その光の柱は、紅かった。水晶のように透き通っているかと思えば、その中心は深い海のよう
に見えなかった。紅い光の柱は神が振り下ろした裁きの槍のように、または地上の人々が神
を超えようと建立した塔のように天を覆う部厚い雲を貫いていた。

「馬鹿な…ほんの一握りのデジモンしか到達し得ないという究極体に…それも生まれてから一
年程度しか立っていないデジモンが…進化するだと!?」

バルバモンは驚愕の叫びを上げる。この場にいる者は皆少なからず驚愕していたが、最も驚
いているのが彼だった。

「マメティラモン…」

逆に、この事実を最も冷静に受け止めていたのが吉武だった。

「強く…強くなるんだね…」

以前、吉武はマメティラモンがより強いデジモンに進化するのを恐れていた。力に溺れ、平気
で他者を傷つけるデジモンになってしまうのではないかと。しかし、吉武は確信していた。決し
て、マメティラモンは変らないと。自分や…この世界で出会った、『仲間』がいる限り。

「絶対に負けられないね、マメティラモン」

吉武が『彼』をマメティラモンと呼んだのはそれが最後だった。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

「いや〜な空だよなぁ〜」

「ほんと、こう天気が悪いとやる気が起きませんね」

芋虫をデフォルメしたような姿のデジモンと、淡い紫色の毛皮を被ったデジモンは、暗い空を見
上げながら呟いた。辺りには大小様々な小屋がまばらに立ち、広い骨付き肉畑が広がってい
る。この農場は吉武達がこの世界、デジタルワールドにきて初めて訪れた場所だった。

「見ろよ、お肉までげんなりしてる…ように見えるぜ、ガブモン」

「そうですね、クネモンさん」

「そういやぁさ、ヨシタケとモノクロモン、今頃どうしてるかなぁ」

「この前きた手紙では、モノクロモンさんはもう完全体に進化したっていってましたね」

「いいよなぁ、モノクロモンはトントン拍子で進化できて…俺達も早く進化して強くなりてぇなぁ」

「そういえばヨシタケさんは進化しないんですかね?」

「あの人弱そうだから成長期…いや、幼年期かもよ?」

「進化したらどんな姿になるんでしょうね」

「一つ目だと強そうだな」

「銃を持っていると強そうですね。こう、ガガガガと沢山打てる奴なんかいいんじゃないんです
か?」

「もっと武器が欲しい!斧とか、バズーカとか、手榴弾とかミサイルとか!」

「攻撃力だけじゃなくて防御力も欲しいです!右肩に盾をつけましょう!」

「左肩にはトゲ付きの肩当てをつけようぜ!」

「色は緑色なんかいいんじゃないですか?」

「えーー!?なんか弱そうだから駄目!赤だよ赤!角もつけよう!」

「クネモンくんはロマンが分かっていないです!なら青とか茶色とか、
頭と左肩だけ白ってのはどうです!?」

「…色よりもさ、もっとパワーアップさせないか?足にブースターをいっぱいつけるとか、右肩に
キャノン砲つけるとか!」

「なら足をキャタピラにする方がかっこいいです!あっ、いっそのこと水中用ってのもいいです
ね!」

などとジェスチャー混じりの会話を続けている内に、クネモンはふと空を見上げた。

「あっ!?」

「えっ!?どうかし…あああっ!?」

部厚い雲を、紅い光の柱が貫いていた。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

『森』が騒いでいる。彼はそう感じていた。彼は今日は一日中寝ていようと決め込んでいたが、
こう五月蝿くては眠る事もままならないのでその巨体を起こす事にした。その光景は端から見
れば苔むした岩壁の一部が動いたように見えるだろう。動いたのは岩壁ではなく、モリシェルモ
ンと言う種族の軟体型デジモン。苔や植物の付着した硬い貝殻にこもってカモフラージュする
事を得意とする彼は二週間程前、ヴァンデモンの依頼を受けこの森で吉武達を襲った。しかし
返り討ちにあってしまい、帰るに帰れなかったのでこの森に住み着いてしまったのだ。

「なんだぁこりゃ…?」

あたりを見回すと、森に潜むデジモン達のほぼ全てが、空を飛べる者は空から、空を飛べぬ
者は木の上から、木に上れぬ者は開けた場所で、ある一転を見つめていた。異様な光景だっ
た。先ほどまで争っていた痕跡が見えるカブテリモンとクワガーモンすら戦う事を忘れ見入って
おり、暗く湿った場所をこのむヌメモン達ですら皆日がさす開けた場所に集まっている。

「一体何が…」

そういってモリシェルモンも皆が見つめる方向に振り向く。そして皆と同じように言葉を失った。
紅い光の柱に心を奪われて。

@@@@@@@@@@@@@@@

その荒野は何所までも広かった。遠くに岩山と森が見えるだけで、他には何もない。僅かに生
えた背の低い植物が風に揺られる以外は、動く物の姿はなかった。

不意に地面の下から鋭い爪が顔を出した。爪はじたばたともがく様に動いて穴を広げ、そして
その穴から薄紫色の毛皮を持った小型のデジモンが這い出す。ガジモンと言う種類の成長期
デジモンだった。ガジモンは周りにまばらに生えている雑草すら珍しいのか、目を輝かせなが
ら雑草の先端を爪でつつく。

その時、不意に地鳴りのような音がし、地面から螺旋状に溝の入った鋭い金属の円錐…ドリ
ルが飛び出し、続けてその本体、ドリモゲモンが地面からその全貌を現す。

「コラッ!」

ドリモゲモンがガジモンを叱りつける。そして萎縮したガジモンを短い前足で優しく抱きかかえ
た。

「外に出ちゃ駄目だっていっただろ…掟なんだ、わかってくれないかい?」

ドリモゲモンが母性を感じさせる、優しい声で諭すように言う。彼…いや、彼女とガジモンはこ
の荒野の地下に作られた集落の住民だった。かなり古くからあるその集落は余所者に対して
排他的で、自らも無闇に地上に出ることを禁じていた。仲間達から「姐御」と慕われる彼女は、
好奇心が強く、すぐに外に出たがる子供達の見張り役だった。

「おや…どうしたんだい?」

彼女はガジモンがいつの間にかある一点を凝視している事に気づく。彼女がその方向を見る
と、紅い光の柱が部厚い雲を貫いていた。彼女はそれを見て、少し前に久しぶりに出会った余
所者たちの事を思い出す。

半人半馬のデジモンと、巨大な角をもった恐竜型デジモン、そして自分のことを熱っぽいまなざ
しで見ていた人間の子供に思いをはせながら、彼女はぼんやりと光の柱を眺めた。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@

その日は肌寒く感じられた。気温が低いからではない。普段、ジャングルの気温がとても高か
ったからだ。

「スコールの時よりも寒く感じられるのう…」

年老いたジャングルモジャモンは部厚い雲に覆われた空を見ながら呟いた。老人の前には十
字に組み合わされた木が地面に立っていた。墓だ。墓標の下にはこの世界とデジモンを恨み
ながら死んでいった人間の骨が埋まっている。老人がごく最近、森の奥にたてた墓だ。老人と
故人の関係は老人が幼い頃に遠目に見ただけというものだったが、老人は毎日この場所にき
て、故人の為に祈っていた。

墓標の近くには、巨大な金属で出来た何かが落ちていた。銀色で楕円形で中はがらんどうの
その物体は、永い間ジャングルの奥にある遺跡…いや、神殿を守っていたデジモンだったもの
だ。デジモンは死ぬとき、その体は全てデータの塵となって消滅するが、稀にその体の一部だ
け残ることもある。

その「デジモンのかけら」は老人が墓をたててから数日後に落ちていたものだ。老人はそれも
弔ってやりたかったが、巨大すぎて老人には扱いきれず、そのまま放置しておく事にした。代
わりに毎日墓標と共に綺麗に磨き、祈りを捧げている。

「さて、戻るとするかの…」

老人は自分が治める集落に戻ろうと腰をあげる。その時、老人は紅い光の柱が雲を貫いてい
る事に気づいた。老人は光の柱に向かって祈った。自分の前で、「最後までこの世界のデジモ
ン達を信じる」と言った人間と、そして彼が家族と呼んだ一匹のデジモンの為に。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

「ふう、ここらで一息いれるか…」

建造途中の金属の建物の壁の上に、壊れかけた機械のようなデジモンが腰を下ろした。なれ
ない肉体労働のせいか、それとも元々壊れかけているのか、頭部や間接の隙間から火花が
飛び散った。

「まったく、あの人間とマメティラモンめ…よくもわしの研究データを…」

そう呟きながら彼は拳を握り緊める。頭部のスパークが激しくなった。彼が、ナノモンが長年の
間、多くのデジモンを解剖し人体実験して集めたデータをすべてオシャカにしてしまったのは吉
武とマメティラモン。ナノモンにとって憎んでも憎みきれないはずの二人だが、拳を握りしめてい
るうちに彼の中で二人に対する憎しみがだんだんと薄れていく。

「ああ、あの赤い抗体…。ああ、あのデジコアをもたない身体…」

いつの間にか、ナノモンの中であの二人の身体をコンピューターで解析して見た時の興奮がリ
プレイされていた。

「いつか…再び研究設備をととのえた暁には!必ずあの二人を捕獲し、解剖して人間の身体
と未知の抗体の秘密をときあかすのじゃぁぁぁぁ!」

ナノモンは立ち上がって叫ぶ。頭部のスパークがさらに激しくなっていた。一日3回はこう叫ぶ
のが彼の日課になっていた。

「む!?なんじゃあれわぁ!?」

ナノモンは雲を貫く紅い光の柱に気づく。吉武達の身体を調べたときに匹敵する知的興奮が
彼の頭を支配した。頭部のスパークは激しさを増す一方だった。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

森の奥の、昼間でも薄暗い一角。そこに立てられた家に住んでいるデジモンが一人。蜘蛛のよ
うな下半身を持つ女性型デジモン、アルケニモンだ。肌は青白く、赤い上質の服を着、顔には
目元だけを覆う覆面をしている。

「るんるんるん〜♪」

アルケニモンは上機嫌で鍋の中に薬草をほおりこむ。どれもしわだらけでよどんだ色をした不
気味な薬草だ。それらを時間をかけて煮込んだ鍋の中身は、それ以上に異様な色と匂いを放
っている。普通のデジモンなら顔を背けたくなるような匂いを嗅いで、アルケニモンは舌鼓をう
った。

「きょーおぅもぉー♪美味しい美味しい薬草しちゅぅー♪あしたもあさってもらいしゅーもぉー♪」

アルケニモンは即興で作った珍妙な歌を歌う。数十種類もの薬草を時間をかけて煮込んで作
るこの料理は人間の世界で言えば俗に言う「ゲテモノ料理」に相当するものだが、アルケニモ
ンにとっては特別な日にしか作らないことに決めている大好物の一つだった。

「愛しのルーチェモン様〜世界征服頑張ってくださ〜い♪アルケニモンは応援してま〜す♪」

彼女がゴキゲンな理由、それは彼女が崇拝するルーチェモンが数日前に彼女の前に現れた
からだった。十闘士の伝説において、かつて世界を支配していた堕天使が。

「ああ、ルーチェモン様の笑顔を思い出すだけで私は逝ってしまいそうです!」

彼女はルーチェモンの微笑を思い出して恍惚とした表情をする。

「ああ、でも私は二度とルーチェモン様に会えないのね…」

ルーチェモンはアルケニモンに「自分の力は完全に復活したわけではない。完全復活と世界征
服の下準備には100年はかかるから、その間は自分の事を口外しないでくれ」と言われてい
た。アルケニモンは100年も寿命が持つ種族ではない。

「悲しいけど、私は耐え、一日も早くルーチェモン様が完全復活なさるよう、毎日祈っておりま…
あら?」

アルケニモンは天窓から除く空が赤い事に気づく。怪訝に思って二階の窓から空を見ると、巨
大な赤い光の柱が部厚い雲を貫いていた。アルケニモンはすぐにそれが、『世界征服の下準
備中のルーチェモン様』が起こした事だと直感した。

「るっルーチェモン様!?ああ、二度と会えないものと思っていたのに、こうしてルーチェモンの
行動の御痕跡を見る事が出来るなんて…」

アルケニモンは涙を流しながら、自分に笑顔を向けてくれたルーチェモンのために祈った。ア
ルケニモンは自分の前に現れたルーチェモンが吉武の変装だと言う事に未だに気づいていな
い。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@

その日、ハーディックシティは住民達のどよめきに満ちていた。住民達は突如として部厚い雲
に覆われた空にどよめき、そして今は町外れの森に立った紅い光の柱にどよめいていた。

「おやっさーん!どこぉー!?」

雑踏の中を一匹の小さなデジモンが歩いていた。ふかふかの緑と白の毛並みと、身長並みに
大きい耳が特徴の成長期、テリアモンだった。彼女は保護者のガルゴモンとはぐれてしまった
のだ。町の住民達は先ほどまで町に侵入した「世界を滅ぼしかねない災厄」と噂されるデジモ
ンと人間を追って殺気立っていたが、今は比較的落ち着いていた。誰かが「そんな噂は根も葉
もない大嘘だ!」と人々に解いて回ったらしいとテリアモンは聞いていた。

「いたっ!」

テリアモンは躓いて転んでしまった。そのとき、彼女の前に細く白い手…いや、前足が差し出さ
れた。

「大丈夫?」

「あ、ありがとうございます」

テリアモンは前足を支えにして起き上がる。見上げると、足を差し出したのは白い翼の生えた
馬のようなデジモンだった。頭部には鋼鉄の仮面を被っている。

「人を探しているの?だったら、私の頭に乗れば探しやすいんじゃないかしら?」

「あ、ありがとうございます、ええっと…」

「ユニモンよ」

「ありがとうございますユニモンさん!」

テリアモンは元気よく挨拶すると、膝を追ってしゃがんだユニモンの背に乗り、ユニモンの頭部
の角をしっかりと掴んだ。

「しっかりと掴まってね」

そう言ってユニモンは身体をおこす。その時、テリアモンの目に紅い光の柱が初めて目に入っ
た。それまでは他のデジモンに遮られて見えなかったのだ。

「わあ、きれい」

テリアモンは思うわずそう言った。彼女はふと、数日前に自分を助けてくれた一人の騎士を思
い出す。鋼鉄の鎧を纏い、大剣を振るう比類なき強さと優しさをもった騎士の事を。

「ナイトモンさん、大丈夫かなぁ」

彼が昨日と今日、自分とガルゴモンが経営しているレストランに来ていないだけなのに急に心
配になり、テリアモンはそんなことを思った。そしてユニモンは、自分が愛する人と、自分の幼
い頃からの親友と、それらの仲間達の事を気にかけていた。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

光の柱を前に皆が呆気に取られていたが、一番最初に動いたのはバルバモンであった。

「ええい!進化などさせてたまるかっ!!」

そう言って杖を振り上げた時、他の皆も我に帰り、攻撃を阻もうとした。その瞬間、光の柱が激
しく瞬いた。まるで雲を振り払うかのように。

「マメティラモンX進化!」

マメティラモンの身体からテスクチャーがはがれ、ワイヤーフレームも爆発的に膨張し、形を変
えていく。その中心に位置するデジコアが真紅に輝き、身体にテスクチャーが張られ黒い皮膚
を作り、後頭部から伸びた光の線が銀色の髪を創っていく。手足や胴、頭部をワイヤーフレー
ムが多い、それが鎧となる。そして両の掌を閃光がすり抜けるとそれが銀色の刃となった。大
見得を切ると、バックに「鎧」「王」「門」の三つの漢字が浮び、そして叫んだ。

「ガイオウモン!!」


第23章 その名は鎧王門―MUSYA DEGIMON―


光と、そして部厚い雲が晴れ何所までも青空が広がった時、そこに立っていたのはマメティラモ
ンではなかった。黒き鋼のような肉体に鉄(くろがね)の鎧を纏い、鋼線のような質感の長い銀
の髪を生やしたその竜人型デジモンは、その場にいる誰もが知らない種類のデジモンだった。

「あれが進化したマメティラモン…?ちょっと…かっこつけすぎ…じゃねぇか…?」

フレイモンが興奮で震える声で言った。

「あの姿…ウイルス種のウォーグレイモンに似ているが…あの武器は一体…?」

ケンタルモンが言う。進化したマメティラモンの姿は確かにウォーグレイモンという種類のデジ
モンと似ていた。だが鎧の形状が大きく違い、最大の相違点は両手に武器を持っていることだ
った。

「あの姿は…」

吉武は鎧の形状の意味を知っていた。その鎧が吉武の住んでいた国、『日本』に昔いた『武
者』の鎧を模している事を。そして両手に持つ武器が形状こそ奇妙に湾曲しているが、それが
吉武のいた世界では最強の刃物、『刀』である事も知っていた。

「ヨシタケ…」

かつてマメティラモンだった者は吉武に視線を向ける。

「俺はもう絶対に俺の命を捨てたりしない。そして俺の中のX抗体は誰にも渡さない」

そう言いながら刀を交差させ、臨戦態勢をとる。

「だから…絶対に負けないと誓う!」

力強く叫んだ。そして吉武も叫び返す。

「わかったよ!ガイオウモン!」

再び彼の名がその場に響いたとき、その場にいた者達全ての顔に喜びの色が生まれた。唯一
人、バルバモンを除いて。

「調子にのるな…物語のように何もかも上手くいくと思うなっ!」

バルバモンの顔は憎悪に歪み、その手が怒りに震える。

「上手くいくと思うな…?その言葉、そっくりそのままてめぇに返してやるぜっ!!」

ガイオウモンはバルバモンに向かって跳躍する。その動きはマメティラモンの時よりも速かっ
た。

「愚か者めがぁ!」

ガイオウモンが振り下ろした刀の前に魔法陣が出現し、その斬撃を阻もうとする。しかし振り下
ろした刀、『菊鱗』はたやすく魔法陣を切り裂き、そしてバルバモンの肩口を切り裂いた。

「ぎ…ぎやぁぁぁぁぁぁ!?」

一瞬の間の後、バルバモンがかん高い悲鳴を上げる。いままで学者として研究を生業にして
生きてきた、しのぎを削る闘争から一歩引いた所で生きてきた彼にとって生まれて初めて感じ
た痛みにバルバモンは皺だらけの顔に苦悶の表情を浮かべていた。

「あの魔法陣を破った…」「イケル…」「いけるっ♪」
「「「いけるぞっ!!」」

デルタモンの三つの頭部の声が重なった。そう言っている間にバルバモンの傷口が再生して
いった。しかしバルバモンは未だ苦悶の表情を浮かべていた。

「だから…調子にのるなと言っている!」

バルバモンは空中に浮かび上がり、自らの周囲に無数の黒い球体を作り上げる。暗黒のエネ
ルギー弾だ。それらが一斉にガイオウモンに向かって飛んできた。

「危ないガイオウモン!」

吉武が叫ぶのも無理は無い。サッカーボール大の暗黒弾はかなりのスピードを持ち、機動力
のあるデジモンでも全弾かわし切るのは難しいだろう。しかしガイオウモンはそこから一歩も動
かず、静かに飛来する暗黒弾を…いや、バルバモンを見つめていた。

「…ハァッ!」

ガイオウモンの回りを銀色の軌跡が駆け抜け、着弾直前の暗黒弾が掻き消える。菊鱗で切り
払ったのだ。ガイオウモンは次々と飛来する暗黒弾を、その場から動かずに二本の刀で次々
と切り払っていく。その光景を見て、パイルドラモンは思わずヒュウ!と口笛を鳴らした。

「ええい!なめるなぁっ!」

バルバモンはガイオウモンの身体の二倍はある大型の暗黒弾を作り出し、放った。その顔に
は焦燥の色が浮んでいた。

「なめるな?調子にのるな?」

ガイオウモンは腰を深く落とし、菊鱗を交差させて構える。

「言ったはずだぜ。その言葉をそっくりそのままてめぇに返すってなっ!!」

ガイオウモンは交差させた刀を全力で振りぬき、必殺技『燐火斬』を放つ。銀の軌跡が青白い
炎となって暗黒弾を切り裂き、軌跡の先端がバルバモンの胸を十字に切り裂いた。

「ぎ…ぎぃやぁぁぁぁぁぁっ!?」

超高温の炎で焼かれながら斬られる痛みにバルバモンは先ほどよりも激しく悶絶する。それを
見てナイトモンが一歩進み出る。

「…分るかバルバモン?それが『痛み』と言うものだ。お前が行なおうとしている事は、それ以
上の痛みをこの世界に住む者全てに強いると言う事なのだ!」

ナイトモンが叫ぶ。バルバモンはそれに答えるように顔を上げる。傷口は既に再生している
が、呼吸は荒い。

「痛みだと…?とるに足らぬ物どもがどうなろうと関係無いわ!むしろ重要なのは…この世界
の『神』である私が!貴様に苦痛を味あわされたという事の方だ!」

バルバモンはガイオウモンに向かって杖を向ける。するとバルバモンの周りに無数の暗黒弾
が作り出される。数は先ほどの3、4倍はある。

「!」

全ての暗黒弾が一斉にガイオウモンに向かう。ガイオウモンは次々と飛来する暗黒弾を切り
払って行くが数が多すぎて対応しきれず、斬激の隙間を潜り抜けた一発の弾がガイオウモン
に着弾した。

「ガイオウモン!」

体制が崩れた途端、残りの弾が次々とガイオウモンに命中する。それでもガイオウモンは体制
を崩さず、両足で地面に踏ん張っていた。

「ほう、まだ倒れぬか…ならばこれでどうだ?」

バルバモンは地面に降り立った。杖の先端からでた光が魔法陣を描き、その魔法陣はガイオ
ウモンの足元にまで伸びていた。

「パンデモニウムロスト!」

魔法陣全体が瞬いて暗黒の波動を放つ。ガイオウモンは衝撃で吹き飛ばされ、暗黒の波動に
よって魔法陣が描かれた場所にあった雑草や小石、木は跡形もなく消滅してしまった。

「ガイオウモン!?」

地面に叩きつけられたガイオウモンに吉武が駆け寄る。

「フフフ…フハハハハハハッ!そうだ!負けるはずが無い!驚異的な速さで進化したとはい
え、X抗体を持つとはいえ、所詮は普通の究極体の域をでない!『神』となったこの私の障害に
はなりえない!」

ガイオウモンが劣勢に立たされた事によって青ざめた皆の表情を見てバルバモンは勝ち誇っ
たように笑う。

「まだだ…まだ終ってねぇ…」

ガイオウモンの闘志はまだ消えてはなかった。立ち上がろうとうする彼に吉武は肩を貸す。そ
れをバルバモンが憎憎しげに睨みつけた。

「つくづく貴様等は救えん奴等だ…もうよい、二人仲良くあの世に…」

バルバモンは二人に向かって杖を向ける。その次の瞬間、青白い光線が二人とはまったく別
方向から飛来する。

「…やっちまった」

メカノリモンが放った光線だった。光線は魔法陣で防がれたが、バルバモンは憎悪を剥き出し
にした眼差しで彼を睨みつけた。

「ザッソーモンの次は貴様か。貴様等を見ているとよく思い知らされる事が一つある…それは
な!」

バルバモンは杖を振って大型の暗黒をメカノリモンに放つ。

「この世界には私を除いて愚か者しかいないと言う事だ!」

「ヒィィィィィッ!!」

メカノリモンは全力疾走でその場から離れるが、暗黒弾の飛来する速度は速く、たちどころに
差は縮まっていく。

「だめー!」

追いつかれる前に太い鉄の円柱がメカノリモンを殴って空中に打ち上げた。バルブモンの腕
だ。バルブモンは身体のシャッターを開いて、落ちてきたメカノリモンをその中に落とす。

「一時撤退だ!みんなバルブモンの中に逃げ込め!」

それを見てケンタルモンが間髪いれずに叫んだ。

「ケンタルモン!尻尾巻いて逃げろって言うのか!?」

「今はいたし方あるまい!いったん町に戻って住民を避難させることが先決だ!」

「っく!」

ガイオウモンはバルバモンを睨みつけた後、吉武を小脇に抱える。

「ザッソーモン、お前もだ!来い!」

「ワ、ワタシデスカァ〜!?」

戸惑うザッソーモンに構わず彼を小脇に抱えて「ありがとよ」とガイオウモンは小声で呟くと、ジ
ャンプしてバルブモンの内部に飛び込んだ。

「俺は逃げるなんて御免…」

「だめー」

バルブモンは残ろうとしたパイルドラモンを殴り飛ばして内部に放り込むと、全速力で地面の中
に潜行してその場を離れた。

「…フン」

バルバモンの彼らに対する怒りが収まったわけではないが、バルバモンは先ほどの攻防で自
分の力があればいつでも彼らを叩き潰せる事を確信し、その結果に満足していた。それにバ
ルバモンは彼らが自分とは戦わず、自分を避けて逃げ回るような事になってもそれはそれで
逃げ回る彼らをみて蔑むという愉しみができると考え、今は彼らをほおって置く事にし、まずは
ハーディックシティのデジモン達を粛清する事にして、ゆっくりと町に向かって歩き出した。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

「クソッ!マメティラモンがガイオウモンに進化したってのに…あいつには勝てないのかよ!」

フレイモンがバルブモンの内壁を叩く。皆一様に暗い表情をしていた。ガイオウモンへの進化
で生まれた希望を打ち砕かれたダメージは皆大きかった。

「あんな奴に勝てるデジモンなんて…それこそロイヤルナイツか七大魔王、伝説に出てくる十
闘士や四聖獣しかいねえじゃねえか!!」

「情けないデスネェ〜♪」

見かねたようにザッソーモンが言う。

「なんだとぉ!?」

フレイモンがザッソーモンの襟首を掴み上げる。自然と二人に視線が集まった。

「情けなくて涙がデマスヨ…ガイオウモンで勝てなかったとしても、これだけの実力者が揃って
いるんデスヨ!?」

ザッソーモンは周りにいる皆を見回して言う。

「バルバモンは以前はデスクワーク専門のヴァンデモンデス。強大な力を持っていたとしても、
隙はいくらでもあるはずデショウ!コレダケの実力者が揃っていて、あんな奴に負けるはずが
アリマセン!」

ザッソーモンの力説の後、辺りは静まり返った。一時の静寂の後、ナイトモンが一歩前に進み
出た。

「少し見直したぞ。確かにここで引き下がっていてはいかんな」

それに続いてケンタルモン、デルタモンが前に進み出る。

「ハーディックシティの住民全てを避難させるのは多すぎて無理かもしれないな。それに住民が
パニックを起こしたり信じてくれない可能性もある。ここで奴を撃退するのが最善の策だろう。
…私は、あの町を、愛する人を守りたい」

「「「こっちも同意見だ!」」」

今度はパイルドラモンが前に進み出る。

「俺は群れて戦うのは嫌いなんだがな…奴になめられっぱなしってのは気にくわねぇからな」

続いてフレイモンが進み出た。

「俺も戦うぜ!俺は非力だけど…ここで全力を出し切らなきゃ一生後悔する事になりそうだか
らな!」

メカノリモンは何事か呟きながらまごついている。次々と名乗りを上げる皆を見て。逃げるか戦
うか迷っているようだ。そんな彼にザッソーモンが声をかけた。

「メカノリモン、ワタシの立てた作戦には貴方が必要デス」

「それは…俺を『利用』しようとしているのか?それとも俺が本当に『必要』なのか?」

「『必要』デス。ココ一ヶ月の間、成り行きとはいえコンビを組んできた仲デショ〜♪」

ザッソーモンは普段の彼のようなおどけた口調で言って、蔓のような手を差し出す。

「…フン!全てが終ったらテメェとのコンビはご破算だからな!」

憎まれ口を叩きながらもメカノリモンは自らの手をザッソーモンの手に重ねた。

「あの…あたしも参加しなきゃ駄目?」

「当然だ」

ナイトモンに言われベーダモンは肩を落とし、観念したようにメカノリモンの手の上に細い手を
重ねる。

「こんな五月蝿い手で失礼」

デルタモンが右腕、メタルヘッドを差し出す。
3人は改めてその鼻先に手を重ねた。

「それにしても、お前らと一緒に戦う事になるとはなぁ」

そう言ってフレイモンが手を重ねる。

「たかが『神』ごときに我々は潰されはしない!」

ナイトモンが手甲に覆われた手を重ねる。

「最強の競演だな。負ける気がしねぇ」

パイルドラモンは感嘆したように言って手を重ねる。

「ぼくもぼくもー!」

振動と同時に興奮したバルブモンの声が聞こえた。そしてケンタルモンが手を重ねる。

「さて、聞くまでも無いが…どうする?吉武、ガイオウモン?」

二人は無言で頷き、皆の所に駆け寄る。

「必ず、勝つ!」

ガイオウモンはそう言って勢いよく手を皆の手の上に叩きつけた。

吉武はこの世界に来て、素晴らしい心をもったデジモン達に出会えた奇跡に感謝しながら、手
を重ねた。


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