ルーチェモン。それはデジタルワールドにおいて四聖獣の伝説と並んで最も有名な十闘士の
伝説にその名は登場する。その姿はデジモンの中でも最も特異な姿…人間にあまりにも近か
ったという。そのルーチェモンの姿の中でも、唯一人間とは異なる点があった。背中に12枚の
白い翼を持つという点が。そう、ルーチェモンとは天使そのものの姿をしたデジモンなのだ。

「異質なる者」ルーチェモンははるか古代、大規模な戦乱の中にあったデジタルワールドに現
れ、争いを平定し王になった。ルーチェモンが何をもって争いを平定し、王になったかは定かで
はない。しかし伝説によればその後数百年間はルーチェモンという王のもと、平和な時代が続
いたという。

そう、ルーチェモンが恐怖支配を始めるまでの数百年間までは。ルーチェモンの心変わりの理
由は伝説には記されていない。伝説にはルーチェモンは成長期でありながら究極体を上回る
強大な力を秘めており、一人で一国の軍隊をも壊滅させる力を持っていたという。だがデジモ
ン達はルーチェモンの強大な力にも屈せず、やがてデジモン達の中から「十闘士」と呼ばれる
強大な力を持った十の究極体達が現れ、死闘の末自らの命と引き換えにルーチェモンを封印
した。

戦いの中でルーチェモンは完全体や究極体に進化したとも、十闘士の肉体は「スピリット」と呼
ばれる20のオブジェとなってデジタルワールド中に散らばったとも伝えられている。その後、
「三大天使」と呼ばれる存在がデジタルワールドを統治したと伝えられるが、現在のデジタルワ
ールドは統一されているとは言い難く、集落や町単位のごく小規模な自治や、無数の小国によ
ってこの世界は形成されているのが実状でそれどころか誰もこの世界がどこまで広がっている
のかすら知らないと言うのが現状だ。

この世界ではこの伝説の真偽を多くの学者達が研究し、それどころか「スピリット」や伝説どお
りならばどこかに封印されているであろうルーチェモンを探そうとする輩も時には存在する。
「七大魔王」の中にルーチェモンの名も数えられ、セラフィモン種、オファニモン種、ケルビモン
種の三つを合わせた物を、多くのデジモンが「三大天使」と呼んでいることから、十闘士の伝説
はデジモン達にとってはとてもポピュラーだと言う事がわかる。


第15章 堕天使の幻影―revive the regend


吉武達がデジタルワールドに来てから27日目…


吉武達は森の中を通る街道の脇にいた。今は食事の後の休憩時間だ。

「ヨシタケ、なに読んでんだ?」

「これ?ケンタルモンさんから渡してもらった荷物の中にあったんだ」

吉武は本の表紙をマメティラモンに見せる。分厚いハードカバーの表紙には天使のようなデジ
モンが描かれており、それを取り囲むように十体のデジモンが小さく描かれていた。

「どんな内容なんだ?」

吉武は今読んでいるページをマメティラモンに見せる。びっしりとひしめき合っている文字がマ
メティラモンの目に飛び込んで来た。

「うへぇ、俺にはあいそうにないな」

「デジタルワールドでよく知られている伝説を物語にした本なんだ。結構面白いよ」

いえ、けっこうです。と言った身振りをしてマメティラモンは草の上に寝転がる。吉武は再び本
のページに目を落とす。本は全てデジ文字で書かれているが、特に苦もなく本を読み勧める。
吉武が読んでいるのはルーチェモンとの戦いの最終局面、十闘士エンシェントトロイアモンが
巨大大砲に変形し、それを他の十闘士たちが9人がかりで構えてルーチェモンに向けて発射し
たシーンだった。吉武がページをめくると、直撃をうけて瀕死の重傷を負ったルーチェモンが自
身満々に『第二形態』を披露する所だった。読んでいるうちに吉武は物語に熱中していく。

「おいおい、そんなに熱中していると盗賊が来ても物を盗んでいっても気付かないかもしれない
ぜ?」

マメティラモンは熱中している吉武を茶化すようにいう。

「盗賊!?」

『第三形態』となったルーチェモンの攻撃を十闘士全員の超合体必殺技で相殺したシーンを読
んでいた吉武はマメティラモンの言葉で我に帰る。森の入り口に『盗難事件多発。盗賊に御注
意』という看板が合ったのを思い出して急に不安になり、慌てて荷物を確認し始める。

「オイオイ、何もそんなに慌てなくても…」

「ないっ!?」

「え」

吉武の叫び声を聞いて固まる。

「ケンタルモンさんから貰った財布が入ってないよ!?」

「げげっ!?吉武、昨日パイルドラモンにさらわれた時に
落としたんじゃないのか!?」

「そんなハズは無いよ!朝荷物を確かめたときには確かにあったんだ!どこかに落としたかも
…」

そう言って吉武とモノクロモンは辺りを見渡す。すると、茂みの中で大きな袋がチラっと見えた。

「てめぇ!盗賊だなっ!」

マメティラモンは怒って茂みの中でガサゴソと動く袋に飛びかかる。

「うわぁっ!?」

「捕まえたぜ!お前が盗賊だろう!?」

マメティラモンが袋の持ち主を茂みから引きずりだす。

「「ああ!?人間!?」」

袋の持ち主は半裸の少年だった。浅黒い肌と炎のように赤いボサボサの髪が野性的な印象を
見るものに与えていた。

「誰が人間だよ!俺の名はフレイモン!れっきとしたデジモンだ!」

「え?」

そう言われてみると、少年の頭には短い角が二本生えており、尻尾もあり、足首は獣のような
形だった。

「なんだ、人間じゃないのか…」

「何だそのリアクションは!失礼だぞ…ん?そこの弱そうな奴、ひょっとして人間か?」

フレイモンは意気消沈している吉武が人間だと言う事にやっと気付く。

「もちろん!ヨシタケは人間だぜ!」

吉武に代わってマメティラモンが答える。それを聞いたフレイモンの表情が明るくなり、喜々とし
て吉武に近寄る。

「ちょうど良かった!人間、俺はお前を探していたんだ!」

「探してた?僕達を?」

「ああ!お前らの事は結構噂になってるんだぜ?」

吉武達の事が噂になっているのは事実だった。多くの旅人が訪れる荒野の宿場町でワルシー
ドラモンやパイルドラモンと大立ち回りを演じた為に多くの旅人に目撃され、僅か一日の内に
噂は広まったのだった。

「ああ、すぐに出会えてよかった!これから俺がやる事には、どうしても人間の強力が必要な
んだ!手伝ってくれるよな?」

「ちょっと待った!盗賊の頼みになんか聞けるかよ!」

吉武とフレイモンの間にマメティラモンが割ってはいる。

「なんだよ、俺は盗賊なんかじゃねぇぞ!だいたい俺はこいつに話を持ちかけてるんだ。お前
なんかお呼びじゃねぇよ!」

「なんだとぉ!?」

「待ってよ二人とも!」

今度はマメティラモンとフレイモンの間に吉武が割ってはいる。

「盗賊じゃないんなら話を聞いてもいいんじゃないのかな、マメティラモン」

吉武がなだめると、マメティラモンは面白くも無さそうに振り上げた拳を下ろす。

「さすがに人間は話がわかるぜ!それじゃあ話の続きだけど…」

「あと、その『人間』って呼び方止めてくれない?僕には澤田吉武って名前があるんだけれど
…」

「そんな事よりも話の続き続き!」

早く話を勧めたくしょうがないといった様子のフレイモンを見て、吉武は自分の呼び方を改めて
貰う事を諦めてため息をつく。相変わらずマメティラモンは面白くなさそうな顔をしている。

「実はさ、俺はこの森に出没するっていう盗賊から盗まれた物を取り返して旅人達に返してあ
げようと思ってるんだ」

「それはいい事だと思うけど…君みたいな子供一人で大丈夫?」

吉武は心配そうな顔をする。フレイモンが見かけどおりの年齢だとしたら、吉武とそう歳は変わ
らないはずだ。

「子供あつかいすんなよ!そりゃぁ俺はまだ成長期だけど…」

「子供じゃねぇか」

マメティラモンが口を挟む。

「黙れって!話の続きだけど、盗賊の正体はこの森に住むアルケニモンってデジモンだ。夜な
夜な妙な呪文を唱えている薄気味悪いやつさ。直接奴の住みかに乗り込んで盗品を取り返し
たいんだけど、奴は完全体だからな。さすがの俺も一人じゃきついんだ」

「…あのさ、フレイモン。人間はデジモンみたいに強いわけじゃないんだよ?」

「それくらい俺も知ってるって!実はさ、奴はルーチェモンの熱狂的信者なんだ」

「ルーチェモンの?」

吉武はルーチェモンの事はさっきまで十闘士伝説を題材にした本を読んでいたくらいだから知
っているが、フレイモンの言葉の意味する所が分からずにキョトンする。マメティラモンも右に同
じだ。

「わっかんないかなぁ?ルーチェモンは伝説によれば人間そっくりなんだぜ?」

フレイモンはヤレヤレといったジェスチャーをして言う。数秒間考えたあと、吉武は一つの答え
にたどり着いた。

「それって、僕がルーチェモンの格好をしてアルケニモンを騙すって事?」

「御名答!この袋の中身は変装の為の道具さ!」

フレイモンは自分が持ってきた大きな袋の中から幾つかの道具をとりだした。

「ヨシタケ、どうすんだよ。こいつに付き合うのか?」

「うーん…いいよ、アルケニモンから盗品を取り返すのを手伝ってあげる」

「よし、そう来なくっちゃ!」「ええっ!?」

フレイモンは歓喜の声を、マメティラモンは素っ頓狂な声をあげた。

「ヨシタケ、何でこんな奴に…」

「マメティラモン、僕達は今までに色々なデジモンさん達に助けてもらってきたよね?だから、僕
達に助けを求めてきたデジモンがいたなら、助けてあげなきゃいけないと思うんだ」

マメティラモンに対して諭すように吉武は言う。マメティラモンはしばし口ごもったようだが、納得
したようだ。

「話もついた所で、早速変装といきますか!」

こうして、吉武のメイクアップが始まった。

「これは?」
吉武は高級そうな薄い布地を指差して言う。
「ルーチェモンの衣装さ」

「これは?」
吉武は缶スプレーを指差して言う。
「ルーチェモンは金髪だったらしいから、髪を染める為のヘアースプレー。一部のデジモンだけ
が使っているぜいたく品さ」

「これは?」
吉武は青いチューブを指差して言う。
「高級青絵の具。ルーチェモンのタトゥーを再現する為にね」

「これは?」
吉武は大小様々な白い羽根を指差して言う。
「天使系デジモンの羽の模造品。元々は金持ちのデジモンが自宅に飾ったりする為の奴だよ。
12枚集めるのは大変だったぜ」

「これは?」
吉武はどう見てもガムテープのような物を指差して言う。
「強力両面テープ。羽を背中に張るためにね。マシーン型デジモンの応急処置用だから結構値
が張るぜ」

「ねぇ、なんだか僕の体が高級品の固まりに
なってるような気がするんだけど…」

「うっ動くなっ!羽がずれるっ!」

(あーあ、何やってんだか…)

不器用なので変装を手伝えないマメティラモンはぼんやりと二人を見ていた。そのときふとフレ
イモンが変装用具を出した袋を見ると、アレだけの道具を出したのにまだ袋が大きく膨らんで
いる。少し疑問に思い、袋の中をのぞこうとすると、フレイモンの声が聞こえてきた。

「出来たっ!俺って完璧!」

マメティラモンが振り向くと、そこには背中に十二枚の羽を生やし、白い衣をまとい、胸には青
い模様が刻まれた金髪の天使がいた。天使、ルーチェモン(の格好をした吉武)はフレイモン
が取り出した鏡に写した自分の姿を見て、少し恥ずかしそうな顔をしている。

「これならアルケニモンも騙しとおせる!人間がルーチェモンらしく振舞えばな!」

「ルーチェモンらしく、かぁ…」

@@@@@@@@@@@@@@@

森の奥に、無数の呪術トラップに囲まれた家があった。その家の主であるアルケニモンは、蜘
蛛のような下半身を持つデジモンだった。上半身は細身で手が長く、その顔は赤い布のマスク
に覆われ、髪の隙間からは二本の角が生えていた。彼女は今、とても不機嫌だった。気持ちよ
く眠っていた所を呼び鈴で乱暴に起こされたのだから。

「もぉ〜なによぉ〜こんな朝っぱらから…」

『こんな朝っぱら』と言っても、時刻は既に2時を回っている。呼び鈴の音を聞いてアルケニモン
はベッドから這いずり出て、乱れた髪や服も直さずに玄関に向かう。

「呼び鈴に気付かずにドアに近づいてトラップに引っかかってくれれば楽なのに…」

呼び鈴は家をぐるりと囲んでいるトラップ地帯の外側に設置にされている。過去に来た数少な
い訪問者が皆ドアをノックしようとしてトラップの餌食になったから接地した物だが、前日に特に
念を入れた『ルーチェモン復活の祈り』を行なっていた為寝るのが遅くなった本日の彼女にとっ
ては訪問者は鬱陶しい存在にしか過ぎなかった。

「何か用〜?たいした用事じゃ無かったら怒るわよ〜」

けだるい眠り眼のままドアを開ける。次の瞬間、アルケニモンの意識が一瞬にして覚醒した。

「やあ」

呼び鈴の前には十二枚の翼を持つ天使が微笑みながら立っていた。

「…キャアアア!?」

しばらくの間を置いて後、アルケニモンは裂けた口から悲鳴をあげてドアを閉じた。

「ど、どどどどうしましょう!?私ったらルーチェモン様をこんなはしたない格好で出迎えてしま
って!」

アルケニモンは恥ずかしさのあまりに青白い顔を自らの服にも負けないくらい真っ赤にする。

「ととととととにかく、少しでも身なりを整えてルーチェモン様をお迎えせねば!」

アルケニモンはすぐさま浴場へ向かってシャワーを浴び、この日の為に用意した勝負下着を
着、最高級の布質の服を着、新品のマスクを顔に巻いた。そして夢ではないようにと願いなが
ら玄関に向かう。

「ルーチェモン様――――っ!」

「やあ、アルケニモン」

呼び鈴の前では相変わらず天使が微笑みを絶やさずに待っていた。しかしアルケニモンは自
分が引っ込んでる間彼が冷や汗を大量に流して待っていた事を知らない。

「ルーチェモン様、あんなはしたない格好で出迎え、それどころかルーチェモン様を10分も待
たせた私を微笑んで出迎えてくれるとは…」

アルケニモンは嬉しさのあまり涙をにじませる。

「いまトラップを解除しますので、よろしければ私の家におあがりください!」

「ああ、そうさせて貰うよ」

アルケニモンがトラップ解除のスイッチを入れると、ルーチェモン…吉武は家の中に歩いてい
く。

「上手く行ったな。あいつ、嬉しさのあまりスイッチをもう一度入れるの忘れやがったぜ!」

影に隠れて見ていたフレイモンが笑いながら言う。

「さ、人間があいつの気を引いている内に忍び込むか!」

「早めにすますぞ!」

フレイモンとマメティラモンは屋敷の窓から中に侵入していった。

@@@@@@@@@@@@@@@

「ルーチェモン様が復活なされたのはやはり、私が毎日祈りを捧げていたからですね?」

「ああ、そうさ。アルケニモンのおかげで僕は復活する事が出来た。これでこのデジタルワール
ドを再び僕の支配下に置く事が出来る」

テーブルにアルケニモンと吉武が向かい合って座っている。吉武がさっき読んでいた十闘士の
伝説を題材にした小説ではルーチェモンは高慢な者として描かれていたので、吉武はそれを
演じていた。表面では汗一つかかないように勤めてはいるが、実際のところ吉武の心中は汗
だくであった。

「ああ、私などの凡庸な取るに足らないデジモンがルーチェモン様の復活に携われるとは…身
に余る光栄です!」

「そうかしこまらなくてもいいよ。今日は僕を復活させてくれた素敵なレディーにお礼をいいに来
ただけだからね」

そう言って吉武はアルケニモンにウインクする。それを見てアルケニモンはのけぞって卒倒し
そうになったが、ルーチェモン様の前ではしたない姿は見せられないと気力で体勢を持ち直
す。そしてルーチェモン様の姿を目に焼き付けようと彼を凝視する。その時、一つの異変に気
付いた。ルーチェモンの手足についていると言う神聖系デジモンの証、「ホーリーリング」がな
いのだ。

「ルーチェモン様、ホーリーリングは?」

アルケニモンはルーチェモンが一瞬みじろぎをした様な気がしたが、偉大なるルーチェモン様
がそんな事をする筈がないと思い、見間違いだと信じ込んだ。

「あ、ああ、実は十闘士の封印が強くてまだ完全には復活できていなくてね…。力もほとんど無
い状態なんだ…」

吉武は目を閉じて思い悩むような悩ましい仕草でアルケニモンをごまかそうとする。

「ハウッ!」

アルケニモンにはそれがとても妖艶な仕草に見えたらしく、声をあげてのけぞっいた。予想以
上の効果に吉武は目を丸くする。

「あ、あああ!私ったらルーチェモン様の前で『ハウッ』なんてはしたない声を…!」

アルケニモンは恥ずかしさのあまり顔を抑えて身を捩る。

「いいよ、僕はそんな事は気にしない」

吉武はさわやかな笑顔をアルケニモンに見せる。

「ああ!そんな笑顔を向けられると私はもう…!」

胸を抑えながらアルケニモンは身を捩る。その呼吸はかなり荒く、そして熱っぽかった。

「お、お口にあうかどうかは分かりませんが、お食事を用意させていただきます!」

「あ、待っ…」

アルケニモンは恥ずかしさのあまりその場にいられなくなり、食料類などが保存されている地
下室まで走っていった。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

「…見つかんねぇなぁ」

マメティラモンは棚の中を見ながら言う。アルケニモンの屋敷の地下室に侵入したのはいい
が、棚の中にあるのは不気味なオブジェやら妖しげな形状の食器、おどろおどろしい表紙の本
ばかりだった。別な棚の中を見てみるが、そこには気持ち悪い色や形の薬草らしき物がぎっし
りとつまっているだけだった。

「これが全部盗品だとしたら一体何処からこんなもん盗んできたんだ…?」

ふとフレイモンの方を見ると、フレイモンが不気味な装飾の
施されたクローゼットを開ける所だった。

「全部同じ服…高級そうなのは無いな…」

フレイモンは残念そうな声をあげ、クローゼットを閉める。

「ん?」

マメティラモンはフレイモンの行動が可笑しい事に気付く。フレイモンはさっきから棚の中などを
あさっているだけで、その中味を取って袋に入れたりはしていない。盗品を取り戻しに来たのな
ら、棚の中味を袋に入れるくらいの事はしてもいいはずだが。

「こちらはどうかな?」

フレイモンはクローゼットの下についている引き出しを開ける。中には色とりどりの布切れがた
くさん入っていた。

「なんだこりゃ?」

フレイモンは布切れの一枚を摘み上げる。それは丸い布切れを二つ横に繋げて両端に帯のよ
うな物を付けた様な形をしている。

「なんだろう、これ…」

布切れは黒い薄いレースで出来ており、向こう側が透けて見えた。引き出しの中をのぞいてみ
ると、中に入っているのは素材や色が違うが全て同じ形の物だった。

「本当になんだこりゃ…?」

「おい!足音が聞こえるぞ!」

フレイモンも階段を駆け下りてくるような足音がしている事に気付いた。

「待っててくださいま〜せ〜♪ルーチェモンさ…」

逃げる間も無くドアが開き、アルケニモンが入ってくる。そしてアルケニモンはドアを開けた体
勢のまま固まった。無理も無い。地下室にいつの間にか泥棒が入っており、しかも泥棒の片割
れが自分の下着をつまみ上げているのだ。

「おんどらぁぁぁぁ!何しとんじゃぁぁぁぁぁ!?」

暫しの間をおいて、森全体を揺るがすアルケニモンの怒声が響き渡る。

「ヒィィィィィィ!?おい、お前!出番だ!早くっ!」

フレイモンがいまいち気にいらないマメティラモンを連れて潜入したのはこのときの為だった。
目的を果たすのなら吉武とフレイモンで十分だが、万が一の時、完全体のアルケニモンを倒す
為に同じ完全体のマメティラモンをつれて来たのだ。

「お、おう!」

マメティラモンはフレイモンに命令されるのは気に食わなかったが、激怒したアルケニモンを見
て命の危険すら感じていたので文句一つ言わずにアルケニモンに飛び掛ろうとする。その時、
アルケニモンの声の振動でフレイモンの袋から何かが落ちた。

それは、吉武達がケンタルモンから貰った財布だった。

「「あっ」」

マメティラモンの足が止まった。それが命取りになった。

「プレシデーションスパイダーッ!」

アルケニモンの手の甲にはめ込まれた宝石から無数の蜘蛛の糸が伸び、部屋の中に糸を張
り巡らしていく。

「うわっ!?」「は、早い!?」

糸の発射される速度はかなり速く、マメティラモンが避ける間もなく部屋は蜘蛛の巣で覆われ
る。そして、二人はぐるぐる巻きになって蜘蛛の巣に張り付いていた。

「さあて、どう料理しようかねぇ…」

アルケニモンはフレイモンににじり寄る。

「く、くるなぁ!」

フレイモンは蜘蛛の糸から逃れようとしてもがく。

「そういえば…人間に近い姿のデジモンを食べると美容にいいって聞いたね…」

アルケニモンは長い舌でフレイモンの頬をなめる。フレイモンは思わず身震いした。

「お前はかなり人間に近い姿をしているからねぇ…大鍋で肉が解けるまで煮込んでシチューに
…それともミキサーにかけて血肉のジュースに…いや、裸にひんむいて切り刻んで生け作りも
いいかもしれないねぇ…」

アルケニモンは長い舌の先端でフレイモンの胸をチロチロと舐めながら言う。フレイモンは恐
怖でガタガタ震えながらマメティラモンに救いを求めるような視線を送った。しかしマメティラモ
ンの目からは『知った事か。自分で何とかしやがれ』と言う視線が帰ってきた。

フレイモンが絶望に打ちひしがれたその時、救いの手が差し伸べられた。

「子供をいじめるのはいけないぁ、アルケニモン」

そう言って現れたのは吉武扮するルーチェモン。アルケニモンはフレイモンから離れて跪き、マ
メティラモンは『ヨシタケ!』と言いかけ、フレイモンは吉武の意外な行動に目を丸くする。

「ル、ルーチェモン様!あれはちょっとこの盗人を脅かしてやろうと思ってやったことでして…」

アルケニモンは顔を赤くして言い訳をする。マメティラモンは足の指で床に落ちている財布を指
差し、フレイモンは吉武に不安そうな視線を送る。吉武は『大丈夫!』と言う代わりにアルケニ
モンを悩殺したウインクを二人に送る。

「アルケニモン、君は今この世界では僕と対等に近い立場にあるんだ。他の誰よりも、ね」

「ううっ、私などには勿体無いお言葉…!」

アルケニモンは自分が憧れのルーチェモン様と対等に近い立場にあると言われ号泣する。

「その君がこーんな小物、しかも子供にムキになるなんて、ダ、メ、じゃ、な、い、か☆」

吉武はフレイモンを指差したあと、チッチッチと指をふりながら言う。フレイモンがムッとした顔
をし、アルケニモンが卒倒しかけ、マメティラモンが笑いをこらえる。

「それに…このフレイモンを鍛えて僕の部下に加えるのも面白そうだしね」

吉武は冷笑する。その笑顔は裏に冷たい悪意を隠した者が時折見せる微笑み(デビルスマイ
ルとでも言えばいいのだろうか?)にそっくりだった。マメティラモンはさっきまで吉武の演技を
見て普段のとのギャップに笑いを必死でこらえていたが、今のデビルスマイルを見て本当に吉
武かと疑いたくなってきた。

「フレイモンは十闘士の一人『エンシェントグレイモン』の因子を僅かだが内包すると言われる
種族でね…そんなデジモンが僕の部下となるんだ…面白いと思わないかい?アルケニモン」

吉武はデビルスマイルを崩さずにフレイモンの頬を撫でながら言う。フレイモンの中に『こい
つ、本当はルーチェモンなんじゃねぇのか?』と言う疑問が浮かび上がり始めた。

「はっはい!素晴らしいです!」

自分の名前を呼ばれ、卒倒寸前だったアルケニモンは我に帰る。

「せっかくだからこの見たことの無いデジモンも貰っていこうか…」

吉武はマメティラモンの方を見る。

「これから僕は世界支配の為の下準備を始める。とは言っても力を取り戻すだけも100年くら
いかかりそうだけどね。だからそれまでの間、僕が復活したって事は秘密にしておいてほしい
んだ。下準備を邪魔されたくないからね。よろしく頼むよ、アルケニモン☆」

「ハ…はひ♪」

吉武の『デビルスマイル+さわやかスマイル+ウインク』のコンボを食らって、アルケニモンは
これ異常ないほど幸せそうな顔をして気絶する。

@@@@@@@@@@@@@@@@

数十分後、吉武達は森の外にある小川の辺りにいた。

「結局、寄り道にしかならなかったな…」

フレイモンが盗んできた盗品のつまった袋を担いだマメティラモンがため息をつく。いつもの格
好に着替えた吉武は川の水でヘアースプレーを落としている。フレイモンは借りてきた子猫の
ように大人しくしていた。アルケニモンの屋敷を出てからずっとこの調子だ。

「なあ、人間。何で俺を助けたんだ?」

「君に協力した時と同じだよ。僕が今までに出会ったデジモンさん達だったら、君を助けるだろ
うと思って…」

吉武は髪を拭きながらフレイモンの問いに答える。ルーチェモンに扮していたときは違う、いつ
もの子供らしい笑顔でそういった。

「おーいヨシタケ、こいつが盗んだ品物どうする?」

「ここに置いていくわけには行かないからね…お財布はもう返してもらったし、街道の休憩所ま
でもっていこうか…」

頭を拭いた吉武はタオルをリュックにしまいながら言う。

「じゃ、日没まではまだ時間があるし、もう少し歩こうか」

吉武はリュックを、マメティラモンは盗品の入った袋を担いで立ち上がる。少しでも早く目的地
に着くために。

「さよなら、フレイモン」

「もう盗みなんてすんなよ!」

そうとだけ言って二人はフレイモンに背をむけ、その場を去ろうとする。

「待てよ!吉武、マメティラモン!」

フレイモンに初めて名前を呼ばれ、二人は驚いて振り返る。

「俺を…忘れているぞ!俺を部下にするって言ってただろ!?」

そういった後フレイモンは土下座する。

「俺を鍛えてやるって言っただろう!嘘をつくなよ!」

ポーズと言葉がちぐはぐだが、その声は必死だった。

「どうする、ヨシタケ?」

「嘘つきにはされたくないしね…それに…」

「言わなくてもわかってるって」

吉武とマメティラモンは微笑みながら言った。

「じゃあ…!」

「行こう、マメティラモン、フレイモン!」

吉武はそう言って歩き出す。それに二人が続いていく。

「それにしても、アルケニモンさんには悪い事したなぁ…。あのまま騙し続けるのも悪い気がす
るから、謝ってから行こうか…」

吉武がしばらく歩いてから呟く。するとマメティラモンとフレイモンが声をそろえて言った。

「「冗談!あいつ怒らせると恐いから絶対に止めてくれぇ!!」」


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