吉武がデジタルワールドに来てから11日目の夕方、夕日が山を紅く染め始めた頃、吉武達は山の中腹にある、谷川の所まで来ていた。

 

 

 


 第6章 夜の闇―Which to answer―

 

 

 


「今日はこの辺りで休む事にしよう。吉武、魚釣りはできるか?」

 ケンタルモンが吉武に聞いた。

「え?出来なくもないけど…」

 吉武の父親は釣りが趣味で、吉武は小さい頃から父親に連れられて何度も釣りに行った事がある。道具さえあればすぐにでも釣りが始められる。

「私がモノクロモンをトレーニングしている間、そこの川でデジマスを釣っていてはくれないか?」

「デジマス?」

「この世界に生息している魚の名前だ。水に住むデジモン達の多くが主食にしている」

 そう言うとケンタルモンは自分の荷物の中から、釣具一式を取り出した。あまり使い込まれていないらしく、新品の様な感じだ。

「使い方はわかるか?」

 吉武は釣具一式をしばらく眺めてみた。見た所、吉武の世界にある物とほとんど変わりないようだ。

「うん、大丈夫」

 吉武は早速準備を初めた。餌みたいな物は無く、代わりにデジモンの姿をかたどった物らしいルアーがいくつかあった。デジマスの事はよくわからないので、白い体をしていて、大きな耳を持つデジモンのルアーで試して見た。釣りを始めると、モノクロモンとケンタルモンは吉武の後ろで興味深そうに釣りの経過を見ている。五分後、一匹の魚が釣れた。魚は十数センチ程度の大きさで、やけに色がはっきりくっきりとしている。

「やったな、吉武!」

「ふむ、コレなら期待できそうだな。では私達はあちら側でトレーニングしているぞ」

「いっぱい釣ってくれよな、吉武!」

「うん!」

 吉武は元気良く応えると、釣りの続きを始めた。ケンタルモンとモノクロモンは、そこから20メートル程はなれた川岸まで歩いていった。

 

 

 

 


@@@@@@@@@@@@@@@@@

 

 

 

 

 

釣りを始めてから一時間。バケツには10匹ほどのデジマスがいる。あれからルアーを色々と変えて試してみたが、一番最初に使った白いデジモンのルアーが一番良く取れるようだ。

 吉武はふと、モノクロモンとケンタルモンのいる方向を見た。モノクロモンがケンタルモンに攻撃しているがモノクロモンの角や尻尾の攻撃は、ケンタルモンにかすりもしない。時々様子をうかがっては見るが、さっきからずっとあの調子だ。

「大丈夫かなぁ…」

 吉武は既に気づいていた。モノクロモンは戦闘において大きな弱点があるという事を。スピードが決定的に不足しているのだ。先日のメカノリモン戦を見ればわかるとおり、巨体のせいで機敏な動きが出来ず、ある程度素早い相手には全く攻撃が当たらない。強大なパワーがあるのだから、接近戦に持ち込んで相手を逃がさなければいいのだが、敵を捕まえるにはスピードが鈍すぎる。溶岩弾を吐き出すヴォルケーノストライクで攻撃しても、連発が聞かないので逃げ回る相手に有効とは言えない。おそらくあの特訓は素早さを身に付けるための物なのだろうが…。

「あのー、道を尋ねたいんじゃが…」

 ふと、後ろから聞こえてきた声に吉武は振り向いた。水面から、大きな魚のようなデジモンが半身を乗り出していた。体は鎧のような外皮で覆われており、手に近い形をした大きなヒレを持っていた。

「道?」

「うむ。あ、わしゃシーラモンっちゅうもんじゃ。南の海岸の集落にすんどる」

 ほぼ同時にシーラモンに気づいたケンタルモンとモノクロモンが駆け寄ってきた。

「海の集落の方ですか?なぜこんな山の中に?」

「あー、そりゃぁな、十日ほど前な、わしゃー河口の辺りでひなたぼっこしてたんじゃがの…」

 シーラモンの話によれば、その時、ものすごい勢いで海の水が河口に流れ込み、逆流した川の水に流されたそうだ。気がついた時は見知らぬ山の川の中で、海に戻りたいそうだが道に迷って戻れないという。

「南の海にでるのなら、この川を下っていけばいいでしょう。あまり凶暴なデジモンは生息していないはずですが、お気をつけて」

「ああ、ありがとう。おや、そちらの坊っちゃんはひょっとして人間かのう?」

 シーラモンはようやく吉武が人間だという事に気がついた。

「あ、はいそうです。」

「おお!まさか人間に会えるとは…人間の坊っちゃん、わしと握手してくれんかの?」

「あ、いいですよ」

 吉武はシーラモンが差し出した、指のようなヒレの先端を握った。

「ありがたやありがたや。それじゃ、坊っちゃん達も元気での」

 シーラモンはヒレを振りながら水に潜った。吉武もそれを手を振って見送った。

(川の水が高速で逆流する異常現象、か…)

 ケンタルモンの脳裏には、以前メカノリモンが言った「モノクロモンはこの世界を滅ぼしかねない災厄」という言葉が蘇っていた。十日前といえば、吉武とモノクロモンがこの世界に来た日だ。異常現象の原因はまさかモノクロモンなのか?それとも…。

 ケンタルモンはすぐさまその考えを否定し、頭の片隅に追いやった。

 

 

 

 


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 

 

 

 

 


 完全に日が沈み夜になった頃、吉武達は20匹以上のデジマスを串にさして焼き、夕食をとっていた。

「…おいしい!」

 吉武は最初は未知の食物なので味に不安があったが、食べてみればデジマスの味は普通の魚と大差なかった。いや、自分で釣ったと言う事実が、普通の魚よりも美味な物にしていた。

「そうか。では私もいただくか」

 そう言ってケンタルモンはデジマスを一匹手にとった。その時吉武は、ケンタルモンが物を食べ
る所を、自分は見たことが無いと言う事に気がついた。吉武はケンタルモンを凝視した。

「ん?どうかしたのか…?」

「いえ、なんでもありませんから…」

「吉武、デジマスに塩かけてくれないか?」

「あ、ちょっと待ってね」

 吉武はリュックに入っている塩の小瓶を取り出し、モノクロモンの分のデジマスに振りかけた。改めてケンタルモンの方を見ると、ケンタルモンの手にはデジマスが刺さっていた串が握られていた。骨も残さず食べてしまったようだ。一分もしない内に。

「ふむ…こうしてデジマスを食べるのは初めてだが、意外と旨いものだな」

「え?釣りをした事ないの?釣り具を持っているのに…」

「いや、やった事はあるんだが…その…」

 そこまで言ってケンタルモンは口ごもった。そこへ間髪いれず、モノクロモンが言った。

「わかった!ケンタルモンは釣りがヘタなんだろ!?」

「モ、モノクロモン!!」

 吉武がたしなめるように叫んだ。

「いや、いいんだ。釣具一式をスクリープ地方の大きな集落で購入したのは2、3年前だが、一匹も魚を釣った事が無いんだ。」

 そう言って、ケンタルモンはもう一匹のデジマスを手にとった。

「だから、今日は思う存分味あわさせてもらうぞ、吉武」

夕食の時間は3人で談笑しながら過ぎていった。しかし、吉武は結局ケンタルモンが物を食べる瞬間を目撃できなかった。夕食の後、ケンタルモンからこの世界の知識や、この世界で使われている「デジ文字」を教えてもらったり、明日の予定を話し合ったりした後、就寝する事にした。吉武は農場のデジモンに作ってもらった寝袋に入り、モノクロモンはそのままうつぶせになった。ケンタルモンは火の番と見張りをすると自分から申し出た。

 

 

 


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 

 

 


 吉武は眠れなかった。目を閉じると、これからの旅路への不安や、家族の事、友人達の事など、昼間は忙しくて考えられなかった事が、一気に襲ってきた。農場に泊まっている時も夜はこのような不安にさいなまれたのだが、本日の物は段違いだった。

 「丑の刻参り」に相応しそうな時間になってきた頃、吉武は薄目を開けてケンタルモンの様子を盗み見た。ケンタルモンは焚き火の前に佇み、炎を見つめている。何度もケンタルモンの様子をうかがっているが、ケンタルモンは時折荷物の中から本を取り出した事もあった。おそらく、ケンタルモンはずっと考えているのだろう。「災厄」について。

 ケンタルモンの単眼がふと、吉武の方を見た。吉武は慌てて目を強く瞑った。

 ケンタルモンは視線を吉武から炎へと移した。

 そして、川に大きな石が投げ込まれ、長い静寂が破られた。

「!!」

「なんだ!!」

「奴等のようだな」

 寝たふりをしていた吉武と、熟睡していたモノクロモンも跳ね起き、石が飛んできた方向の森に向かって身構える。しかし一分、二分と経過しても、敵が攻撃したり姿を見せる様子は無い。

「…様子を見てくる!ここを動くんじゃないぞ!」

 ケンタルモンはそう言って川を飛び越え、森の中に入った。ケンタルモンの足音が聞こえなくなった頃、反対方向から声が聞こえてきた。

「ほぉ、ザッソーモンの作戦も意外ときくんだな」

 森の中から姿を表したのは、巨大な巻貝から、軟体の体をはみ出させた巨大なデジモンだった。緑色の巻貝には苔や様々な植物が生えており、軟体の本体は土色をしている。森林に適応した軟体動物型デジモン、モリシェルモンだ。

「うぉりゃぁ!」

 モリシェルモンの片腕が伸縮し、モノクロモンに向かってパンチを繰り出した。

「この!」

 モノクロモンは鼻先の角を振って、パンチを弾いた。

「パワーはあるようだな…」

 モリシェルモンは後退し、森の中に逃げ込む。

「待ちやがれ!」

「モノクロモン!ケンタルモンさんがここを動くなって・・」

 モノクロモンは吉武の言葉も聞かず、森の中に向かう。しかたなく吉武もそれに続いた。

「どこに行きやがった!?」

 モノクロモンは森の中を見回す。しかしモリシェルモンの姿は見えない。

「ハァハァ、モリシェルモンも動きが速いほうじゃないから、そう遠くには行ってないと思うんだけ
ど…」

 後から追いついた吉武が言う。モノクロモンはさらに森の奥へ踏み込む。モノクロモンが動く度に、木の枝が音を立てて折れる。ここでは木が密集していて、モノクロモンのような巨体では進み難いのだ。

「クソッ、進みにくい!」

「でもそれはモリシェルモンも同じだと思うけど…」

 その時、吉武は風景の一部が動いた事に気づいた。そして、次の瞬間にはモリシェルモンの体当たりがモノクロモンに当たっていた。

「モノクロモン!」

 吉武は気づいた。苔や植物の付着した緑色の巻貝と、土色の軟体の体、そして夜の闇を利用して、モリシェルモンは自らの体をカモフラージュしていた事を。

「っく、この!コレだけ近づけば…!」

 体勢を立て直したモノクロモンは、巨大な角を目と鼻の先にいるモリシェルモンに振り下ろす。

「甘い甘い!!」

 モリシェルモンは体を巻貝の中に引っ込め、巻貝を高速回転させる。

「パイルシェル!!」

 ドリルのように高速回転するモリシェルモンの体に、モノクロモンは弾き飛ばされる。

「ハハハ!いくらお前の力が強くても、俺の貝殻を砕くなんて不可能なんだよ!」

 そのままモリシェルモンは巻貝の先端を地面に向け、地面に潜った。

「モノクロモン!」

 吉武はモノクロモンに駆け寄り、何かを耳打ちする。

「…その方法なら勝てるぜ!!」

 モノクロモンは吉武の立てた作戦に同意し、吉武を背中に乗せ、全速力で川岸の方へと走り出す。森の中に大きな足音が響く。

(多分、モリシェルモンはモノクロモンの大きな足音で狙いをつけるはず…)

 モノクロモンは森を抜け、さっきまでキャンプしていた川岸へと出る。吉武はモノクロモンの背中から飛び降り、モノクロモンも吉武から離れた所に立ち止まる。吉武とモノクロモンはそこで立ち止まり、神経を研ぎ澄ませる。その時、モノクロモンのちょうど尻尾の真下の小石が舞った。

「モノクロモン、後ろだ!」

 吉武の声に反応し、モノクロモンはその場から全力で離れる。それと同時に、モリシェルモンの巻貝の先端が地面から飛び出た。

「チィッ!開けた場所に逃げられたかっ!」

 モリシェルモンの全身が地上に出た頃、モノクロモンがある程度離れた距離から突進してきた。

「だから…きかねぇんだよっ!パイルシェルッ!!」

 モリシェルモンが再び高速回転を始める。モノクロモンはかまわず突進し、その勢いに任せて、巨大な、石で出来た肉厚のナイフのような角を振り下ろす。

「トマホークスラッシュッ!!」

 吉武が立てた作戦…それはモリシェルモンを開けた場所までおびき寄せ、地上に現れた瞬間を狙うと言う作戦だった。地上に現れてから地面に潜るまでは時間がかかる。その隙を利用し、モノクロモンのパワーにさらに突進の勢いを上乗せした攻撃を仕掛けるという作戦だった。上手くいけばダメージを与えられるかもしれない。吉武はそう思っていた。結果は―――――――――

「ウッギャァァァァァ!?」

 モリシェルモンの体は大きく弾き飛ばされ、川の中に落ちる。モノクロモンには、足元に衝突した時の衝撃で後退したと思われる跡がついており、角にはヒビ一つ入っていない。

「この…やろぉ…ゆる…さねぇ…」

 モリシェルモンは憎悪の色に瞳を染め、両手をついて体制を立て直そうする。自慢の貝殻には、ほぼ全体にわたってヒビが入っており、強い衝撃を加えたら簡単に崩れそうだ。

「そこまでだ!!」

 その時、ケンタルモンが森の中から飛び出し吉武達の前に立った。

「自分の姿をよく見てみろ。シェルモンのようなデジモンにとって、貝殻が砕ける事は致命傷に等しいはずだ。それでもまだ戦う気か?」

「ああっ!?」

 シェルモンはようやく自分の貝殻の悲惨な状況に気づき、悲鳴をあげる。その眼にはさっきとはうって変わって、大分情けない物に見えた。

「お、俺の貝殻が〜」

「そんな状態で戦ったら簡単に貝殻は砕けるぞ!私をおびき寄せる為の罠を用意していたメカノリモンとザッソーモンはとうに逃げたぞ!」

「あ、あ…も、もういいよ〜!!」

 モリシェルモンは涙目になり、頭を抑えて慌てて逃げていった。

「待て…!」

 ケンタルモンはモリシェルモンを追おうとするが、その右手を吉武が抑えた。

「お、追わないで!もう十分だよ!」

 ケンタルモンは吉武とモノクロモンの表情を見て、二人がモリシェルモンにあれだけの傷を負わせてしまった事に負い目を感じている事に気がついた。二人ともまだ子供なのだ。戦闘で相手を傷つける事に対して、覚悟が出来ていないのだろう。

「…まぁ、いいだろう」

「「あ、ありがとうございます!!」」

 二人の声が綺麗に重なった。二人が喜ぶ顔を見て、ケンタルモンは自分が喜んでいる事に気がついた。しかし彼はすぐにその感情を否定しようとした。共存が実現した集落があるとはいえ、この世界は弱肉強食。甘い考えは命取りになるかもしれない。そうでなくとも、二人にはつらい運命が待ち受けているかもしれないのだ。純真な二人には絶えられないほどの。自分は弱肉強食の現実や運命の非情さから二人を遠ざけて守り続けるのか?それとも…?

 

 

 


 答えは、出ない。


 

 

 

 

 

 


NEXT→第7章 異常気象



戻る