「「全てのデジモンを消滅させる計画だって!?」」 吉武とマメティラモンが叫ぶ。 「ええ。イグドラシルは自らの意思で自在に天変地異を起こし、大陸の形を変え、それどころか この世界と貴方の世界を繋ぐ門をあけ、さらには新たなデジモンを作り出す力さえ持っていまし た」 「それじゃあまるで…」 「ええ。『神』なんですよ。このデジタルワールドのね」 第21章 真実と言う名の刃―X−antibody― 「じゃあ、なんだってその神様がデジモンを消滅させようとするんだよ!?」 マメティラモンが叫ぶ。ヴァンデモン達3人の後ろにそびえるイグドラシルは電源を切ったネオ ンのように沈黙している。 「一言で言えば…増えすぎたからですよ。デジモン達がね」 「増え…過ぎた?」 「そう。この世界は日に日に拡大を続け、それにともなってデジモンの 個体数も増加しています」 ヴァンデモンが言葉をそこで切ったのを見計らって、ベーダモンがそこで口を挟んだ。自分も発 言したくてしかたないようだ。 「この世界はもはや無限に等しいレベルにまで拡大して、どんなデジモンだろうがこの世界の 端から端まで知るのは不可能だろうというのが多くのDW学者達の見解よ」 「このイグドラシルが何千、何億年前からこの世界に存在のかはわかりませんが…」 「ちょっとまってよ!」 吉武の声でまたヴァンデモンの説明が遮られた。 「この世界はデジタル機器のネットワークの発達によって発生したんでしょ!?でも少なくとも 急速に発達し始めたのは何年か前のはずじゃないの!?」 吉武の信じられないという表情を見て、ベーダモンは軽くため息をつくと得意げに説明を始め た。 「わかってないわねぇ。大方今のヴァンデモンの『何千、何億年前』という部分を聞いてわいた 疑問なんでしょうけど、それならデジタルワールドの由来を聞いた辺りで疑問に思わなきゃだめ じゃない。この世界は確かに貴方達の世界のネットワークの発展で生まれたけど、この世界は 貴方達の世界とほぼ完全に独立しているの。そう簡単には相互干渉できないようになっている だけじゃなくて、時間の流れもぜんぜん違うのよ。はっきりとはわからないし、常に変動してい るけど、この世界は貴方の世界と比べて相当時間の流れが速いことだけは確かね」 ベーダモンがそこまで話したところで、コホン、とヴァンデモンの咳払いが聞こえた。ベーダモン は慌てて口をとじ、それとほぼ同時にヴァンデモンが口を開いた。ナイトモンは相変わらず押し 黙ったままだった。 「イグドラシルが何千、何億年前から存在するのかはわかりません。おそらくこの世界の誕生と ほぼ同時にいるのでしょう。一見して神のごとき力を持っているイグドラシルも、全知全能と言 う訳ではありません。イグドラシルがその力を発揮できるのも、自分の周辺だけなんですよ」 その言葉を聞いて吉武はふとハーディックシティ、いやスクリープ地方に来た目的を思い出して いた。この世界に人間が来たという伝承は多くあるが、最後に人間が元に世界に帰ったパター ンの場合、ほとんどが現在スクリープ地方と呼ばれている土地から帰ったと伝えられているか ら、手がかりがあるかもしれないと言う事でこの地を目指していたはずだ。 「イグドラシルはゲートを自在に開く力を持っていますが、それができるのもこの地方の周辺だ けでした。また、偶発的に開くゲートから向こうの世界の人間がこの世界に迷い込んだり、その 逆を防ぐ事もできませんでした」 ヴァンデモンは吉武の考えを保管するような事を言った。まるで吉武の心を読んでいるようなタ イミングの良さだった。 (そうか…イグドラシルは自分の力が及ぶ範囲の人間だけを元の世界に帰していたのか…) 「そして拡大を続けるこの世界を抑制する事も、増え続けるデジモンの数をコントロールする事 も。やがてこの世界に限界が訪れ、デジタルワールドがパンクして『デジタルハザード』と呼ば れる現象が起こり、全ての世界が滅びる事を知ったイグドラシルはある計画を立てました。そ の第一段階として、イグドラシルは長い時間をかけて一つのプログラムを作りました。その名 は…」 「いいかげんにしろよ!!」 三度ヴァンデモンの説明は中断された。今度は痺れを切らしたマメティラモンだった。 「さっきからかったるい話ばっかりしやがって!それが俺と何の関係があるってんだ!」 ヴァンデモンは構わず続ける。 「プログラムの名はX。X−プログラム。デジモンのデジコア内の抗体を無視してコアの中に入 り込み、一瞬してデジコアを破壊するプログラムです。イグドラシルはそれらをデジタルワール ド全域に放ち、全てのデジモンを死滅させました。そして新たに3層に分かれたデジタルワール ド、通称NDW、ニューデジタルワールドを作り出しました」 吉武とマメティラモンはヴァンデモンの話が途中からおかしくなっている事に気づいた。この世 界のデジモン達は死滅していないのに、まるで既に死滅しているかのように話を進めている。 「イグドラシルの目的はこれによって自分のコントロールの届かなくなった旧デジタルワールド を捨て、自分が完全にコントロールできるNDWを作り出す事でした」 ヴァンデモンはそこで話を切る。 「そんな…いくら世界が限界に近づいたからって、全てのデジモンを消してしまうなんて…」 「てめぇっ!神だからっていい気になってんじゃねぇぞ!」 マメティラモンはイグドラシルを指さして叫ぶ。しかしイグドラシルはやはり沈黙し続けるだけだ った。 「しかし、イグドラシルにとって二つの誤算が起こったのです。一つは、一部のデジモン達はXプ ログラムに対する抗体…X抗体をデジコアの中に生み出し、Xプログラムに耐え切り、生き残っ た事。もう一つは…」 ヴァンデモンはそこで呼吸を整え、少し間を置いてから口を開く。 「過去の時代…Xプログラムを構築する段階でその計画に気づいた物がいる事です」 「私達のことよ!!」 ベーダモンが胸を張って言う。その横でヴァンデモンは懐から緑色のハードカバーの分厚い本 を取り出した。 「十闘士の伝説は知っていますか?」 吉武は無言で頷く。 「十闘士の一人、エンシェントワイズモン。彼は宇宙に存在するアカシックレコードなる物にアク セスし、未来を見る事が出来たと伝説には謳われています。これは彼がこの世界の未来につ いて書きしるした本です。私はこの町で十闘士の伝説を研究している時、偶然にもこれを発掘 しました。そしてイグドラシルの計画を知った私はベーダモンやナイトモンといった同士を集め ました。急いで集めたので一部を除いて質に問題がありましたがね」 「まったく、役に立たない連中ばかりで困っちゃうわよねぇ」 ベーダモンは気づいていない。自分が『一部を除いて』の『一部』に入っていないと言う事に。 「そして我々はバルブモンに乗ってこのイグドラシルの神殿に入り込み、防衛システムを突破し ました。拙い防衛システムでしたよ。この神殿にたどり着く者などいないと思っていたんでしょう ね。そして我々はイグドラシルの機能を停止させ、精製途中のXプログラムを消滅させました」 「これでイグドラシルの計画は未然に防がれ、全てのデジモン達は救われたってワケ。アタシ 達のおかげでネ!」 「ところが、今度は我々にとっての誤算が起こったのです。この時代から見て『未来』、NDWの イグドラシルが行動を起こしたのです」 「おい、おかしくねぇか!?お前達がNDWが生まれる未来を消したんじゃないのか!?」 「時間軸とはそれほど単純な物ではなかった、という事でしょう。NDWのイグドラシルは過去が 変る事によって自分の計画が失敗する事を防ぐ為、軌道修正の為にある物を過去…この時代 に贈りました。一体なんだと思います?」 そう言われて吉武とマメティラモンは少し考える。やがて吉武が口を開いた。その顔は少し青ざ めていた。まるで恐ろしい事を考えてしまったかのように…。 「イグドラシルの計画に必要なのはXプログラム…まさか…」 「そう…この世界で死亡したデジモンのデータはダークエリアへと還り、新たなデジタマとなって この世界に生まれる…この法則はNDWでも同じです」 「もったいぶらずに言えよ!わけのわからない事ばかり言いやがって!」 「イグドラシルの力をもってしても完全な時間転移は不可能でした。時代も、場所も、世界も、 大きくずれてそれは未来から転送されたのです」 ヴァンデモンの声の調子が段々と上がっていく。それに反比例して吉武の顔色がどんどん悪く なっていく。 「ヨシタケ、どうしたんだよ!?」 「マメティラモン…」 吉武はマメティラモンを見つめる。吉武の目はマメティラモンが今まで見たこともないくらい不安 げで、悲しい目をしていた。それを見てマメティラモンも強い不安に襲われた。 「送られたのは生まれながらにしてX抗体を持っていた赤いデジタマ!そして送られた時代は 現在よりはるか昔、だが人間の世界の時間では約一年前!場所は人間の世界の日本と呼ば れる国のどこかの公園!」 ヴァンデモンはこれ異常ないほど興奮して言う。その言葉は吉武がもっと聞きたくない言葉だっ た。 「そう!貴方こそが…今この世界で唯一のX抗体を持つデジモンである貴方こそが!イグドラ シルが未来からすべてのデジモンを死滅させる為に送り込んだ、『災厄』なのですよ!」 ヴァンデモンはマメティラモンを指さして叫ぶ。その顔は確かに笑っていた。 「…!」 マメティラモンはぺタリ、と膝をついて倒れる。 「う」 うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ ワイヤーフレームで構成された空間にマメティラモンの絶叫が響き渡る。吉武は悲しみで拳を 震わせ、ただ立ち尽くしていた。ベーダモンは思わず耳を塞ぎ、マメティラモンから目をそむけ る。 「何も、このような形で…!」 ナイトモンは怒りで拳を震わせ呟く。視線はヴァンデモンを睨んでいた。当のヴァンデモンは微 笑を浮かべていた。 「…そして、偶然にもX抗体を持ったデジタマは人間に拾われました。我々はイグドラシルのゲ ート制御機能を調べている段階で、X抗体を持ったデジモンが人間の世界にいる事に…イグド ラシルの計画が完全に崩れ去ったわけではない事に気づきました」 ヴァンデモンは再び話し始める。しかし吉武やマメティラモンの耳には入っていないようだった。 「我々はイグドラシルのゲート制御機能を使ってX抗体を持つデジモンを倒す為、ゲートを開い てメカノリモンを人間の世界へ送り込みました。しかしメカノリモンは任務に失敗し、そのうえ不 完全なゲートはすぐに閉じてしまいました。閉じる間際に、X抗体を持ったデジモンと、その場に いた人間一人を吸い込んでしまいましたがね」 マメティラモンは両手両膝を地面に突いて地に伏せたまま沈黙している。吉武はうつむいたま ま、無言で立っていた。 「あとはあなた方の知っている通りです。そうそう、もう一つ…ついさっきわかった事ですが、イ グドラシルがこの時代に送り込んだのはデジタマだけではなかったのです。X抗体をデジタマか ら取り出し、それを元にXプログラムを再生する者が必要でした」 「まさか…」 その言葉を聞いて吉武は顔を上げた。 「イグドラシルはNDWに移行する際、自分に従う忠実な13のデジモンを生み出しました。彼ら はイグドラシルのデータバンクの中に残る、『聖騎士型』とよばれる種族の究極体の姿を与えら れました。彼らはNDWではX抗体を持ったデジモン達をイグドラシルの命に従って粛清してい ます。その中の一体をイグドラシルは送り込んできたのです。その名は…」 その瞬間、不意にイグドラシルの間に無数の薔薇の香りと無数の花弁が漂う。そして天井に穴 が空き、一体のデジモンが流星のごとき速さで降りてくる。 「赤薔薇の騎士、ロードナイトモン!!」 降り立ったのはパールピンクの鎧に身を包んだ騎士、ロードナイトモン。ほんの数十分前、吉 武達の前に『味方』として姿をあらわしたデジモンだった。 「ロードナイトモンさん…」 吉武はか細い声で言う。吉武はロードナイトモンに駆け寄ろうとはしなかった。 「嘘、ですよね…」 何が嘘なのか、とまでは言わなかった。それは今の彼らにとっては、死刑宣告よりも残酷な事 実だったから。 「真実だ。我が主君はイグドラシル様のみ。Xプログラムとイグドラシル様の再生こそが、美しき この私がこの時代に来た目的だ」 吉武は膝をついてへたり込んだ。今、この場に彼らの味方は、いない。 「ククク、貴方方に味方などいないんですよ。特に全てを滅ぼす『災厄』である貴方にはね」 ヴァンデモンはとても面白そうに笑う。 「笑っていられる状況下かね?私の目的の一つに、我が主君イグドラシル様を機能停止に追 い込んだ愚かなデジモン達すべてを処刑する事も入っているのだが」 ロードナイトモンはヴァンデモン達に向かって一歩踏み出す。ベーダモンが「ヒィッ」と情けない 声を上げてナイトモンの後ろに隠れた。そしてナイトモンは無言でロードナイトモンの前に歩み 出る。右手は背中に背負ったベルセルクソードをにかけられている。 「美しきこの私を前にして、臆することなく立ち向かってくるその姿勢は立派だが…究極体と完 全体では力の差は歴然ではないのかね?」 「その程度の差で引き下がるくらいならば、最初からこの計画に参加などしない」 ロードナイトモンはその言葉に応じるかのごとく、左手に持った盾を構える。その瞬間だった。 イグドラシルが二つに割れたのは。 「「何っ!?」」 二つに割れたイグドラシルの間には、光り輝く階段があった。階段の先はイグドラシルの中心 にある光の塊の中に消えていた。 「早くこちらへ。イグドラシルの中なら奴も手出しできないでしょう」 いつの間にか階段の中ほどにいたヴァンデモンが叫ぶ。ベーダモンはその場にいた誰よりも 早く階段を昇り始めた。ヴァンデモンもすぐに階段を昇り始める。 「…くっ!」 ヴァンデモンとベーダモンが光の中へ消えた頃、ナイトモンも踵を返して階段へ向かう。ロード ナイトモンが相当な手誰だとはわかっていたが、敵に背を向けるのは彼のプライドが許さなか った。しかしここで彼が敗北する事は全てのデジモンの死に繋がる為、彼はプライドよりも僅か な勝機をとる事をえらんだのだった。 「…」 階段を昇る途中、ナイトモンはチラリと吉武とマメティラモンを見た。彼の良心は絶望に打ちひ しがれている二人の少年の味方になれ、と言っていたが、ナイトモンはそれを無視して後ろ髪 を惹かれる思いで階段を昇っていった。 「愚かな…」 ロードナイトモンは焦りといったものらを一切感じさせない、普段どおりの足取りで階段を昇っ ていく。彼は吉武達を一瞥もしなかった。 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 「ここがイグドラシルの中心部のようだな…」 光の中も長い階段は続き、それらの先に球体状の部屋があった。ナイトモンら3人はそこにい た。 「でも、いつの間にこんな事が出来るようになっていたのかしら?ヴァンデモン?」 ベーダモンがヴァンデモンに聞く。機能停止したイグドラシルを解析しようとベーダモンは試た が、解析を試みるたびにイグドラシルが軽い暴走を起こして、結局何も解析できなかったはず だ。それはヴァンデモンも同じはず。 「それは…」 問いに答えようとしたヴァンデモンの体が、突如二つに分かれた。先ほどイグドラシルが二つ に分かれたように。 「ヒッ!?」 そして次の瞬間にはヴァンデモンの肉体は細かい粒子となって消滅する。 「…私がイグドラシル様を傷つけまいとして、攻撃を鈍らせるとでも思っていたのか?愚かなデ ジモン達よ」 ゆっくりと、あくまで優雅にロードナイトモンは足を踏み入れる。 「イグドラシル様の天地創造を妨げた罪はあまりにも重いぞ…愚かな者達よ…」 「貴様らの…イグドラシルのいいように弄ばれてたまるかっ!このデジタルワールドは私達の 世界だっ!」 ナイトモンはベルセルクソードを構え、突進する。刺し違えてでもロードナイトモンを倒す覚悟だ った。 「だから愚かだと言うのだ。デジタルワールドを、デジモンという種を失わずにデジタルハザード を回避するには、古いデジモンを一掃するしかない。世界の存亡の為ならば、デジモンの命な ど…」 ロードナイトモンは鎧についている金色の帯を掴む。金属でできた極薄のその帯は黄金の剣 のようだった。 "確かに…愚かですね" 突如として声が響く。思わずナイトモンは突進を止め、辺りを見回す。ベーダモンも辺りを見回 していることから、声の主がベーダモンではない事は確かだ。 『デジモンは戦闘種族として生まれ、弱肉強食の争いを繰り返してきた。やがてデジモン達は 知恵を駆使し、人間と同じように、集落を作り、共存して生きる事を覚えました。しかしその実 態はどうですか?大きな集落、大きな町ほど多くの犯罪者を生み、そして集落の最終発展系と もいえる『国』どうしの戦争すら歴史上では起こっている!』 「その声…ヴァンデモンか!?」 『知恵を得た所で何も変っていない!それもデジタルワールド創世記からずっと!十闘士の伝 説を見れば争いを平定したルーチェモンはやがて暴虐の限りをつくしている!』 突如として壁面が狂ったように様々な色に点滅し始める。 『今の時代も、あるデジモンは金を貰って殺しを請け負い、またあるデジモンはわが身可愛さに 友を裏切り、愚かな民衆は真実を確かめもせずあっけなく噂に流される!口では調和、友愛、 正義を謳っていても、窮地に陥れば他人を平気で裏切る傷つける!』 「…何がいいたい?」 『生きる為に盗みを働く者、自堕落に生き他人に暴力を振るう者、力ある他者を妬む者、名声 ほしさに学問を学ぶ者、そして…』 "多くの命を犠牲にする事をなんとも思わぬ高慢な『神』" 『この世界に生きる者全てが、価値もない輩だと言う事ですよ。私はこの世界の伝説や歴史を 研究し、表面では発展した理知的な都市を装っていても、裏では犯罪の芽が絶える事のない ハーディックシティに身を置いているうちにそう思うようになりました』 ナイトモンは自分が以前からヴァンデモンの中に感じていた、暗くよどんだ底の見えない沼の ような物の正体を見た気がした。そして、ヴァンデモンの真の目的も。 『実はね…預言書を見つけてイグドラシルの存在を知ったのは随分昔なんですよ。長い長い時 間をかけて研究していたんですよ。イグドラシルの力を手に入れる方法をね』 おそらく、ヴァンデモンがイグドラシルの解析を強行していたのも早いうちにイグドラシルのシス テムを乗っ取るためだったのだろう。ナイトモンはそう考えた。 『先ほど消滅した私は実態のある虚像、とでも言いましょうか。私の体は数日前からイグドラシ ル内部で力を蓄えていたんですよ…私がこの世界の『神』となるためにね!』 球体の中心部に黒いもやが集まり、それが何かの形をなしていった。それと同時に壁の点滅 も弱くなっていく。 「我が主君をそこまで辱めていたとは…」 それまで傍観していたロードナイトモンはもやに向かって盾を構える。そして深い怒りを込めた 声で叫んだ。 「アージェントフィアー!」 ロードナイトモンが盾を構えて跳ぶ。しかし光速と同等の速さを持つその技がもや…いや、『ヴ ァンデモンだったもの』に届く事は無かった。 「きえ…た…?」 ベーダモンが呟いた言葉どおり、自身が叫んだ瞬間にロードナイトモンの姿は消えていた。い つもの様に薔薇を巻いて消えたわけでもなく、ましては絶命するデジモンのように体が粒子とな って消えたわけでもない。音も立てず、痕跡も残さず消えたのだ。まるで最初からその場に いなかったかのように。 「彼はイグドラシルによって作られた存在…私がイグドラシルの機能を完全に乗っ取った事に よって、彼が『未来に生まれる可能性』が完全に消えたと言う事でしょうか…」 黒いもやが完全な形となる。そして、壁、いや、イグドラシルの点滅も完全に止まった。 @@@@@@@@@@@@@@@ 「…マメティラモン」 吉武は傍らにいる無二の親友に声をかける。しかし、彼はうつむいたまま、彫像のように固ま ってしまっている。見開いたままの目は生気がなく、吉武はこのまま動かないのでは とすら思ってしまった。何か声をかけてあげようと思ったが、吉武はかける言葉が見つからな かった。それどころか、吉武もマメティラモンが全てのデジモンを消滅させる為に送られてきた ものだと言う事と、ロードナイトモンが敵だという事実に強いショックを受けていた。 (だけど…マメティラモンはもっとショックを受けているはずなんだ) そのときだった。吉武の真横を誰かが通り過ぎていったのは。 「!?」 不振に思って振り向くと、それはベーダモンだった。まるで何か恐ろしい物から逃げるような様 子で、二人の事は眼中にない様子だった。彼が吉武達が入って来た方の壁に手を触れると、 壁がスライドして開き、その奥に続く通路をベーダモンは逃げていった。 「ぐあぁぁっ!!」 今度は反対方向…イグドラシルの方向から悲鳴が聞こえた。振り向いてみると、階段から誰か が転がり落ちてきた。ナイトモンだった。 「ナイトモンさん!?」 ナイトモンの鎧には所々にヒビが入っている。マメティラモンの攻撃をいくら受けてもヒビ一つ入 らなかった鎧にヒビが入っている事が。にわかには信じられなった。 「逃げろ…奴は…究極体だ…」 ナイトモンは剣を支えにして起き上がりながら言う。その目は階段の上を強く睨んでいた。 「ロードナイトモンさん…?」 吉武も階段をみる。すると何者かが階段をすべるように降りてきた。ロードナイトモンではな い。 「逃げる…?愚かなことを…この世界のどこにも逃げ場などないわ!」 おりてきたのは禍々しい服に身を包んだ銀髪の老人だった。しかしその目は赤く、耳と鼻は鋭 くとがり、床に突きそうなほど顎鬚と髪は長い。そして背中の悪魔のような羽と右手に持った 禍々しい杖…まるでファンタジーにでてくる悪の魔道士そのままの姿だった。 「フン、人間とX抗体デジモンか…私がイグドラシルの力を手に入れバルバモンとなった今とな ってはもはやとるに足らん存在だが…」 かつてヴァンデモンだったもの…バルバモンは杖を振りかざす。 「ナイトモンと共に消しさってやろう。なぁに、『デジタルハザード』の事は心配はいらん。私がこ の手で防いでやろう。愚かなこの世界のデジモンを私がこの手で一人一人消し去る事によって な!!」 NEXT→第22章 とるにたらぬもの 戻る |