「ここが、ハーディックシティ…」

吉武達はレンガで作られた巨大な門の前に立っていた。門にはデジ文字で『ハーディックシティ
へようこそ!』と書かれていた。門の向こうにはレンガ造りの町並みが続いている。

「俺達が今まで見てきた町の中でも一番の大きさだな…」

マメティラモンが呟く。ハーディックシティは吉武達が今までに見てきたデジモン達の集落の中
でも最大の規模だった。建物も今までに見てきた集落ではほとんどが木造の粗末な建物だっ
たが、この町では視界に入るのはレンガ造りの建物ばかりだった。

「いくか?ヨシタケ。それにフレイモン」

マメティラモンが言う。それに無言で二人が頷く。そして、まず最初に吉武が門をくぐった。


第19章 赤薔薇の嵐―I am beautihul!―


「さて、まずはどうするんだ?」

「元の世界を帰る方法を探すにしても、ナイトモンさん達を探すにしても、その前にこの町の地
図がいると思うんだ」

「地図?」

フレイモンが不思議そうに言った。

「うん。これだけ広いと迷って出られなくなりそうだからね」

「確かに…」

どこまでも続く広い大通りの向こう側を見てフレイモンが言った。今は早朝だから人気がない
が、もう一、二時間もすれば歩行者天国になるだろう。そうなる前に地図を手に入れたほうが
よさそうだ。

「でも、こんな朝速くから開いている店なんかあんのか?」

こんな朝早く。その言葉を聞いて吉武とマメティラモンは自分達がこの世界に来た時の事を思
い出す。ちょうど一ヶ月前、吉武はまだアグモンだった頃のマメティラモンを人気のない早朝の
内に散歩させようとして公園に行った。そこで突然現れたメカノリモンと戦い、そしてメカノリモン
が出てきた穴に吸い込まれてこの世界に…。

「「あっ!?」」

そこまで考えたとき、二人はある事に気付いた。

「ヨシタケ!もしかしたら…」

「なんでこんな事に気付かなかったんだろう…。メカノリモンはあの時デジタルワールドと僕達
の世界を行き来していたんだ!だから…」

一瞬の間を置いて吉武が言う。

「多分、いやきっと、メカノリモン達を送り込んできたデジモンは…僕達の世界とデジタルワール
ドを繋ぐ装置を持っている!」

「ああ!きっとそうだ!」

元に世界に帰る方法が見つかり、二人の表情は明るくなる。しかしそこへフレイモンが口をは
さんだ。

「なぁ、帰る方法が見つかったのはいいんだけどよ、その前に地図を探すんだろ?でもこんな
朝早くにあいている店なんかあるのかって俺は言いたいんだが…」

フレイモンの言葉で我に帰った二人は辺りを見回す。早朝だからか、通行人どころか開いてい
る店すらなかった。

「…だ、大丈夫だよ。これだけ大きい町なんだから起きている人くらいきっといるよ!」

その言葉どおり、十数分歩くと開店準備をしているデジモンを見つけた。果物のキウイフルー
ツに鳥の足と頭をつけたような姿のデジモン、キウイモンだ。

「すみません、この町の地図を探しているんですが…」

吉武は柄の短い箒を口に加えて店の前を掃除しているキウイモンに話し掛けた。

「ああ、それなら役所にいけば売っているよ」

「できれば役所がどこにあるのか教えて欲しいのですが…」

「ああ、それなら地図を書いてあげるよ…ん?」

キウイモンが不意に目を細め、ジロジロと品定めでもするように吉武とマメティラモンを交互に
見る。

「なんだよ、感じわるいなぁ…」

ボソッと呟いたフレイモンをたしなめるようにマメティラモンがフレイモンの足を叩いた。

「人間…それと見たことも無いデジモン…まさか…!」

急にキウイモンの顔色が悪くなっていく。まるで恐ろしい物でも見ているかのように。

「どうかされたんですか…?」

「よ、よるなぁっ!!」

キウイモンは心配して近寄った吉武を蹴り飛ばす。そのままなら強かに地面に背中をぶつける
と所だったが、フレイモンが受け止めてくれた。

「てめぇ、なにす…」

「みんな――――っ!『災厄』だ――――っ!災厄が出たぞ――――っ!」

食って掛かろうとしたマメティラモンの声を遮り、キウイモンが大声で叫ぶ。

「『災厄』…!?」

吉武はキウイモンの言葉に耳を疑った。

「なんでこいつがメカノリモン達と同じ事を…?」

吉武達が戸惑っている間に次々とデジモン達が集まってきた。どのデジモンも明かに吉武とマ
メティラモンに敵意を向けている。

「ちょ、ちょっと待ってください!災厄って一体なんですか!?」

「とぼけるな!お前らが砂漠の集落で大雨を振らせて洪水を起こしたってのは知っているん
だ!」

デジモン達の一匹がそう言った時、吉武とマメティラモンは言葉を詰まらせた。吉武とマメティラ
モンが砂漠の集落に泊まった晩、集落に大雨が振った。また、それ以前にも吉武達が荒野を
歩いている時に大雪が振ったり、山の中で出会ったシーラモンは突然海の水が逆流して内陸
の川まで流されたと言った。シーラモンが流された日は吉武達がこの世界に来た日と同じ日だ
った。

吉武達は信じたくなかったが、これらの現象は全てマメティラモンが引き起こしているのかもし
れないと思っていた。そして今、彼らの目の前で起こっている事態は彼らがもっとも恐れている
事だった。デジモン達に大雨や洪水などの現象がマメティラモンが原因で起こっているかもし
れないと知れる事が。

「この町も砂漠の集落みたいに雨を降らせて洪水で跡形もなく押し流す気なのか!?」

「旅人のふりをして油断させようなんて、なんて汚い奴だっ!」

集まっているデジモン達が吉武達に向かって石を投げる。3人は思わず後ずさるが、石の一つ
が吉武の頭に当たる。思わず吉武は頭を抱えてうずくまった。

「ヨシタケ!てめぇら…今投げたのはどいつだっ!?」

マメティラモンがデジモン達に突進しようとするが、吉武は無言でマメティラモンの肩を掴んで制
止する。その目には涙が滲んでいた。

「…」

「フレイモン!戦っちゃ駄目だ」

無言で前に進み出たフレイモンを止めようと吉武が叫ぶ。しかしフレイモンは前に進み出ると
両手を広げて叫んだ。

「おい!お前ら!落ち着いてよく考えろ!」

フレイモンが叫ぶと、デジモン達は投石や罵声を止め、不思議そうにフレイモンを見る。

「おい、なんだあのデジモンは?」

「噂じゃ砂漠の集落を壊滅させたのは人間と見たこともないデジモンの二人組みだったはずだ
が…」

デジモン達はまるで芝居に場違いな登場人物が出てきたような目で不思議そうにフレイモンを
見る。

「よーく考えろよ?人間ってのは俺達デジモンよりもずっとひ弱な生き物なんだぜ?人間にそん
な力があると思うか?それにこっちのデジモンだってそうだ。いくら見た事がないとはいったっ
て、こんな小さな体に集落を一つ全滅させるような事が出来るわけないだろう?」

フレイモンの言葉を聞いて、デジモンはザワザワとどよめき、ひっきりなしにヒソヒソと相談する
声が聞こえてきた。それを見てフレイモンは吉武達の方へ振り向き、「してやったり」という表情
でピースサインを作る。

「よーく考えたら分かったぞ!」

集団の中から一匹のデジモンが進み出る。でっぷりと太った黒い体毛の獣人型デジモン、ブラ
ックガルゴモンだ。

「な、分かっただろ?俺達が善良な旅人だって事が…」

「違う!そんな事じゃない!お前、街道沿いの森で私を騙して高級なインテリア用品を盗んだ
小僧だろう!?」

ブラックガルゴモンはフレイモンを指さして叫ぶ。フレイモンの表情が一気に凍りついた。

「こんな盗人の言葉が信じられるか!!」

「あいつ、盗賊だったのかよ!」

「盗賊を仲間に入れている奴らの事なんか信じられるかよ!」

ブラックガルゴモンの言葉を皮切りにして、再びデジモン達は険悪な雰囲気に戻り、吉武達に
罵声を浴びせる。

「この町から出て行きやがれ!!」

「いえ、それではまた別な集落や町が狙われる事になります。相手はたかだか完全体一匹と
成長期一匹と人間一人。我々が束でかかって勝てない相手ではありません。この場で殺しまし
ょう!」

「そうだ!ここで生かしておいたら何するかわかんねぇからな!」

「殺せぇ――――――――っ!!」

それまで遠巻きに吉武達に罵声をあびせていたデジモン達がいっせいに吉武達に向かってき
た。吉武達は踵を返し、近くの狭い路地に逃げ込む。何人かのデジモン達は吉武達を追って
路地に入ったが、その他のデジモン達は別な路地や通りに向かった。

さっきまで多くのデジモンがいた通りはこうしていつもの早朝の静けさを取り戻した。否、すぐに
その静寂は破られた。その場に一人だけ残っていたヴァンデモンの高笑いによって。

@@@@@@@@@@@@@@@@@

「ああっ、また行き止まりだ!」

マメティラモンが叫ぶ。吉武達は町中のデジモン達に追われて逃げ回っていたが、さっきこの
町に来たばかりの吉武達は自分達がどこを逃げているのかすらわからなかった。その上『災
厄』が町に来たと言う情報はどんどん町中に広がっているらしく、吉武達を追うデジモンの数は
時間と共に増えていた。

「…いたか?」

「たしかこのあたりに…」

壁や建物の向こう側から次々と声が近づいてきた。吉武とマメティラモンが悲壮感あふれる表
情をしているのを見て、見かねたようにフレイモンが口を開く。

「吉武、お前達が砂漠の集落にいったときに洪水が起こったのは事実なんだな?」

吉武は無言で頷く。

「お前の話では半分近い建物が流されただけで、デジモン達は全員救助したっていったよな。
だけど、この町のデジモン達は『壊滅させた』って言ってた」

「あっ…!じゃあ、まさか…」

「ああ、誰かがお前達の噂を流したんだ」

そういった瞬間、マメティラモンが悔しそうに地面を叩いた。

「畜生!そう言う事かよっ!」

「よく考えたら昨日や一昨日通った街道でもお前らの噂こそきいても、砂漠の集落が壊滅した
なんて噂は流れていなかったんだ。この噂はお前達がハーディックシティに着く事を計算にい
れて、誰かがこの町だけで流したんだよ!」

フレイモンの拳はワナワナと震えている。吉武とマメティラモンの心を深く傷つけるような噂を流
した者が相当許せないようだった。

「…あのナイトモンが流したってのは考え難いな」

「ナイトモンさんは敵だけど…僕はあの人がそんな事をするような人だとは思えないよ…」

吉武とマメティラモンは呟く。それをみてフレイモンは微笑んだ。

「ホントーにお前らは『いい奴』だな。そんなんじゃ世の中渡っちゃいけないぜ」

そう言ってフレイモンは近くの建物の屋根に登った。

「いたぞ!」

「あのコソドロだ!」

建物の向こう側のデジモン達がフレイモンを見つけ、声を上げる。このままでは取り囲まれる
のも時間の問題だろう。

「フレイモン!?」

「何やってんだ!?危ないぞ!お前だけでも早く逃げろ!」

しかしフレイモンはその場から動かず、吉武とマメティラモンに背を向けたまま喋りだした。

「まったく、こんな時まで…。ありがとよ。吉武、マメティラモン」

「フレイモン…」

吉武とマメティラモンにはフレイモンが何をしようとしているか分かった。しかし、二人はそれを
止めようと思っても何も言えず、声をかける事もできなかった。

「俺がなんでお前達について来たかわかるか?俺はお前らがうらやましかったんだよ。お前達
を騙そうとした俺を許したお前の『強さ』がな」

デジモン達の声が増えてきた。吉武達と建物を挟んで反対側には多くのデジモン達がひしめき
合っているのだろう。

「盗賊をやるのは気楽で結構楽しかったけど…ときどき、強いデジモンから逃げ回ったり、騙し
て裏をかくのがいやになったりした事もあった。俺は強くなりたかったんだ。強い奴に屈せず、
他人を許せるような奴に。俺はお前らとは一週間も一緒にいなかったけど…であった頃より
『強く』なれたつもりだぜ」

次々とフレイモンに向かって石が飛んでくる。吉武とマメティラモンの目には涙が滲んでいた。

「あと一言言わせて貰うぜ…俺がお前達だったら、こうすると思うぜ!絶対な!」

フレイモンは走り出し、飛び降りる。吉武とマメティラモンがいる場所ではなく、自分に敵意を向
けるデジモン達がひしめく場所へ。

吉武とマメティラモンはフレイモンが飛び降りた方向に背をむける。涙はもう乾いていた。

「マメティラモン…一直線にいこう。そうすればこの町を出られるはず…」

「ああ。飛ばすぞ!ヨシタケ!」

マメティラモンは吉武の腰を抱えて頭の上に持ち上げ、ジャンプして近くの建物の屋根の上に
飛び移る。そしてそのまま屋根の上を走りぬけ、次の建物に飛び移る。それを繰り返してマメ
ティラモンは一直線に進んでいく。ハーディックシティがいくら広くても、まっすぐ進んでいけばい
つか必ず町の外に出られる。それが吉武の考えだった。

屋根の上を走っているのですぐに町の住民達に見つかったが、気づいたからと言ってすぐに追
いかけられる場所ではない。それにマメティラモンの脚力も手伝い、誰にも阻まれる事無くマメ
ティラモンと吉武はあっと言う間に町の中心部付近までたどり着いた。

「おっと!」

マメティラモンはそこで一端足を止める。町の中心には巨大な噴水があり、それを中心とした
大きな広場があった。今マメティラモンが立っているのは広場の周りにあるレストランや土産物
屋の建物だろう。ここをまっすぐ突っ切ろうとすれば地面に下りなければならず、そして噴水の
周りに集まった町の住民達を相手にしなければならない。

「この野郎、これでもくら…」

「こら!」

吉武達に石を投げようとしたデジモンが別なデジモンに殴られた。
殴ったのは緑色のブラックガルゴモン…つまりガルゴモンだ。

「石なんか投げたら窓が割れるかもしれないだろう!窓ガラス代だってバカにならないんだ!
自営業は大変なんだぞ!?わたしもレストランをやっているから分かる!」

デジモン達の視線が吉武達からガルゴモンに集まる。吉武達はこの好機に、別な建物に飛び
移って広場を迂回しようと向きを変える。

「アブダクション光線!!」

しかし不意に人ごみの中から光線が吉武達に向かって延びる。光線はマメティラモンの足元を
霞め、店の屋根に大穴を空ける。

「「「うわぁぁぁっ!?」」

吉武とマメティラモンはバランスを崩して屋根から転げ落ち、広場の中心にある噴水付近に落
下する。その場に集まっていたデジモン達は蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。

いや、一人だけ逃げていないデジモンがいた。古典的なSFに出てきそうな『いかにも』なデザイ
ンの宇宙人。ベーダモンだった。

「アハハハハ、これで終わりね!?」

ベーダモンも地面に倒れているマメティラモンにこれまた『いかにも』なデザインの光線銃を突
きつける。

「皆さぁん!!この『災厄』を倒してこの町を救ったのはアタシ、ベーダモンですよぉ!!この町
の救世主は、この町一番の頭脳の持ち主、ベーダモンですよぉ!!」

ベーダモンは遠巻きに噴水を取り囲んでいるデジモン達に向かって叫ぶ。マメティラモンを追っ
ていたデジモン達のほとんどがいつの間にかここに集まっていた。

「くっ…!」

ベーダモンは引き金を引こうと細い指に力を加える。その時、ベーダモンは違和感を感じた。

「あら…?」

ベーダモンだけではない。吉武達を含む広場にいる者全員がその違和感に気付いた。広場中
に強い花の香りが立ち込めている事に。

「…花びら?」

いつの間にか広場に赤い花びらが雪のようにふっていた。花に詳しい者はそれが薔薇の花弁
だとすぐに分かっただろう。

「真実もしらず、虚言に惑わされる…民衆とはいつの時代も醜いものだな」

広場に中性的な声が響く。さっきのベーダモンのような叫び声ではなく、声も大きくなかったが、
広場にいる者でその言葉を聞き逃した者は誰もいなかった。そして、広場にいる者の視線が
噴水に集まる。

どういう原理か、そのデジモンは吹き上がる水柱の上に立っていた。体は曲面主体で構成され
たパールピンクの全身鎧に包まれたその体は細く、華奢な印象を与えていた。鎧には各所に
金の装飾が施されており、とりわけ目を引くのが胸に取り付けられている金色の帯だった。リ
ボンのようにも見えなくはないが、あまりにも薄く、触れればいとも簡単に手が切断されてしま
いそうだった。そして左手には金色の盾、右手には一輪の薔薇を持っている。頭から爪先まで
全身を鎧に包まれていてその表情は窺い知れないが、そのデジモンが余裕の表情を浮かべて
いるという事を誰もがわかっていた

「和が美しき名は…ロードナイトモン。未来永劫忘れぬように己の核(コア)に刻むのだな。愚
かな民衆達よ」

あまりにも突然に現れ、そして場違いなほどの余裕、そしてその言動と薔薇の花弁を降らせる
という演出。それらの要素は、まるでその場にいながらにして演劇の登場人物の様な非現実さ
をロードナイトモンはかもし出していた。

デジモン達はもちろん、ベーダモンまで引き金を引くのを忘れて呆気に取られていた。

「マメティラモン、ならびに澤田吉武よ」

頭上から声をかけられて同じく呆気に取られていた吉武達は我に帰る。

「私は我が主君の命によって、君達を助け、君達の敵を倒す為にここに来た」

「ええっ!?」

「マジかよ…」

吉武達の叫びには二つの意味があった。一つは突然の乱入者が味方だったと言う驚き。もう
一つは、ロードナイトモンのようないわゆる、「キザ」な奴が味方で「ゲゲッ」という意味が。

「ちょっと!そうはいかないわよ!こいつはアタシが倒して、その栄誉をアタシの物にするんだ
からっ!!」

ベーダモンがヒステリックに叫ぶ。それ見てロードナイトモンはふう、と悩ましげにため息をつい
た。

「栄誉、名声に固執する者のなんと醜いことか…」

そう言ってロードナイトモンは薔薇の花を中に放り投げ、自身も水柱の上から飛び降りる。スピ
ードを感じさせない、まるで空中で制止しているかのような軽やかな動きだった。

「その目に焼き付けておくのだな。醜き民衆達よ。この究極体、ロードナイトモンの美しき姿
を!スパイラル・マスカレード!」

瞬間、ロードナイトモンは竜巻の如く高速回転する。そして次の瞬間には巨大な噴水がバラバ
ラになり、その破片が四方八方に飛び散る。

「ヒィィィィィィィィッ!?」

ベーダモンは思わず頭を抱えてうずくまる。広場に集まっていたデジモン達もベーダモンと同じ
ような悲鳴を上げて逃げ回った。

噴水を粉砕したのはロードナイトモンの胸についている金色の帯。見た目どおり驚異的な切れ
味を持つその帯を回転と同時に展開し、噴水を切断したのだ。そしてその帯が先ほどロードナ
イトモンが放った一輪の薔薇を捕らえたとき、視界を覆い尽くすほどの薔薇の花弁の嵐が吹い
た。そして、それが止んだときには広場に吉武とマメティラモンの姿は無かった。深雪のように
深く、赤薔薇の花弁が積もっていた。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

「あの噴水は老朽化していたが美しかった。心が痛むが、任務の為ならいたしかたあるまい」

そう言ってロードナイトモンは町外れの路地に着地した。小脇には吉武とマメティラモンが抱え
られている。

「なあ、あんた何者だ?」

そう言ってマメティラモンが身をよじって地面におりる。後に吉武が続いた。

「…知りたければ後で話そう。今は君達…いや、我が主君の敵の拠点を叩くのが先だ」

「ロードナイトモンさんは知っているんですか?」

吉武が聞いた。するとロードナイトモンは町の外に広がる森を見ながら言う。

「ああ。我が主君の敵達の拠点はこの森を越えた先にある。すぐにたどり着けるだろう」

ロードナイトモンに連れてこられた場所は町の最西端だった。ゴーストタウン化した一角なの
か、辺りには廃屋しかない。ふと辺りを見回すと、デジ文字で『近日取り壊し予定 関係者以外
立ち入り禁止』と書かれた看板が見えた。

「おーい、いたか!?」「まだだ!」
「すぐに見つかるはずだ!なにせあいつらは目印を残して言ったからな!」

遠くからデジモン達の声が聞こえて来た。『目印』という言葉を不審に思い、吉武とマメティラモ
ンが足元を見ると、なんとロードナイトモンの足元から点々と薔薇の花弁が街中に向かって落
ちていた。

「ああ!?なにやっているんだよぉ!?」

「何をやっているとは失敬な。美しき私の足跡を愚かな民衆達が追う事ができるように配慮して
の事だ」

「なんでそんな配慮を…ってあ―――――――っ!?見つかった!!」

「嘘!?」

マメティラモンは上空に一匹のデジモンの姿を見つけて叫ぶ。吉武も思わず叫んだ。しかしロ
ードナイトモンは変らず平静を保っていた。

「…」

上空に無言で佇むデジモンは神話に出てくるペガサスそのままの姿をしていた。相違点がある
とすればユニコーンのような角の生えた兜を被っているだけだ。

「皆さん!!」

そのデジモンは急に吉武達に背を向け、遠くにいるであろう町のデジモン達に向かって叫ぶ。

「薔薇の花弁はフェイクです!!おそらく彼らは反対方向にいます!!」

そのデジモンが叫ぶと、遠くから聞こえていたデジモン達の声が遠ざかっていた。そしてそのデ
ジモンは吉武達の前に降り立つと、頭を下げて挨拶した。

「始めまして。澤田吉武くん。それと…君が元モノクロモンでしょうか?」

「!!」

「なんでマメティラモンの進化前の事を!?」

「私の名はユニモン。君達の事はケンタルモンから手紙で聞いたわ」

ケンタルモン。吉武達にデジタルワールドの知識を教え、この世界に不慣れな自分達を導いて
くれたデジモン。そのデジモンの名前を聞いて、吉武とマメティラモンは表情が明るくなった。

「ケンタルモンさんは無事だったんですね!?」

「ええ。ケンタルモンから手紙であなた達の事は聞いたわそれともし自分より先にこの町につい
た場合は、あなた達の世話をしてあげてって」

「でも、いいんですか?もしばれたら貴方だって…」

「お礼を言いたいのは…私の方よ」

ユニモンの兜の隙間から一筋の雫が地面に落ちた。

「あの人が口に出さなくても、デルタモンの事で悩んでいたのは分かっていたわ。あの人とデル
タモンが和解するきっかけを作ってくれたのはあなた達なのよ!感謝してもしたりないくらいだ
わ!」

「ユニモンさん…」

ロードナイトモンが一歩前に進み出た。手にはどこから出したのか、一輪の薔薇を握ってい
た。

「ご協力ありがとう、お美しいマドモワゼル」

そう言ってロードナイトモンは丁寧に薔薇の棘を抜き、跪いてユニモンの足に巻きつけた。

「では、行くぞ」

ロードナイトモンは吉武とマメティラモンを小脇に抱えると、森の木の上に飛び移り、木々を飛
び移りながら進んでいった。

吉武達は気付いていない。多くのデジモン…いや、デジタルワールドの全てのデジモンを巻き
込んだ巨大な『嵐』に自分達が巻き込まれている事を。


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