「デジモンを…消し去る…?」

「いぜん、この世界に限界が近づいている事には変りがないのでな。手始めにこの世界のデジ
モンの大半を我が手で消去し、残った僅かなデジモンを私が支配してよりよい世界を創ってく
れる!」

「ふざ…けるなぁ!」

ナイトモンが吼え、バルバモンに向かって突進し、剣を振り下ろす。巨大な肉厚の剣、『ベルセ
ルクソード』の切れ味と重量、それにナイトモンのパワーが加われば、バルバモンなどたやすく
両断できるだろう。ナイトモンの勢いは、見た者にそれだけの事を信じさせる説得力があった。

しかし、ナイトモンの剣はバルバモンに届かず、空中で止まる。バルバモンの手前に出現した
魔方陣のような物に剣が受け止められているのだ。

「カァッ!」

次の瞬間、魔方陣から漆黒の波動が放たれ、ナイトモンの体が弾き飛ばされる。重い全身鎧
を着けているにもかかわらず、広間中央付近から弧を描いて壁に叩き付けられる。

「ナイトモンさん!!」

「愚かな奴だ。一目散に逃げ出したベーダモンの方がまだ利口だといえるな」

そう言ってバルバモンは吉武達に向かって一歩踏み出す。

「もっとも、この世界の何所にも逃げ場などないがな」

吉武は未だ真実に打ちひしがれているマメティラモンをかばう様に立ち、バルバモンを睨みつ
ける。

「貴様等は今まで数々の危機をくぐり抜けて来たのだろうが…」

バルバモンは片手で杖を弄びながら話す。無防備な振りをしていても感覚は研ぎ澄まされて警
戒している…分けではない。完全に臨戦態勢をといているのだ。

「それは全て、他の味方がいたからこそ…今は誰もいない!そして災厄だとわかった以上、誰
も貴様等の味方はしない!」

バルバモンの声の調子が上がった。先ほど、マメティラモンの秘密のもっとも重大な…そしてマ
メティラモンの心を最も深く傷つける部分を話していた時と同じだった。

「まぁ…誰が味方した所で結果は変らんがな」

バルバモンは壁際で倒れているナイトモンを一瞥し、杖を吉武に突きつける。一瞬、吉武の体
が震えた。

「先ほども言ったが…貴様等に、この世を滅ぼす災厄に味方などいない!」

バルバモンが叫んだ瞬間、広間が震え、広間の壁を突き破って巨大な多面体が姿を表した。
そして多面体から円柱型の頭部と、蛇腹ホースのような腕が伸びる。

「バルブモン!?」

現れたのはヴァンデモン達の仲間であり、データの中を潜行し、このイグドラシルの神殿にた
どり着ける数少ないデジモンの一体であるバルブモンだった。そしてバルブモンの体の一面が
開き、そこから一つの影が飛び出す。影は疾風のごとき速さで背中から白煙を噴きながら広間
を駆け抜け、一発の光弾をバルバモンに放つ。バルバモンは光弾を手で弾く。その間に影は
吉武達とバルバモンの間に割って入る。

「貴様…何者だ!?」

「この子達の…仲間だ!!」

かつて吉武達と共に旅をした半人半馬のデジモン、ケンタルモンがそう叫ぶのを二人は確か
に聞いた。


第22章 とるにたらぬもの―Blaze Heart―


「仲間、だとぉ…?」

バルバモンの顔がさも面白そうに歪む。

「笑わせるな!そいつはな…」

「そんな事は知っている!」

ケンタルモンは間髪いれずにバルバモンに体当たりを仕掛ける。それは魔方陣で防がれた
が、バルバモンの呆気に取られたような顔がよく見えた。ケンタルモンはすかさず後ろに跳び、
吉武とマメティラモンを小脇に抱えてバルブモンの中に戻ろうとする。

「…逃すかぁ!」

バルバモンが杖を振り上げる。その先端には黒い稲妻のようなエネルギーが集中していた。し
かしその瞬間、バルブモンの内部から三つの青白い閃光がバルバモンに向かって放たれた。

「なっ!?」

不意を疲れたバルバモンに三本の閃光が命中する。すべて魔法陣で防がれたが、バルバモ
ンの攻撃を中断させる事には成功した。

「あいにく、味方は一人じゃあないんでな」

バルバモンの中から身を乗り出して出て来たのは両腕が機械と骨の頭部になっている恐竜型
デジモン、デルタモンだった。

「あの人…!」

デルタモンはケンタルモンの古い親友だったが、過去のある出来事が原因でケンタルモンを強
く恨んでいたはずだ。それが今、ケンタルモンと共に吉武達を助けているのが意外だった。

「シンパイスルナ イマハ オマエタチノ ミカタダ」
「スリィエイトツゥワンッ!」

デルタモンの左腕、スカルヘッドがそう言うの聞いて吉武は少し安心した。右腕のメタルヘッド
がなにやらよくわからない言葉を言っているのが少し気になったが。

「七大魔王か…相手として不足はねぇっ!」

その叫び声と共にバルブモンの中から一体のデジモンが飛び出す。そのデジモンは昆虫の外
骨格のような者を身に纏った、竜人型のデジモンだった。

「パイルドラモンさん!?」

そのデジモンはかつて吉武達が出会った、強者との戦いを何よりの喜びとするデジモン、パイ
ルドラモンだった。

「デスペラード・ブラスターッ!」

パイルドラモンはバルバモンの上空を高速旋廻しながら両腰の砲から放たれる無数の光弾を
浴びせ掛ける。

「ハーディックシティに入る直前で知り合ってな。君達の事を知っているみたいなので協力して
もらった」

「早く中へ!俺はこいつを中に運ぶ!」

吉武とマメティラモンはケンタルモンに運ばれ、デルタモンと入れ違いにバルブモンの内部へ
入った。デルタモンは壁際で倒れているナイトモンに駆け寄る。

「吉武!マメティラモン!」

中に入った二人にフレイモンが駆け寄ってきた。ハーディックシティで、暴徒と化した住民達か
ら二人を逃す為に囮になったが、あちこちに傷を負っているが元気そうだ。

「フレイモン!」

吉武の表情が明るくなる。しかしこの状況下でもマメティラモンは一言も言葉を発せず、彫像の
ようにうつむいたまま動かなかった。それを見てフレイモンは表情を曇らせた。

「おい!早く逃げるぞ!」

スカルヘッドでナイトモンの体を拾い上げたデルタモンが叫ぶ。パイルドラモンはひたすらバル
バモンにデスペラード・ブラスターを撃ち続けている。

「ハッ!7大魔王なんて特上の獲物がいるんだ!逃げるなんて…」

「愚かな輩だ…」

パイルドラモンは驚愕して銃撃を止める。ドーム上に湾曲した魔法陣に受け止められた、無数
のエネルギー弾を見て。

「己の力量を…わきまえろ!」

バルバモンの杖の先端から放たれる、漆黒の衝撃派をパイルドラモンはまともに受け、派手に
吹っ飛ばされる。

「うおおおおおお!?」

パイルドラモンは弾丸のような勢いでバルブモンに向かって吹っ飛ぶ。それを見てデルタモン
がその前に飛び出す。そして彼のどてっ腹にパイルドラモンの体がめり込み、パイルドラモン、
デルタモン、そしてナイトモンが全員バルブモンの体内に落ちる。

「ただいま〜♪」

メタルヘッドがその場にそぐわぬ明るい声で場違いな台詞を言う。

「おかえりー」

バルブモンも間の抜けた声でそれに答え、シャッターを閉じる。そして手と頭部を引っ込め、自
らの体をデータの中に潜行させて、イグドラシルの神殿から離れる。

「…」

バルブモンを見送ったバルバモンはさも面白く無さそうに顔をゆがめる。逃げられたからという
のではなく、多くのデジモンがマメティラモン達を助けに来たという事に対して。

@@@@@@@@@@

「いやぁ驚いたぜ。お前たちを探していたら、地面からこんな奴がでてきたんだからな」

フレイモンはバルブモンの内壁をポンポンと叩きながら言う。

「そこで、こいつを問い詰めたらお前達がやばい状況だって事がわかったのさ」

フレイモンは隅で縮こまっているデジモンを指さす。ベーダモンだ。

「『利用されてただけとはいえ、ヴァンデモン…いや、バルバモンの計画を進める要因となって
いたのは事実だ。嫌とは言わせないぞ』って感じで脅して、ここまで来たって事さ…っておい、
聞いてんのか!?」

そう言ってフレイモンはマメティラモンを小突く。やはり先ほどと同じように、マメティラモンはうつ
むいたまま、微動だにしない。

「フレイモン!マメティラモンは…」

吉武の言葉が途中で止まった。いつになく真剣な目をして、フレイモンが吉武の両肩をつかん
だからだ。

「吉武…もしお前がマメティラモンと同じような境遇だった場合、お前は誰かに自分の事を気遣
って欲しいか?」

フレイモンは小声でささやく。

「え…それは…」

「俺は…どっちかって言うとな、あんま気遣って欲しくねぇ。自分がなんであろうと、昨日まで見
たいに、みんなでバカやって、泣いて、笑って、すごしたいんだ」

吉武は自分の肩にゆっくりと痛みが走るのを感じた。そしてフレイモンの言葉に無言で頷く。

「…」

ケンタルモンはその様子を見て、マメティラモンに駆け寄り彼に合わせて身を屈める。そして、
ゆっくりと口を開く。

「…助けに来たのが遅くなってすまない、モノクロモン、いや、マメティラモン。覚えているか?別
れる時、次に会うときまでに私よりも強くなると君が言った事を」

マメティラモンは微動だにしない。

「道中に聞いた噂や、パイルドラモンから聞いた話ではとても強そうだったんだが…今の君を
見る限りでは、とても負ける気がしないな」

普段のマメティラモンなら怒って飛び掛ってくる所だが、やはりマメティラモンは微動にしなかっ
た。ケンタルモンは軽くため息をついて言った。

「そうだな、約束をしたのにそれを守らず約束を守れというのもフェアじゃない。覚えているか、
私が分かれるときに言った言葉を」

吉武は10数日前にケンタルモンと分かれる時に、彼が言った言葉を思い出す。その言葉が頭
に浮かぶのとケンタルモンが再びその言葉を口にするのは同時だった。

「私は最後まで君達の味方だ。まだ、バルバモンから逃げおおせたわけでもない。たとえバル
バモンを倒したとしても、X抗体を内包した君が他のデジモン達に目にどう映るかもわからな
い。だが…信じてくれ。私だけは最後まで君達の味方だと!そして私を超える強いデジモンに
なってくれ!」

ケンタルモンは強く叫ぶ。しばらくの間、静寂がバルブモンの中を支配した。

「ひゅぅ〜♪かぁっこいい〜♪」

静寂を破ったのはデルタモンのメタルヘッドの茶化すような声だった。デルタモンに視線が集ま
り、デルタモン本人は露骨に顔をしかめている。

「…スコシハ クウキヲ ヨメ」

左腕のスカルヘッドが無感情に答える。

「ま、信じていいんじゃねぇのか?昔からそいつを信じて裏切られた事は一度もないからな。あ
の時以外は」

デルタモンの最後の言葉には明らかに毒を含んだ言い回しだった。ケンタルモンとのわだかま
りは消えてないのかと、吉武は不安になった。

「あとよ…ケンタルモン、てめぇの言っている事は間違っているぜ。ガキ、俺もてめぇの味方だ」

デルタモンがケンタルモンを横目で睨みつけながら言う。

「デルタモン…」

「俺もあの時のてめぇみてぇな最低な奴にはなりたくねぇからな…!」

そういってデルタモンはケンタルモンから目をそらす。

「素直じゃないんだからぁ〜♪」
「ダカラ クウキヲ ヨメト イッテイル」

二人のやり取りを見て吉武は胸を撫で下ろす。そのとき、フレイモンが大声で叫んだ。

「俺を忘れるなよ!それにな、ここにいる皆がお前の味方だぜ!」

「みかたみかたー!」

「ええっ!?」

フレイモンの声の後でバルブモンのはしゃぎ声が聞こえ、ベーダモンがフレイモンの方を振り
向いた。フレイモンからはベーダモンの顔は見えないが、彼の顔は『まさかアタシも入れられて
る!?』とでも言いたそうな顔をしていた。吉武はそれに気づいたが、心の隅で謝りつつも黙っ
ている事にした。たぶん何も考えていないバルブモンはその場のノリでいっているのだろう。

「悪いが、俺はそいつの味方のつもりはないぜ」

「「「「!」」」」

突如口を開いたパイルドラモンに皆の視線が集まる。スカルヘッドに至っては三度「クウキヲ 
ヨメ」とでもいいたそうだ。

「てめ…」

「俺にとってお前は『世界を滅ぼす災厄』とかいうややこしくて分けのわかんねぇものじゃあねぇ
…」

パイルドラモンはマメティラモンを指さして言う。

「俺を熱くさせる『強い奴』!ただそれだけよ!!」

パイルドラモンがファイティングポーズをとりながら叫ぶ。先ほどのケンタルモンやフレイモン以
上に大きな声だった。

「ま、俺に言わせりゃあんたらも俺を熱くさせてくれそうだがな…」

ファイティングポーズをとき、壁に寄りかかりながらパイルドラモンは言う。見回したのはケンタ
ルモンとデルタモン、そして負傷して壁際で座ったまま動かないナイトモンだ。

「みんな…」

「…いいんだよ」

その時、初めてマメティラモンが口を開いた。自然と皆の視線が集まる。

「俺なんかの為に戦わなくていいんだ…」

マメティラモンが力なく呟く。視線は宙をさまよい、誰とも目を合わせようとしていない。

「みんなの気持ちは嬉しいけど…俺なんかの為に戦ったって何一つお礼が出来ないどころか、
俺がいたらみんなどころか全てのデジモンが消えてしまうんだ!」

マメティラモンが叫ぶ。

「そんな…!」

吉武は何か声をかけようとしたその時、先ほどまで黙ったままだったナイトモンが立ち上がる。

「ナイトモンさん?」

ナイトモンは無言のままマメティラモンに駆け寄り、剣を抜いてマメティラモンに突きつけた。

「…!?」

「まて、何のつもりだ?」

吉武がナイトモンに駆け寄ろうとした所をケンタルモンが制し、代わりにキャノン砲に変形した
右腕をナイトモンに突きつける。しかしそれに構わずナイトモンは口を開いた。

「…ふざけるなっ!自身が皆を滅ぼす可能性があるからだと!?」

ナイトモンは強烈な怒気を含んだ言葉をマメティラモンに浴びせ掛ける。その勢いに思わず周
りにいた皆は気圧される。

「貴様の中のX抗体から作られるXプログラムが全てのデジモンを滅ぼすと言うのなら…それを
誰にも渡すな!何があっても、いかなる手段を使ってでも守り通せ!それが出来ないのならば
…私がここで貴様を殺してやる!」

ナイトモンはマメティラモンを睨みつける。目を合わせただけでも砲丸をぶつけられたような衝
撃が伝わってくるその目を、正面からまともに見つめられる者はいないだろう。しかし、マメティ
ラモンはゆっくりと顔をあげ、眼前に迫る白刃と、ナイトモンの眼光を見据える。

「…フン」

ナイトモンは剣を収め、マメティラモンに背を向けると再び壁際の方に歩いていって腰を下ろし
た。ケンタルモンも腕を元に戻した。剣を収める瞬間、吉武とマメティラモンにはナイトモンが一
瞬笑ったように見えた。

「みんな、ありがとう…」

マメティラモンが静かに呟く。吉武やフレイモン、ケンタルモン達が安堵の笑みを浮かべる。

「でも、みんなには悪いけど俺の為には戦わないで欲しい。だけど俺はみんなや、この世界の
為にあいつと戦う!だから…」

「みんなも他のみんなや、この世界の為に戦ってくれ、だろ?」

「私の、『皆』にはマメティラモン、お前も入ってるがな…」

「ユニモンの事もねぇ〜♪」
「ダカラ クウキヲ ヨメ」

「俺が戦うのは俺の為…楽しむ為だけよ!」

「たたかう、たたかうー!」

「アタシも戦わなきゃ…駄目?」

「駄目だ」

四方を金属の壁で囲まれていて、薄ら寒むかったバルブモン内部の室温が少し暖かくなるの
を吉武は感じた。

「本当にありがとう…みんな…」

吉武が呟いたその言葉は、マメティラモン復活に沸く皆の歓声に飲み込まれた。


"随分と、楽しそうだな"


突如響いた声によって、歓声が途切れる。

「バルバモン!?」

「まさか奴もデータの中を潜行する事が…!?」

"私は『神』となったのだよ?データの中を潜行する貴様を追う事なぞ…"

「バルブモン!地上まであとどのくらいだ!?」

「あ、あとすこしー」

ナイトモンの問いにバルブモンが慌てて答える。次の瞬間、バルブモン全体を強い衝撃が襲う
のとバルバモンの声が聞こえるのは同時だった。

"造作もないわ!!"

@@@@@@@@@@@@@@

「おい、本当に行くのかよ?」

「当たり前デスヨ!なんとしてもヴァンデモン達3人、そしてあのマメティラモンを見返してやらな
ければ気がスミマセン!」

ハーディックシティ郊外の森の中を進むデジモンが二人。一人は寸胴なボディに短い足と長い
腕を生やしたマシーン型デジモン、メカノリモン。もう一人はくすんだ緑色の体色の植物型デジ
モン、ザッソーモンだ。

「んなこと言ったってよぉ、勝てる見込みもないし…。それに俺達はもうヴァンデモンに解雇され
て…」

「ダマリナサイ!ナラなんでワタシについてきたのデスカァ〜!?本当はアナタも奴等を見返し
たいと思っているんじゃないんデスカァ!?」

ザッソーモンにそう言われメカノリモンは口ごもる。たいしたプライドのないメカノリモンにも多少
はそう言う思いがあったのだろう。元々二人はヴァンデモンに雇われ、マメティラモンを狙って
いたデジモンだった。二人は幾度となくマメティラモン達と戦ったが、全て失敗してしまい、とうと
うヴァンデモンから解雇を言い渡されてしまったのだ。

「ソレニ勝てる見込みならアリマスヨォ〜♪ワタシが先日の戦闘で『超有機肥料G』使いながら
も勝てなかったその理由をヨ〜ク把握してマスカラネェ〜♪」

超有機肥料Gとは、身体能力が他のデジモンと比べて大きく劣るザッソーモンがそのコンプレ
ックスをバネに作り出した植物型デジモン専用の強化剤の事だった。ザッソーモンは偶然手に
入れたマメティラモンの細胞を使ってこれを完成させ、それを飲んで巨大化してマメティラモン
達を襲ったのだった。

「敗因はワタシの慢心にアリマス。ソウと分かったからには二度も同じ過ちは犯しマセン!奴の
細胞をどうにかして手に入れれば勝機はアリマス!」

「結局それ頼みかよ…」

ソレト、アナタの力を借りればネ…とザッソーモンは心の中で付け加えた。前回の敗因の一つ
に、気絶したメカノリモンに吉武達が乗り込んで攻撃してきたという理由もあった。それも元は
といえばザッソーモンが慢心し、メカノリモンが倒されるまで超有機肥料Gを使わなかったから
でもあった。彼はメカノリモンを軽く見すぎていたと深く反省した。自分の持てる力を全て出し切
っているからこそマメティラモン一行は強いのだとザッソーモンが気づいたとき、彼は自分もそ
うあらねば彼らに勝てないと悟った。

「町の者達の話では数十分前にこの辺りから大きな音が聞こえたと言ってマシタ!おそらく奴
らはバルブモンと戦っていたのデショ〜!ダカラ、アジトの辺りに奴等は…」

その時、ズシン、と森全体が轟音と共に震えた。二人は顔を見合わせ、音が聞こえた方向へ
向かって走り出す。

「おおっ!?」

二人は思わず立ち止まり、茂みに隠れる。切り立った崖の下、開けた場所にバルブモンが転
がっている。そして衝撃で開けたハッチからこぼれているのは、忘れもしないマメティラモンと、
それを始末するのを何度も邪魔してくれた吉武とかいう人間とケンタルモン、フレイモン。さらに
はなぜかナイトモンとベーダモンに加え、以前マメティラモンと戦っていたはずのパイルドラモン
だった。

「もう一度、言おう」

辺りに低い、不気味な声が響く。地面に魔法陣が浮かび、そこから老魔道士のようなデジモン
が出てきた。

「この世界に…逃げ場など…ない!」

その言葉に答えるように、ナイトモンが立ち上がり剣を構える。

「ならばこの場で貴様を倒すまでだ!」

それに続いて他の者達も立ち上がり、臨戦態勢を取る。ベーダモンだけはいまだ気絶している
バルブモンの影に隠れたが。

「おい…一体何がどうしたってんだ?」

「ワカリマセンが…やばい状況なのは確かデス。様子を見ましょう」

ザッソーモンはふと空を見上げる。先ほどまで快晴だった空が部厚い雲に覆われていた。雲に
隠れて太陽の姿が見えず、辺りはまるで夕方のように薄暗い。彼の胸に得体の知れぬ不安が
よぎった。

「さっきの続きと行こうか!」

一番最初に動いたのはパイルドラモンだった。両腰の砲を構え、一直線にバルバモンに向か
って飛んで行く。

「待て!迂闊に奴に近づくのは危険だ!」

「七大魔王なんていう極上の獲物を逃したくないんでね!」

パイルドラモンはケンタルモンの制止を耳にも留めず、バルバモンの周囲を旋廻しながらエネ
ルギー弾を浴びせかける。しかし弾丸は全てバルバモンの周囲に出現する魔法陣によって防
がれる。

「エスグリーマッ!」

パイルドラモンは銃撃を浴びせかけると同時に右腕のスパイクを伸ばし、魔法陣の隙間を狙っ
て突き刺す。手ごたえ有り。パイルドラモンはそう感じた。

「救えぬな…貴様は」

「!」

バルバモンはパイルドラモンを睨む。スパイクは確かにバルバモンの体を貫いていた。しかし、
その穴は急速に再生を始め、バイルドラモンのスパイクを猛獣の口のようにしっかりとくわえ込
んでいたのだ。

「己の欲求を満たす為に戦い続け、あげくの果てが『神』に挑むか…」

バルバモンは左手に持った杖をパイルドラモンに向ける。

「身の程知らずも大概にしておけ!デスルアー!」

バルバモンの杖から漆黒のエネルギーが鞭のようにほとばしり、パイルドラモンの体に絡みつ
く。そして鞭は長くのびてしなり、パイルドラモンを地面に叩きつけた。

「ガハッ!」

「パイルドラモンッ!」

ケンタルモンが走り出す。しかし漆黒の鞭は二股に別れ、ケンタルモンの足を絡めとり宙吊り
にする。それを見てデルタモンが行動を起こす。

「ト」「リ」「プ」

デルタモンの三つの口内に青白いエネルギーがたまる。

「「「レックスフォース!!!」」」

三つの閃光は混ざり合い、一本の閃光となってバルバモンに向かう。しかしそれを見てバルバ
モンは笑みを浮かべる。

「ハァッ!」

「グアッ!?」

バルバモンは鞭を巧に操り、ケンタルモンの体で閃光を受け止めた。

「ケンタルモン!?」

「おや?どうした?貴様の憎き恋敵を…貴様を裏切った奴を…何故心配している?本当は内
心ほくそえんでるのだろう!?」

バルバモンはいやらしい笑みを浮かべる。その傍らで、漆黒の鞭はケンタルモンを地面にたた
きつけてなぶっている。

「「「てめぇ!!」」」

3重の怒声が森に響き渡り、デルタモンが突撃する。

「図星か?図星なんだろう!?」

バルバモンは鞭を振り回しながらエネルギー体で出来た鞭を消した。ケンタルモンとパイルドラ
モンがデルタモンに向かって跳んでいき、激突する。

「ハァァァァァァァッ!!」

声に気づいてバルバモンが空を見上げると、遥か頭上に剣を振りかぶったナイトモンがいた。
おそらくマメティラモンに投げて貰ったのだろうと気づいた。

「ベビーサラマンダーッ!」

さらにバルバモンの顔面に小さな火の玉が命中する。目くらましのつもりでフレイモンが投げた
のだろう。

「愚かな真似を…!」

バルバモンは見上げたその体制のまま動かなかった。バルバモンの顔面にベルセルクソード
の刃が振り下ろされる。しかし刃がバルバモンの顔面を割る事はなかった。再び魔法陣に阻ま
れたのだ。

「…!」

「何を驚いている?貴様はあのパイルドラモンと違って少しは利口だからこうなる事も薄々感づ
いていたのだろう?」

バルバモンは杖をナイトモンに向ける。ナイトモンは即座にバルバモンから離れ、防御体制を
取る。それを見てバルバモンは急に杖の向きを変えた。

「ククク…ハハハァッ!」

バルバモンは思わず噴き出しながら杖から漆黒の波動を放った。漆黒の波動はナイトモンの
脇をすり抜け、二人から離れた位置にいた吉武とマメティラモンとフレイモン、ついでにベーダ
モンを跳ね飛ばした。

「貴様ァッ!」

「ハハハハハハッ!可笑しくて涙が出る!日頃善人ぶっている貴様も
所詮自分の事しか考えてなかったのだろう!?」

「…っく!」

ナイトモンは反論できなかった。彼は決して自分だけ助かろうとして防御体制をとったわけでは
ない。しかし、彼が防御体制を取った事によって三人(とベーダモン)が傷ついたのは事実なの
だ。

「おい、やべぇぞ!?とっとと逃げた方がいいんじゃねぇか!?」

「異論ナシ!逃げマショォ〜!」

ナイトモンすら手玉に取るバルバモンの力を見て、ザッソーモンとメカノリモンは逃げようと体を
動かす。それによって茂みが動くのをバルバモンは見逃さなかった。

「デスルアーッ!」

バルバモンの杖から再び漆黒の鞭が伸び、ナイトモンを絡めとり、それをメカノリモンに脳天同
士でぶつける。

「グエッ!?」

メカノリモンとナイトモンは気絶し、ザッソーモンは思わず立ち止まる。次の瞬間には後ろにバ
ルバモンが立っていた。

「ヒィッ!?」

「ほぉ、誰かと思えば…あの役立たずか。汚名返上の為に戻ってきたのか?」

ザッソーモンはその口ぶりを聞いて、バルバモンが元ヴァンデモンだと言う事に気づく。

「ふん…貴様をここで消してやるのもいいが…」

バルバモンは杖を下ろし、顎鬚を撫でながら何か思案している。全くの無防備なので逃げ出そ
うと思えばいくらでも逃げ出せそうだったが、先ほど戦いを見てザッソーモンはバルバモンの実
力を嫌と言うほど理解していた。逃げ出そうとすれば殺される。その恐怖がザッソーモンを縛り
付けていた。

「そうだ…ザッソーモンよ、あのデジモンを殺せ。そうすれば貴様の命を助けてやろう」

そういって指さしたのは倒れているマメティラモンだった。完全に気絶しており、いまならザッソ
ーモンでも止めをさせるだろう。

「ワタシ…ガ…止めヲ…?」

ザッソーモンは震える喉でそれだけの言葉をやっとの事で搾り出す。バルバモンはいやらしく
笑い、口を開いた。

「ああ、そうだ。命を助けるだけじゃない。イグドラシルのシステムを乗っ取った私ならば、貴様
のような弱者に比類なき強さを与える事も可能だ。そして私の腹心として末永く飼ってやろう」

ザッソーモンはぎこちない動きでマメティラモンを見て、恐怖に支配された頭で考える。バルバ
モンの命に従うか否かと。

「選択の余地はないぞ…」

そう言われてもザッソーモンはなぜか即答する事は出来なかった。即答しろと生存本能は命令
しているのに、なぜか心がそれを阻んでいた。いや、心の奥に焼き付けられた、マメティラモン
達の姿が即答する事を阻んでいたのだ。決して自分達の攻撃に屈しなかった、彼らの姿が。
伝説や物語に登場に英雄達は自分の命の危険を顧みず、弱者を守る為に決して強者に屈す
る事はなかった。マメティラモン達は自分達が以下に不利な状況になろうとも、仲間達はマメテ
ィラモンを見捨てず、マメティラモンは諦めるという選択を取らなかった。

自分が嫉妬していた『強者』の姿がそこにあった。

ザッソーモンはバルバモンに向き直り、両手を腰に当ててふんぞり返った。

「嫌…デスヨォ…!」

「ん?」

「ワタシは…アナタの…腹心になるのなんか…真っ平御免デスヨォ!!」

ザッソーモンは震える喉に鞭討って必死に言葉を搾り出す。マメティラモンを守りたかった分け
ではない。ただ、知恵も力も強者に及ばなくても、心だけはそれに近づきたい。そう思っただけ
だからだ。

「言いたい事はそれだけか…?」

今度はバルバモンの手が震えていた。恐怖ではなく、激しい怒りによって。

「あのパイルドラモン…いや、この場に転がっている者全員が相当な身の程知らずだったが
…」

ザッソーモンはバルバモンの激しい怒りを肌で感じていた。今すぐ逃げ出したかったが、僅か
ばかりのプライドと勇気を総動員してそれに耐えた。

「貴様はそれ以上だっ!この愚か者がぁっ!」

バルバモンは狂ったように杖でザッソーモンを打ち据える。その激しい怒りを露わにしたその
表情は醜悪としか言いようがなく、自分の足元程度の大きさしかないデジモンを狂ったようにた
たき続けるその姿はむしろ滑稽だった。

「この!たいした力も持たず!悪知恵を働かせて小細工を張る程度の知しか持たず!いても
いなくても世界には何一つ問題のないようなとるにたらぬ者の分際で!」

ザッソーモンは歯を食いしばり痛みに必死で耐える。

「この私に…!全知全能の創造主となる…!この私に逆らうなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

バルバモンは杖を高く振り上げ、先端に魔力を込め振り下ろす。その瞬間、間に割って入った
者がいた。

「!?」

マメティラモンだった。杖の一撃を受けたクロンデジゾイドのメットには無数のひびが入り、そこ
からおびただしい血が流れていた。しかし、その目はバルバモンを強く睨んでいた。

「いてもいなくても問題ねぇだと…とるにたらないだと…ふざけるなぁっ!!」

マメティラモンが強く、強く激昂する。いつの間にか気絶していた者達は全員起き上がり、皆マ
メティラモンは見ている。

「俺が今までにあった、優しい奴、頼れる奴、強い奴、ムカツク奴、許せねぇ奴、凄ぇ奴…そい
つ等に会わなきゃ、今の俺はないんだっ!そいつ等がいなかったら…俺はただこの世界を滅
ぼすだけの存在だったんだ!」

マメティラモンの目には涙があふれていた。まるで先ほど皆から励まされた時に出るはずだっ
た涙が今頃あふれ出てきたかのようだった。

「だから!誰にもこの世界の奴等は必要ないなんていわせねぇ…!だから!誰だろうが…神
だろうが…誰にもこの世界は消させねぇっ!」

瞬間、森の一角が真紅に染まった。マメティラモンの体から放たれる真紅の光に照らされたの
だ。

「マメティラモンっ!?」

「これは…X抗体の…X進化の光!?馬鹿な!早すぎる!!」

光は収束し、赤い光の柱となって部厚い雲を貫いた。


NEXT→第23章 その名は鎧王門



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