吉武達がデジタルワールドに来てから14日目…


 山を越え、さらに森を越え、吉武達は荒野にいた。前方には地平線の果てまで何も見えず、他のデジモンの影は一切見えない。振り返れば、地平線の端には先日野宿をした森が見える。ケンタルモンが言うにはこの辺りには集落も食する事が可能な植物などもないそうなので、早いうちにこの荒野を越えてしまった方がいいと言った。「この荒野の先にある岩山を越えればスクリープ地方だ」と今朝方ケンタルモンが言った時には二人は意気揚揚としていたのだが、こう黙々と長時間歩いていると、流石に少々気が滅入ってくる。

(でも、不意打ちされる事が無いと考えればちょっとは楽かな?)

 こうも開けた地形ならば、隠れる場所は何処にも無い。吉武はそう考えていた。

 



 第7章 異常気象―underworld inhabitant―

 



 太陽が南中を過ぎて、一日でもっと暑い時間帯が近づいてきた頃、3人は視界の端に、一匹のデジモンを見つけた。デジモンはこちらに向かって走ってくる。

「…この場所で逃げ切るのは難しい。撃退するぞ!」

 ケンタルモンは臨戦態勢をとる。吉武は近づいてくるデジモンが敵で無い事を祈った。近づいてくるデジモンは、3メートルはある毛むくじゃらの体にあまり長いとはいえない太い手足を生やし、薄い青の体毛の中から大きな眼と口がのぞいている。吉武は、その姿を何かに似ていると思った。

 毛玉デジモンはお互いの姿がはっきり確認出来るほどの位置で立ち止まり、体毛の中に隠してあったV字型に湾曲した骨を取り出した。骨は毛玉デジモンの身長ほどもあり、何処に隠していたのだろうと思った。そして次の瞬間、吉武の淡い期待は裏切られた。

「骨骨ブーメラン!」

 毛玉デジモンはその骨をブーメランのように投げつけた。狙うはモノクロモンだ。

「うわぁ!?」

 モノクロモンは慌ててしゃがむ。骨はモノクロモンの角の周りを回って、毛玉デジモンの所まで戻っていった。

「チッ!」

 毛玉デジモンは骨をキャッチするとモノクロモンに飛びかかり、骨をモノクロモンに向かって振り
下ろす。モノクロモンはそれを角で受け止め、ちょうど骨と角で鍔迫り合いをしている様な格好になった。

「てめー!メカノリモンやザッソーモンの仲間か!?」

 モノクロモンは鼻先に力をこめながら叫ぶ。

「メカノリモンとザッソーモン?あいつら、こんな成熟期一匹捕まえられなかったのかよ。報酬はこのモジャモン様がいただきだなっ!」

「誰がこんな成熟期だっ!」

 せせら笑ったモジャモンに対して、モノクロモンはさらに力を込める。拮抗していた力のバランスが崩れ、モジャモンはバランスを崩した。さらにケンタルモンが体当たりを仕掛け、モジャモンが弾き飛ばされる。

「それと、私の存在を忘れないで欲しい」

 モジャモンは起き上がり、ケンタルモンを睨みつける。

「いい気になるなよっ!アイスクル・・・・」

 モジャモンの両手の平の間に急速に冷気が集まり、氷の塊が出来ていく。氷の塊は少しずつ大きくなっていった。

「ハンティングキャノン」

 氷の塊は人の頭ほどの大きさになった時、ケンタルモンの右腕が変化したキャノン砲によって砕かれた。氷の塊を作っている間、モジャモンは隙だらけだった。

「二体一だ。抵抗は止めたほうがいいぞ」

 ケンタルモンは右腕のキャノンをモジャモンに突きつけ、冷たく言い放つ。普段は吉武にデジタルワールドの事等を優しく教えていた時からは創造できない、冷たい声だった。吉武はその姿が少し恐ろしかった。

「大人しくお前達の雇い主とその目的を教えて貰おうか・・・」

 ケンタルモンが悔しそうに顔を歪ませるモジャモンに言う。その時、全員の足元に重い振動が伝わってきた。

「う、うおっ!?」

「な、何!?」

 振動は強まっていき、そして地面から金属で出来た鋭い円錐が飛び出した。円錐には螺旋状に溝が走っている。吉武がそれがロボットアニメ等でしか見た事のない「ドリル」だと気づいた瞬間、地面からドリルの後ろに付いていた物…本体が姿を表した。ドリルの持ち主はモノクロモンと同じくらいの大きさの巨大なモグラのようなデジモンだった。手足の指には短いドリルが付いている。

「ドリモゲモンか…!!」

 ケンタルモンが叫ぶ。そして次々と地面からドリルが飛び出し、ドリモゲモンが姿を表す。モジャ
モンはこの騒ぎに乗じて逃げてだしてしまった。モノクロモンはそれを追おうとするが、ケンタルモンがそれを止めた。

「我らの土地で勝手に闘争を始めないで頂こうか…」

 リーダー格とおぼしきドリモゲモンが厳しい口調で言う。リーダー格のドリモゲモンを始めとして、ドリモゲモン達の黒い瞳には殺気がこもっている。

「この土地での闘争は我等への侵略行為と見なす。直ちにこの地を立ち去れ。さもなくば…」

「ちょっと待てよ!あのモジャモンが俺達を襲って…」

「黙れ!」

 リーダー格の叫びがモノクロモンの言葉をさえぎる。その声の大きさに、おもわず吉武とモノクロモンは身を強張らせる。

「貴様等の闘争の理由などどうでもいい。この地を立ち去るのか、それともこの場で八つ裂き
にされたいのかと聞いている!」

 激しい剣幕で怒るリーダー格の前に、ケンタルモンが進み出た。モジャモンを脅したときと同じような、冷たい声で彼は返答した。

「…わかりました。この地から我々が立ち去りましょう。私達はこの荒野の西にある、岩山の向
こうから来たものです」

 ケンタルモンはさっきまで目指していた方向を指差した。当然、自分達が来た方向とは逆である。

「この場は見逃してやろう。だが、次はないぞ…」

 そう言ってリーダーは踵を返し、地面に潜った。他のドリモゲモン達も地面に潜っていき、やがてその振動も遠くなっていった。緊張の糸が切れた吉武は、ペタン、と、その場に尻餅をついた。

「…速めにこの荒野を越えよう。足元に彼等がいると思いながら野宿したくは無いからな」

 そう言ってケンタルモンは手を吉武に差し出す。その声は普段の穏やかで優しい声だった。

「なんだよあいつら!あんな態度はないだろ!?」

 モノクロモンが憤慨すると、ケンタルモンがたしなめるように言った。

「私達に彼等の事を非難する事は出来ない。集落の防衛の為に少しでも争いを起こそうとする者は追い払い、そして誰からも施しを受けず、自らも他者に施しを与えない。そうやって彼等は自分の生活を守ってきたのだろう」

 吉武はケンタルモンに手を引いてもらって立ち上がった。

「他者と分け合って生きて行く方法もあれば、他者を拒絶する事で生きていく方法も正解と言う訳だ。この世界ではな。」

 

 

 

 


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 荒野の地下深く、そこにドリモゲモン種を中心とした地下で生息するデジモン達の集落はあった。元々この集落はこの地方では少ない作物を地下に生息するデジモン達で管理して分け合う事が目的で作られたもので、かなり昔からあった集落だった。少ない食料は他者に分け与える事はできず、よそ者は徹底的に拒絶し、いつしか彼等は非常に排他的になっていた。集落のデジモンは作物を集める時にしか地上には上がらず、それどころか必要以上に地上に上がる事を避けていた。幼い子供を除いては。

「地上へ向かって掘られた穴が見つかったって!?」

 ついさっき自分達の住処に戻ってきたばかりのリーダー格のドリモゲモンが叫ぶ。この集落は地下にあると言うのに、室内灯でもあるのかというほど明るい。天上に群生している苔が発光しているのだ。この苔はこの集落が作られたばかりの頃から、何世代もかけて品種改良して照明代わりに作られた物だ。暗闇で行動すること自体に問題は無いが、生まれた時から暗闇の中で生活していては地上に出て作物をとる時に支障が出るから、という理由で作られたものだった。

「はい、倉庫の隅に成長期一匹がギリギリで通れるくらいの穴が…」

「子供って奴は私らの気づかないうちに成長するもんだね…」

 地上に行ったのは成長期に進化したばかりの子供だった。この集落では力がつき始める頃の成長期達が勝手に外に出ないように随所に見張りが付いていたが、見張りをしているデジモン達は脱走した子供はまだ幼年期から成長期になったばかりなので、一人で穴を掘って地上に出るなんて真似は出来ないだろうと思っていた。その結果がこれだ。リーダーは軽く舌打ちをすると、周りにいるドリモゲモン達に命令する。

「2、3匹私について来い!手分けして探すよ!残りは子供達を全員一箇所に集めて見張っときな!」

 

 

 

 

 

 


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 吉武達の足取りは重かった。無理も無い。先刻の事件に対する気落ちに加え、一日の内で一番暑い時間帯の日差しが木も何もない荒野にいる彼等を容赦なく直撃していたからだ。しかし、吉武達は急に気温が冷たくなったように感じた。

「?」

 ふと空を見上げると、青空は一瞬にして雲に覆われた。雲が高速で流れてきて空を覆ったのではない。何も無い所から一瞬で雲が現れたのだ。そして次の瞬間、急に気温が下がったかと思うと、目も開けていられないほどの強風が吉武達を襲う。強風に混じって小さな氷のように冷たい物体が彼等を襲う。

「これって…吹雪!?」

 吉武が驚いて目を開けると、既に吹雪は止み、荒野は雪原に変わっていた。

「馬鹿な!?この地方で雪なんてありえないぞ!?」

「俺は別に雪が降っても構わないぜ!涼しくなったからな!!」

 信じられないといった態度のケンタルモンに対し、モノクロモンは暑さから開放されて喜んでいる。

(…まさかこれも『災厄』が原因なのか?)

 ケンタルモンは先日シーラモンから聞いた川の水が逆流する異常現象を思い出した。メカノリモンはモノクロモンの事を「この世界を滅ぼしかねない災厄」だと言っていた。モノクロモンがこの異常現象と関係している可能性は低くはないと彼は考えていた。しかしケンタルモンはこの考えを口に出さずに、今は自分の胸の内にしまっておく事にした。

「ところで吉武、リュックから何を出そうとしているんだ?」

 ケンタルモンはさっきからリュックの中身をあさっている吉武に声をかけた。

「あ、コレを探してたんだ」

 そう言って吉武が取り出したのは、彼の父親のコートだった。モノクロモンがアグモンだった頃、アグモンを隠すのに良く使っていたコートだ。ゲートに吸い込まれた日も、早朝とはいえ万が一の事を考えてアグモンにかぶせて出かけ、ゲートに吸い込まれたとき一緒に吸い込まれたのだった。

「風邪を引かないように、ね」

 吉武は父親のコートを着てみた。さすがに大人用のコートは小学生の吉武には大きく、袖は大分余っており、コートの裾は完全に地面についている。再び、吉武達は西へ向かって歩き出した。

 

 

 

 


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 最初は涼しくなったといって意気揚揚としていたモノクロモンも、20分ほど歩き始めると不満を漏らしはじめた。それもその筈、雪は思ったよりも深く積もっており、非常に歩きにくかった。その上、恐竜型デジモンであるモノクロモンは冷たい気候は暑い太陽よりも苦手としていた。

「う〜寒い…」

 モノクロモンがこの言葉を呟くのは、既に20回を越えていた。

「ケンタルモンさん、どこかで休憩を取った方がいいんじゃ…」

 再び歩き始めてから吉武が始めて口を開いた。コートを着ているとはいえ、それ以外には防寒具といえる物をつけていないのだ。彼もこの寒さにはこたえているのだろう。

「ふむ…」

 ケンタルモンは歩きながら思案する。今日中に荒野を越える予定だったが、雪が降ったとなれば、今日中に越えられるかどうかは怪しくなってくる。無理をして今日中に超えたとしても、体を壊して今後の旅に支障をきたしてくるかもしれないし、かといってこの雪原でキャンプするのも危険だ。そう考えていると、耳に吉武の声が飛び込んで来た。

「ケンタルモンさん!足元!」

「む?」

 ケンタルモンは振り下ろそうとした前足の下に、薄紫色の体毛を持ったデジモンが雪に埋もれてうずくまっている事に気づいた。ケンタルモンは慌てて後退した。

「震えている…寒いのかな?」

 吉武がうずくまっているデジモンに近づく。デジモンは寒さのあまり震えているらしく、熱があるのか、顔が赤い。

「ガジモンか…まさかあのドリモゲモン達の集落の子供か?」

 ガジモンの前足に生えている鋭い爪には土がこびりついており、おそらくこの前足で穴を掘ったのだろう。

「熱があるよ!」

 ガジモンの額に手をあてて吉武が言う。

「彼等は地中生活が長いからな…おそらく急激な気温の変化に弱いのだろう。子供だからなおさら…」

 吉武はコートを脱ぐ。脱いだ途端くしゃみが出たが、吉武は構わずコートをガジモンの上にかける。

「吉武!大丈夫か?」

 モノクロモンは吉武の事を危惧する。

「平気!それよりもこの子を助けないと…」

「こう雪が積もっていては焚き火を起こす為の薪もあつめられんな…。集落のデジモン達が彼を探しているかもしれん!私はそれを探してみる!」

 ケンタルモンは雪に脚をとられながらも走り出す。ケンタルモンの姿がある程度遠ざかった時、
異変は起こった。突如、視界が白いノイズで埋め尽くされたのだ。再び、吹雪が吹き始めたのだ。それも10メートル先も見えなくなるほどの。

「チャンス到来!」

 突如、あらぬ方向から声が聞こえてきた。吉武達が今日の昼過ぎに聞いた声だった。

「アイスクルロッド!」

 突如、吹雪の中を巨大なツララが飛んできた。それを見た時、モノクロモンは声の主に気づいた。

「モジャモンか!?」

 モノクロモンは巨大な角を振り回してツララを打ち落とす。だが、さらに巨大ツララが次々と飛んでくる。

「うわわわ!?」

 モノクロモンは次々と飛んでくるツララに驚き、慌てて打ち落としていく。ツララを打ち落とすのに気を取られ、ツララとは違う、弧を描いて飛んできた骨骨ブーメランがモノクロモンの脇腹を打ち据える。雪のおかげで踏ん張る事が出来ず、モノクロモンは派手に横転する。吉武はモジャモンをはじめて見た時、何かに似ているという印象を受けた。その「何か」とは「雪男」である事に吉武は今気づいた。昼過ぎに戦ったときはまだ日が照っていたので、あのツララを投げる技はツララを生成するのに時間がかかるが、このような気候なら連続して使う事も可能だということか。おそらく、この吹雪の中でもモジャモンははっきりとこちらの姿を捉えることが出来るのだろう。

 吉武は自分のそばにいるガジモンの震えが強くなっている事に気がつく。見れば顔面蒼白のかなり危険な状態に陥っている。

「モノクロモン!!ガジモンが…!」

 吉武が叫ぶと、モノクロモンは吉武とガジモンの所まで歩いてきて、二人の上に覆い被さるように立った。吉武はモノクロモンが「おしくらまんじゅう」のように体を寄せ合う事で、少しでも体温が奪われる事を防ごうとしている事に気づき、自分もガジモンの上に覆い被さり、その上からコートをかける。

「アイスクル…ロッド!ロッド!ロッドォ!」

 モノクロモンは次々と飛んでくるツララを角で弾き、弾き飛ばせない軌道を描く骨骨ブーメランをその体で受け止め、倒れないように必死に踏ん張った。

 

 


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 ケンタルモンもすぐにモジャモンの襲撃には気づいていた。すぐに吉武達の所に戻ろうとし、四本の脚に力を込める。吹雪で吉武達の姿が見えなくても、どの方向にいるかは大体わかる。しかし、駆け出そうとした瞬間、力をこめ過ぎた四本の脚は雪で大きくスリップし、ケンタルモンは前につんのめる。さらにそこにモジャモンの骨骨ブーメランが直撃し、大きく弾き飛ばされ、頭から地面に叩きつけられてしまった。起き上がって兜のスリットに入り込んだ雪を掻きだすと、完全にどの方向に吉武達がいるのかはわからなくなっていた。

「…あいつは、この時を狙っていたというのか!?」

 おそらくは、ドリモゲモン達に攻撃される可能性が高いため、モジャモンはモノクロモンを追うの
を一度はあきらめたのだろう。しかし、この荒野に雪が降ったとき、彼は再びモノクロモンを狙い始めた。再び吹雪が起こる時を待って。

「この吹雪ではモジャモンもモノクロモンも何処にいるかわからん…それどころか、もし攻撃すればモノクロモンに当たりかねん…」

 実質、モノクロモンとモジャモンの一対一の戦いとなっていた。

 

 


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そのモノクロモン対モジャモンの戦いは、モジャモンの方に傾いていた。吉武達をかばう様に立ったモノクロモンはモジャモンの攻撃に耐え続けるだけの行動しか取れなかった。先に力尽きるのは時間の問題だ。業を煮やしたモノクロモンは、溶岩弾「ヴォルケーノストライク」の発射準備に入る。いつもよりも「タメ」を長くして、射程も威力も延ばす。しかし、当たる見込みがほとんど無いという事はモノクロモンもわかっていた。

「ヴォルケーノストライク…モノクロモン唯一の飛び道具…」

 モノクロモンの汗が滴る音を聞きながら吉武は呟く。

「でも、この吹雪じゃ相手を捕らえられない…。相手に火でも付いていれば当てやすいんだけど…」

 モノクロモンにヴォルケーノストライクを打たせまいと、再び骨骨ブーメランが飛来する。その時、吉武は閃いた。この状況から脱出する方法を。

「!?」

 吉武はガジモンを連れて、モノクロモンの腹の下から抜け出し、叫ぶ。

「モノクロモン伏せて!」

 モノクロモンは突然の事につい言われるままに伏せる。骨骨ブーメランはモノクロモンの頭上をかすめ、綺麗な弧を描いて戻っていく。それを見た時、モノクロモンは吉武の立てた作戦に気づいた。

「ヴォルケーノストライク!!」

 雪原スレスレに溶岩の塊が発射された。戻っていく骨骨ブーメランの軌道を追って。

 

 


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「な、なんだありゃぁっ!?」

 戻ってきた骨骨ブーメランをキャッチしたモジャモンは、海を割るように雪を溶かしながら目の前にせまる溶岩の塊に驚愕する。モジャモンは慌てて溶岩の塊を横に飛んで避ける。

「あ、危ねぇっ!!」

 自分の方向に飛んできて驚いたが、狙いが甘かったので簡単によける事ができた。モジャモンはすぐに骨骨ブーメランが戻る軌道を追って攻撃した事に気づいた。モジャモンはその程度ならば問題はないと考えた。一ヶ所にとどまるのでなく、常に動き回りながら攻撃すればブーメランの戻る軌道を読んで当てるのは難しくなり、その上で骨骨ブーメランの使用を控えればよい。何より相手の撃つ溶岩弾はノーコンだ。何も問題はない。

 しかし彼は気づいていなかった。既に一対一から二体一に戻っている事に。

「ハンティングキャノン!」

 吹雪にもかき消されない気合を込めた声が雪原に響いたとき、正確無比なエネルギー弾の狙撃がモジャモンを襲った。

「ギャアアアア!?」

 モジャモンの毛皮の表面でエネルギー弾は弾け、モジャモンは空高く打ち上げられ、派手に地面に叩き付けられる。

「ま、まさか、あの溶岩弾を目印にして狙撃したのか…?」

 激しく痛む体を必死に起こすと、目の前にはモノクロモンが立っていた。驚愕に目を見開き、モノクロモンを見ると、足元の雪が解けている事に気がついた。そこでモジャモンは、あの溶岩弾が地面の雪を溶かし、モジャモンに近づく為の道を作るために撃ったという事に気づいた。

「コレだけ近づけばはずさないぜ!」

 この至近距離ではヴォルケーノストライクはまず外れる事はない。接近戦を挑めばパワー負け
する。その上ケンタルモンの精密射撃のおまけ付きだ。

「く、くそ…」

 モジャモンは必死で対抗策を考える。吹雪は一向に止む気配を見せない。まだ勝機はあるはずだと考えていた。

 その時モジャモンの目がくらんだ。急に視界が明るくなったのだ。洞窟から外に出て太陽を見た時のように。目がなれるとモジャモンは絶望した。なんと一瞬にして吹雪が晴れたのだ。それどころか深く積もっていた雪も完全に無くなっている。モジャモンは、僅かばかりの勝機も完全に失った。

「く、クソォォォォォォッ!!あいつらの依頼なんか受けなけりゃ良かったぜぇぇぇぇ…」

 モジャモンは捨てゼリフを残し、脱兎の如く逃げ出して行く。

「まて!貴様やメカノリモン達にモノクロモンの捕獲を命じたのは何者だ!?」

 ケンタルモンがモジャモンを追いかけようとする。大分距離が離れてはいるが、ケンタルモンの脚をもってすれば追いつけない距離ではない。しかしその時、彼等の後ろから怒声が響いた。

「貴様等…!一度ならず二度までも…!」

 振り向いてみればいつの間にかリーダー格の者を含めた3匹のドリモゲモンがいる。全員、殺気だった表情をしている。今にも襲い掛かってきそうだ。しかしその時、ガジモンがコートを撥ね退けて、リーダー格のドリモゲモンに走っていって抱きついた。ドリモゲモン達は一瞬キョトンとしていたが、すぐに安堵の表情を浮かべ、リーダー格はガジモンを抱きしめた。

「良かった…凍え死んだんじゃないかって心配してたんだよ!」

 ドリモゲモン達の潤んだ目には、優しい光が灯っていた。吉武はあの殺気だった顔ではなく、こ
の表情が彼等の本当の姿なのだろうと感じた。よく見るとドリモゲモンの体毛は濡れぼそっており、吹雪の中をずっとガジモンを探してさまよっていたと言う事がわかった。リーダー格はガジモンを側におろすと、殺気立ってはいないが厳しい表情になった。後の二匹はそれに習った。

「…ガジモンを助けていただいて感謝しているが、我々はあなた方に礼を言う事はできない。援助もな。そして、出来れば明日中にはこの荒野を出て行ってもらいたい」

 リーダー格は以前と変わらない高圧的な口調で言葉を続ける。それを聞いてモノクロモンの怒りが爆発した。

「なんでだよ!?集落を守るのにそこまでする必要があるのか!?」

「…その通りだ、モノクロモン」

 ケンタルモンが答える。うつむいているので表情はわからない。

「そんな…」

 モノクロモンはケンタルモンに食って掛かろうとするが、その鼻先を吉武の手が抑えた。

「いいんだ、モノクロモン…」

 吉武は踵を返して走り去る。自分に言い聞かせるように呟きながら。それをモノクロモンが追って走り出す。最後に残ったケンタルモンは、ドリモゲモン達に一礼してから二人を追って走り去った。一連の出来事をガジモンはキョトンとして見つめていた。

「ごめんよ…」

 吉武達の姿が見えなくなってから、リーダー格は呟いた。

「そういえば…さっき姐御が厳しい表情になる前まではさ、あの人間の子供、なんか熱っぽい目で姐御を見ていたよな」

「あ、俺もそう思った。ひょっとしてあの子供、姐御に惚れたんじゃないの?」

 二匹のデジモンの言葉に、「姐御」は赤面して叫んだ。

「馬鹿言ってんじゃないよっ!!」

 

 


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 結局その日中には荒野を越えられず、荒野の真ん中で野宿する事になった。保存食の乾燥肉
などを食べながら、吉武はドリモゲモン達の事を考えた。例外を認めた場合、それが糸口になって一気にそれまで築き上げた物が崩れる事がある。だからこそあのような態度をとったのだ。しかしそうとわかってはいても、やるせない気持ちが吉武の中に湧いてきた。吉武はこの気持ちを振り払う為、別な事を考える事にした。

(…ドリル、かっこよかったなぁ)

 地面からドリルを使って飛び出してくるドリモゲモンを思い出したり、ドリルを使ったドリモゲモン
の活躍を想像したりして吉武は悦に浸った。

 

 

 

 

 

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「ネェ〜、聞いてますカァ〜?」

 ザッソーモンが大きく開いた洞窟の入り口に向かって言う。洞窟の奥からは、大きなイビキが三重になって聞こえてくる。

「ダカラァ〜、貴方も依頼された身なんですから、あのモノクロモンを捕まえるのを手伝ってくださいヨォ〜。奴には強いデジモンが同行していて、その上奴本人も最近メキメキ力を付けているんですヨォ〜」

 セリフの後半は泣きそうな声になっていた。演技ではない。ザッソーモンは自分達だけではもはや相手に出来ないと判断したのだ。と言うよりも、自分が利用するのがメカノリモンでは無理だと判断したのだった。

 洞窟の中から大きなイビキと共に大きな物が動く音がし、入り口に向かって小石が跳ねた。かなり大きなサイズのデジモンが寝返りをうったのだろう。

「ケッ、こんな鈍そうな奴があのケンタルモンに勝てるかどうかなんて、怪しいもんだぜ!」

 ザッソーモンの側に立っていたメカノリモンが言った。次の瞬間、イビキが止み、洞窟の中から何か大きな物が立ち上がる音が聞こえた。驚いてザッソーモンとメカノリモンが洞窟の中を覗き込むと、洞窟の中には、3対の目が憎しみの色に光っていた。


 

 

 

 


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