでいる。いつの頃からそう呼ばれるようになったのかはわからないが。我々は「デジモン」という生き物で、皆タマゴから生まれ、「進化」と呼ばれる現象によって段階ごとに姿を変え、成長していく。この農場は「ハヌモン」というデジモン達が中心になって開いた農場で、旅をしているデジモン達に食料をわけたりしている。この世界には、他にもこのような集落や村や町のような物がたくさんある。

 それが半人半馬のデジモン、ケンタルモンが、デジモン達が寝泊りしている大きな建物の中で吉武達に説明したことだった。

「さて君達の事についてだが…。この世界には、昔から人間がこの世界に来たという伝承が多くある」

「ええ!?」

「私も人間に会うのは君達がはじめてだが、この世界では誰もが人間という存在を知っているくらい多く、な」

 吉武はその言葉の意味をすぐに理解した。さっきのハヌモン達の反応を見ていたからだ。

「伝承の中には、人間が最後にどうなったかはわからないまま終ってしまった物も多いが、人間が自分の世界に帰って終った伝承も少なくはない。おそらく、それらを調べていけば」

「変える方法が見つかるかも知れないんだね!!」

 吉武は喜々として叫んだ。

「やったな、ヨシタケ!!」

「私は各地を旅して回っている。それなりにそういったことには詳しいつもりだ。長殿、それまで彼らをここで保護してはくれぬか?」

 ケンタルモンは近くで話を聞いていた、少し老け顔のハヌモンに同意を求めた。

「あんたとは長年の付き合いじゃが…タダ、というわけにはいかんな」

「「ええ!?」」

 吉武とモノクロモンは、驚いて叫んだ。

「今朝方食った未収穫の肉を含めて、ここで養ってもらう間は、それに見合う分だけ働いてもらわんと…」

「そんな!!」

「いや、長殿の言っている事が正しい」

 ケンタルモンは、吉武をたしなめるように言った。

「君のいた世界ではどうかは知らないが、この世界ではデジモン達が激しい生存競争を繰り広げている。そんな中で、こういった集落が出来上がるまで、長い年月と苦難の日々があったんだ。君達を襲ったロボットのような奴ばかりの世界でな」

 君達を襲ったらロボットのような奴。そのような連中が日々戦っている世界で。吉武は、この牧場にたどり着いた事事態、自分にとって幸運だと気づいた。

「わかりました・・・・僕もお手伝いさせて下さい」

 吉武は頭を下げて頼んだ。それを見て、モノクロモンは鼻の頭を地面にこすりつけた。

 

 


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漆黒の空間に、数体のデジモンが立っていた。

「ゲートは暴走、ですか。やはりまだ完全に制御するには至っていませんね」


細身のシルエットのデジモンの赤い唇から、言葉が発せられた。

「やはりメカノリモンでは役不足だったか…」

ドッシリとしたシルエットのデジモンの声色には、『自分に任せればよかったものを』という意味が含まれていた。

「まぁ、一体分、しかも成熟期を送るのが限度のゲートしか開けなかったんだから、失敗してもおかしくないわね」

 

細身、を通り越して枯れ枝のような異様なシルエットのデジモンは、妙に高い声で言った。

「しかしターゲットがデジタルワールドに引き込まれたのは好都合。大まかな出現ポイントは「コ
レ」で特定できました。メカノリモン達が探し出すのを待ちましょう」

 

再び赤い唇が言葉を紡ぎ、細身のシルエットは、巨大な「コレ」を撫でた。


 


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