吉武達がデジタルワールドに来てから五日目…


「おい、新入り。水を汲んできてくれ」

「ハイ!!」

 調理台に向かっているハヌモンに言われ、吉武は井戸の方に向かった。この農場で働く事になった吉武達は、吉武は食堂などの手伝い(と言うより雑用)、モノクロモンは巨体を生かして、力仕事を手伝う事になった。

「ん?」

 井戸に向かう途中、柵によりかかっている二匹のデジモンを見かけた。一体は毛皮を被った恐竜の子供のようなデジモン、ガブモン。もう一匹は芋虫を大型化させたようなデジモン、クネモンだ。

「やっぱり違うよなぁ…」
「うん、違う」

 二匹とも吉武と同じ雑用係で、昼食の準備が始まるこの時間帯は二匹とも忙しいはずだ。不信に思って吉武は声をかけた。

「なにしてるの?」


 


第3章 戦闘種族―KENTALMON vs MEKANORIMON―


 


「「うぁ!?」」

 急に声をかけられた二匹は、驚いて振り向いたが、吉武の顔を見て胸を撫で下ろした。

「なんだ、人間の…ええと…」

「吉武だよ。そんなところで何してたの?」

「モノクロモンを見てたんだ!」

 クネモンは柵の向こう側…体に農耕具をロープで結んで、それを引っ張って畑を耕しているモノクロモンを見ながらいった。クネモンの巨大な芋虫のような姿に、初めて見た時吉武は近寄りがたかったがその姿はよくよく見れば子供の様にデフォルメされたような感じで親しみやすかった。

「モノクロモンを?」

「うん」

 ガブモンも柵の向こうを見ながら答える。

「だってさ、俺、あんなに角が大きいモノクロモンなんて見た事ないからさ」

 クネモンが興奮気味に答えた。

「普通のモノクロモンは角が大きくないの?」

「うん。僕、生まれたときからこの牧場にいて、色々なデジモンを見ているけど、あんななモノクロモン、見た事無いよ!!」

 ガブモンも興奮気味に言った。

 吉武はナイフのような形状をし、体に対してアンバランスなほど大きいモノクロモンの角を見た。どうもモノクロモンはこの世界のデジモンとは何かが違うらしい。この牧場でモノクロモンの進化前…アグモンと同じ種族のデジモンをたくさん見かけたが、どれもモノクロモンの以前の姿とは違い、体に青いラインは見られなかった(この牧場に一匹だけいた、グレイモンという種族のデジモンには似たような青いラインがあったが)。

「かっこいいよなぁ…」

 クネモンが呟いた。

「え、かっこいい?」

「うん、かっこいいよ!!」

 ガブモンが大きな声で言った。吉武は自分の親友の事をかっこいいと言われ、嬉しくなった。

「モノクロモンはアレで俺たちよりも年下なんだろ?いいなぁ、俺たちも速く進化したいなぁ…」

 クネモンは畑で働いている他のデジモン、黄色い猿のような姿をしたハヌモン、赤い皮膚の恐竜ティラノモン、オレンジ色の皮膚に硬質化した外皮の兜を持つグレイモンを見回しながら言った。

「お友達が進化できたんですから、吉武も早く進化できるといいね!!」

 ガブモンは吉武に向かっていった。

「え、僕は…」

 吉武が返答に困っていると後ろから声が聞こえてきた。

「進化する前に、やるべき仕事はきっちりこなしてもらわんとな…」

 振り向くとさっき吉武に水汲みを命じたハヌモンが立っていた。

「とっと水を汲んでこんかい!!」

「は、ハイ!!」

 吉武は慌てて井戸の方向にかけていき、それをガブモンとクネモンも見ていたが、

「お前ら!一応あいつの先輩なんだから、しっかり仕事せい!!」

「「は、は〜い!」」

 

 

 


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「ケンタルモンさん!!」

 勢い良く吉武は客人用の部屋に飛びこんだ。部屋といっても、藁を敷き詰めた馬小屋のような物だったが。ケンタルモンは床に座って本を読んでいた。傍らにおいてある肉と野菜がバランスよく入っている食事は、まだ手をつけていないようだ。

「おや、今日は随分速いな」

 ケンタルモンは本から目をはなした。

「今日は後片付けの当番が休みの日だからね!どう?見つかった?」

 吉武は自分の仕事が終ると、いつもケンタルモンのところに来て、ケンタルモンが調べた情報を聞きに来ていた。

「まだまだだ。私が知っている物だけでは不足だと思い、この農場や旅をしているデジモンから本を借りたり、色々な伝承を聞いてみたが、量が多くて思ったよりも時間がかかりそうだ」

 ケンタルモンは傍らにおいてある、大量のメモや本の山を見た。

「そう…」

「心配するな。こうして見ると思ったよりも最終的に人間界に帰ることができた伝承は多い。帰る方法は必ずわかる!」

 ケンタルモンの力強い言葉に吉武の表情が明るくなった。

「せっかく時間があるのだから、農場の外でモノクロモンと散歩してみるのはどうだ?」

「いい考えだね!そうする事にするよ!!」

 吉武は出たときよりも勢い良く外へ出て行った。ケンタルモンは再び本に目を落とし、研究に没頭した。

 

 

 

 


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「吉武!!」

 部屋から出ると、モノクロモンが待っていた。吉武に会いたくてしょうがなかった様子だ。

「モノクロモン、疲れとか残ってないの?」

「全然…ってわけじゃないけど、大丈夫!!」

 モノクロモンは初日は午前中でダウンしたのだが、日ごとに凄いペースで体力をつけていった。ケンタルモンに聞いたが、デジモンにとって、短期間での急成長は珍しくないそうだ(ここまで速いのは少ないらしいが)。

「そっか、じゃあ…」

 吉武は農場の外を見回し、離れたところに小高い丘を見つけた。

「あの丘の辺りまで散歩しに行かない?」

「いくいく!!」

 

 

 



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二十数分ほど歩いて、丘の上についた。

「すごい!!外にはこんな世界が広がってたんだ」

「すげぇすげぇ!!」

 草原の果てには森や川が見え、その向こうには山が連なっている。デジタルワールドに来てから農場の周りしか知らなかった吉武達にとって、世界の広がりを感じさせるこの風景は非常に興奮する物だった。

「ねぇねぇ、もう少し遠くへ行って見ようよ!」

 吉武はそう言って丘の向こう側へ駆け下りる。

「あ!俺もいく!!」

 その後を追ってモノクロモンも駆け下りる。丘のふもとに下りると、農場は見えなくなった。吉武は、近くに生えていた木に近寄った。農場の周りには全く木が生えてなかったので、(農場を作る際に、建物の材料に使ったらしい)デジタルワールドで初めて見る木を、じっくり観察しようと言うのだ。

 近づいてみると、木が何かときどきミシミシと音を立てているのに気がついた。

「なんか重い物でも乗っているのかな…?」

 吉武が木を見上げると、木の中で何か金属のような物が太陽の光を反射して光った。

「…みつけたぁ!!」

 次の瞬間、木の茂みの中から大きな影が飛び出し、吉武達の前に着地した。

「…ああ!?」

 気の中から現れたのは、銀色の箱に手足が生えたようなロボット…いや、デジモン。それは公園で吉武達を襲った者だった。

「グゥゥゥゥルルルル…」

 モノクロモンはうなり声を上げて威嚇している。

「見つけたぜぇ…今度こそこのメカノリモンがてめぇを捕獲してやる!」

 メカノリモンは長い両手の先についた指をパキパキと鳴らしながら言う。

「うぉぉぉ!!」

 モノクロモンはメカノリモンに向かって突進する。

「ふん!!」

 メカノリモンは素早くかわし、長腕を振るってモノクロモンの脇腹を叩く。衝撃でモノクロモンは横転し、呻き声を上げる。

「モノクロモン!!」

 吉武はモノクロモンに駆け寄るが、モノクロモンは目で自分から離れるように促し、立ち上がった。

「うおお!!!」

 モノクロモンは再びメカノリモンに突進し、直前で立ち止まり、思い角を振り下ろす。

「当たるかよ!!」

 しかしメカノリモンはいとも簡単振り下ろした角をかわし、その際にモノクロモンの頬を叩いた。

「この…!!」

 大したダメージはないが、逆上したモノクロモンは、尾を振るってメカノリモンを打ち据えようとする。しかしメカノリモンはブースターをふかし、真上に飛んで回避する。

「アホが!てめぇの攻撃なんざ、のろくてあたりゃしねぇんだよ!」

 メカノリモンは叫びながら長い両腕でモノクロモンの背中を打ち据えたが、岩のような外皮に阻まれ、大したダメージは与えられてないようだ。素早くメカノリモンはモノクロモンの側面に着地し、体を大きくひねる。

「そりゃぁ!!」

 回転を加えたメカノリモンのパンチがモノクロモンの脇腹、外皮に覆われてない部分にクリーン
ヒットした。

「ぐあっ…!!!」

 モノクロモンの体が重い音を立てて横転した。

「戦闘経験もない成熟期が、俺様に勝てるかよ!!」

「モノクロモン!!」

 吉武がモノクロモンに駆け寄る。モノクロモンは激しく咳き込み、手足はピクピクと痙攣している。

「よくもモノクロモンを…!!」

 吉武はメカノリモンを睨みつけ、近くの石を手に取った。

「ハン、この前の生意気な人間のガキか…」

 メカノリモンは吉武を睨むと、急に背を向けた。

「トゥインクルビーム!!」

 メカノリモンの胸部にはめ込まれているレンズが輝き、青白い光線が発射された。光線はさっきメカノリモンが隠れていた木の幹に命中し、木の幹を焼き切って倒れた。

「どうだ?俺の力は?」

メカノリモンが振り向くと、恐怖に怯えた表情の人間の少年がいた。メカノリモンは満足そうに目を細めると、ゆっくりとモノクロモンに向かって歩いていった。

「モノクロモン!!起きて!!逃げよう!!」

 メカノリモンは、必死になっている少年を見て、楽しみながら歩いていった。

「…?」

 ふと、メカノリモンは、自分のセンサーに一つの「音」を捉えた。すぐに吉武やモノクロモンもその音に気がついた。

 「音」はだんだんとこちらに近づいてくる。蹄の音が。

 突如、丘の上に一つの影が飛び出した。影は半人半馬の体に、所々硬質化した皮膚、鉄の兜と肩当を持ち、背中から突き出した数本のパイプからは白い煙が噴出していた。影はそのまま着地することなくメカノリモンに向かって行き、メカノリモンの体の前面に四本の脚で着地した。

「ジェットギャロップ!!」

 着地していたのは一瞬だった。パイプから煙をふかしながら四本の脚でメカノリモンを蹴り飛ばし、後方に一回転してから着地した。

「ごげぇ!?」

 メカノリモンは大きな音を立てて後ろに倒れた。

「け、ケンタルモンさん!?」

 吉武はそこでようやく誰が助けに来たのか認識した。

「て、てめぇ、何モンだ!?」

 メカノリモンは起き上がる。蹴られた部分はへこんですらいない。

「この子達の…仲間だ!」

 ケンタルモンは力強く言い切る。

「仲間だと…?あの人間のガキといい、こんな奴等ばかりきやがる…!」

「!」

 ケンタルモンはメカノリモンのレンズが光るのに気づくと、素早くメカノリモンを飛び越え、後方数メートルのところまでジャンプした。

「「「!?」」」

 吉武、モノクロモン、メカノリモンは驚愕する。ビームを発射させる暇もなく、相手の遥か後方をとるケンタルモンのスピードとジャンプ力に。

「このっ!!トゥインクルビーム!!」

 メカノリモンの胸部から放たれた光線はむなしく宙を切り、次の瞬間にはケンタルモンのパンチがメカノリモンにヒットした。

「野郎っ!!」

 大したダメージはないが、逆上したメカノリモンは、長い腕を振るってケンタルモンを打ち据えようとする。しかしかすりもせず、ケンタルモンはメカノリモンから離れた所に着地する。

「避けるなぁっ!!トゥインクルビーム!!」

 横っ飛びに避けたケンタルモンにあわせてメカノリモンも体をひねるが、ビームは地面に三日月型の焦げ後を作るだけだった。

 メカノリモンはビームを放つが、ケンタルモンはそれを軽々と避け、硬い装甲に阻まれダメージは与えられないが牽制攻撃を放ち、逆上したメカノリモンはさらに攻撃する…。それはまさに、さっきのモノクロモンVSメカノリモンと同じ状況だった。しかし端から見ている吉武にとっては、いつ自分の元にビームが飛んでくるかわからず、恐怖そのものにしか見えなかった。

「避けるんじゃねぇぇぇ!!馬野郎ぉぉぉぉぉぉ!!」

 ケンタルモンは右腕をキャノン砲に変化させ、エネルギーをためながら十数発目のビームを避ける。そして右腕をメカノリモンの足元に向ける。

「…ハンティングキャノン!!」

 右腕から発射された高エネルギー弾が足元に着弾し、はじけた地面のかけらと粉塵がメカノリモンの視界を奪った。

「うおおおおお!?」

 視界が開けたとき、目に飛び込んで来たのはケンタルモンの右腕の先にあるキャノン砲だった。

「ひぃぃぃぃぃぃ!?」

「…すぐにこの場を立ち去れ。さもなくば撃つ!!」

「は、ハイイイイ!!」

 メカノリモンは脱兎の駆け出していった…。

 メカノリモンの姿が見えなくなると、ケンタルモンは右腕を下ろし、キャノン砲を元に戻した。

「…大丈夫か?」

 ケンタルモンは呆然としている吉武に声をかけたが、吉武は怯えた目でケンタルモンを見た。

「…すまなかった。私が散歩にでも行くのはどうだろうと言ったばかりに…。立てるか、モノクロモン?」

「う、うう…」

 モノクロモンが立てることを確認すると、ケンタルモンは吉武達に背を向けて丘を登り始めた。吉武とモノクロモンも後に続いた。

「…デジモンは元々戦闘種族だ。幼年期や成長期では自衛程度の攻撃力しかないが、成熟期に進化すればあのくらい、いや、それ以上の攻撃力を持っているのが普通だ」

 その言葉を聞いて、吉武はクネモンやガブモンを初めとした農場のデジモン達の事を思いだし、彼らがそのような力を持っていたり、やがてそのような力を持つと聞いて、背筋が寒くなった。

「だが、そんな種族が生存闘争を繰り広げている世界で、我々は共に助け合い、生きる道を見出した…だからこれだけは信じてくれ。出あったばかりだが、私や農場のデジモン達はこの力を君達に向ける事はないと。」

 丘の頂上から、多くのデジモン達が見えた。ビームの音を聞いて心配して来たのだろう。農場のデジモン達が、吉武達の名を呼びながら向かって来る姿が。

 後ろを見ると、吉武はあることに気づいた。ビームの後が、吉武達がいた地点とは見当違いの方向についている事に。それを見て、吉武とモノクロモンはふもとに向かって駆け出していった。

「…食事が冷めてしまったな。」

 ケンタルモンの単眼には、確かに笑みの色が浮かんでいた。


 

 


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