馬鹿な…

神である私が…とるにたらんデジモンどもごときに…破れるだと…?

ありえん…絶対ありえん!

やつらが神に匹敵する力をもっているなど…

力…チカラ…X抗体…?

いや…人間!!


第25章 別れ―don,t forget!―


「やった…これならあのバルバモンも一撃で…」

フレイモンは思わず声を上げる。フレイモン、ベーダモン、ケンタルモン、デルタモン、パイルド
ラモン、メカノリモン、バルブモンの必殺技は絡み合って巨大な閃光となり、バルバモンを飲み
込んだ。バルバモンのいた所はクレーターとなっている。勝利を確信してフレイモンはバルブモ
ンから飛び降り、他の皆もそれに続いた。

「終ったのね…これであたし達はデジタルワールドを救った英雄ね!」

「えーゆーえーゆー!」

「アホか。こんな話信じる奴がいると思っているのか?」

歓喜するベーダモンとそれに釣られるバルブモンにデルタモンが水を指した。右腕のメタルヘ
ッドはクスクスと笑っており、無表情な左腕のスカルヘッドも心なしか笑っているように見えた。

「フン…つまらねぇ戦いだったぜ」

そう言って地面にアグラをかいて座り込んだパイルドラモンの外骨格はあちこちにヒビが入って
いた。

「俺達、本当にバルバモンを倒せたのか…?俺の手で…」

「自身を持ちマショ〜♪」

自分のやった事が信じられなさそうなメカノリモンを、ザッソーモンが励ました。

「ヨシタケ!みんな!大丈夫か!?」

ガイオウモンは皆の下へ駆け寄って来た。

「安心しろ、誰一人死んではいない」

黒焦げになった木の影からナイトモンが歩み出る。パイルドラモン同様、バルバモンの攻撃を
受けて鎧はボロボロだった。

「ナイトモンさん!大丈夫でしたか!?」

吉武が駆け寄る。ガイオウモンの攻撃準備が終るまで一人でバルバモンをこの場に釘付けに
するという危険な役割を引き受け、さらにガイアリアクターや一斉攻撃の着弾地点のすぐ側に
いたナイトモンの事が、吉武はとても気がかりだった。

「なんとかな。もう1、2メートル近かったら危なかったが」

吉武はナイトモンの手を握り緊めていった。

「メカノリモンさん、ケンタルモンさん、ザッソーモンさん、デルタモンさん、パイルドラモンさん、フ
レイモン、ナイトモンさん、ベーダモンさん、ガイオウモン…本当にありがとう!」

吉武は満面の笑顔を皆に向ける。皆、てれくさそうな顔をしていた。

「しかし、イグドラシルのシステムを乗っ取ったバルバモンが死んだ今、イグドラシルの機能が
復旧する事はまず無いだろう。吉武、ガイオウモン、イグドラシルのシステムを使えば君達を元
の世界へ帰すことができると思っていたのだが…」

ケンタルモンが申し訳無さそうに言う。だが吉武とガイオウモンはそれを全く気にしていない様
子だった。

「いいってことよ!元の世界に帰る方法は気長にじっくりと探すさ」

「うん。それに、僕…」

吉武は少しためらったあと、呟くように小さな声でその言葉の続きを紡いだ。

「もっと…みんなと一緒いたいから…」

「え?今なんて言った?」

フレイモンが聞き返したその時、突如として漆黒の帯が吉武の胴に巻きつきそのままクレータ
ーの中心に引きずりこんだ。

「ヨシタケッ!!」

一番最初に動いたのはガイオウモンだった。それに続いてナイトモンがクレーターに向かう。

「ガイオウモン!ナイトモンさん!みんなっ!」

クレーターの中心にはバルバモンが立っており、黒い帯は右手に握られた折れた杖から伸び
ていた。バルバモンの着ているローブは穴だらけで、地面に着きそうに長い顎鬚も焼け焦げ
て、左腕は途中からなくなっていた。その姿はみすぼらしく、いっそ哀れなほどであった。

「このっ!離せっ!」

吉武が束縛から逃れようともがき、バルバモンの胸を引っかいた。するとバルバモンの胸は粘
土を指で掻きまわした時のようにえぐれた。吉武は指に付着した肉片のおぞましい感触と予想
外の結果に言葉を失う。一刻の間を置いて指に付着した肉片が粒子状になって四散する。す
でにバルバモンの身体は再生どころか肉体を構成するデータが自然分解寸前の状態にまで
破壊されていた。

「チカラ…力…力だ…」

バルバモンはうわ言のように呟く。その目には追い詰められた者特有の、鈍くギラギラとした光
が宿っていた。

「ヨシタケを離しやがれっ!」

ガイオウモンは刀を構え突進する。しかしクレーターの中心にブラックホールのような黒い穴が
空き、バルバモンと吉武はその穴に消える。二人が消えた後縮み始めた穴にガイオウモンも
飛び込み、それにナイトモンが続く。残りの皆もそこに飛び込もうとしたが、穴はすでに縮んで
消えていた。

「バルブモン!」

「おうー!」

バルブモンは手足と頭部を引っ込め、地面に潜行しようとする。しかしバルブモンの身体は地
面に沈まず、まるでトランポリンの上に落ちたように弾かれて転がる。

「どういうこと!?」

「結界が張られているって事か!?」

フレイモンが叫ぶ。ザッソーモンが地面に手を叩きつけた。

「迂闊デシタ…私の作戦が甘かったばかりに…!」

他の者達もザッソーモン同様、苦渋の表情を浮かべていた。ただ一人、近くの焦げた木の根
本に腰を下ろしていたパイルドラモンを除いて。

「そう心配する程の事でもないと思うぜ、俺は」

不謹慎、いや、言語道断とも取れる発言だったが皆は虚を疲れたような表情で彼を思わず彼
に視線を向けた。

「あのガキは意外と肝が据わってやがる。それにあのガイオウモンとナイトモンが着いているん
だ。まかり間違っても負けはねぇよ」

そう言ってパイルドラモンは目を閉じる。程なくして、大きないびきが聞こえてきた。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

何色ものワイヤーフレームで構成された空間。その空間に銀色の軌跡が閃いた。ガイオウモ
ンの刀『菊鱗』だ。軌跡はその空間と同じくワイヤーフレームで構成された球体、立方体、四角
錘を切り裂く。それらは粒子状となって掻き消えた。そのすぐ側にいたナイトモンは無数のウニ
のような物体の群れへ突撃した。物体は光弾を放ってナイトモンを迎撃する。損傷していると
はいえ、ナイトモンの鎧はその機能を完全には失ってはおらずナイトモンにその攻撃は効いて
いない。そして無数の物体は『ベルセルクソード』によって薙ぎ払われ消えた。これらの物体は
イグドラシルの防衛システムだった。今はバルバモンによってコントロールされているそれは、
イグドラシルが自分の元にたどり着くデジモンがいるとは夢にも思わなかった為か戦闘能力は
非常に低い。だが数は無限ともいえるほど多かった。

「クソッ!キリがねぇ!このままじゃヨシタケが…」

ガイオウモンとナイトモンがたどり着いた場所、そこはワイヤーフレームでできた迷路でそこに
吉武とバルバモンの姿は無かった。おそらく迷路はイグドラシルの『神殿』の中にあるもので、
バルバモンと吉武はイグドラシルの間にいるのだろうと二人は考えた。

「このまま奴に時間を与える義理は無い!ガイオウモン!二手に分かれるぞ!」

ガイオウモンは軽く頷くと、防衛システムでひしめく通路を突っ切る。ナイトモンもそれとは逆方
向に走り出した。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@

バルバモンは崩れかけている身体と杖から伸びた漆黒の鞭で捕らえている吉武を引きずるよ
うにして歩く。歩いている内に折れかかっていた杖が折れ、吉武を束縛していた鞭が消える。
だがそれを意に介さず、それとも気づいていないのか、バルバモンは何かに取り付かれたか
のようにイグドラシルに向かう。

「…」

吉武は自分を捕らえていた鞭が消えたにもかかわらず、逃げ出そうとしなかった。もっともイグ
ドラシルの間には扉が無いので逃げる事も出来ないが。

二つに割れたイグドラシルのすぐそばまでバルバモンが来ると、イグドラシルのコアにあたる部
分から数本の太いケーブルが出てきた。それに呼応するようにバルバモンの背中が盛り上っ
てコネクターの様な機械的な形になり、そこにケーブルが接続された。ケーブルが波打ち、イグ
ドラシルが数度瞬く内にバルバモンの体が再生される。破れたローブも折れた杖も完全に再
生していた。吉武は皆の協力の結果がふいになった事に対する悔しさに顔を歪めた。

「さて…それでは教えて貰おうか…」

バルバモンが嫌らしい笑みを浮かべて吉武に歩み寄る。吉武は『何を?』という意味をこめて
睨み返した。

「分からぬか?力だ…力の秘密だ!」

そう叫んでバルバモンは吉武の襟首を掴む。『力の秘密』と聞かれても吉武は何の事か全く分
からなかった。

「あのとるにたらんデジモンどもが神である私を追い詰められるはずがない!だが奴等は私に
あれだけのダメージを与えた…と言う事は奴等は普通のデジモンどもにはない力を持っている
としか考えられん!そうだ!奴等の、ガイオウモンのそばに常に貴様はいた!X抗体を持って
いるとはいえ、奴がデジタマから生まれてから約一年で究極体となったのも貴様がいたからだ
ろう!?」

「そんな…僕にはそんな力は…」

酷い言いがかりだと吉武は思った。吉武はマメティラモンがガイオウモンに進化したのも、皆の
力をあわせる事でバルバモンを倒せた事も吉武は奇跡のようなものだととらえていた。しかし
その奇跡を自分が起こした物だとは思っていなかったし、むしろ自分は皆の中で最も非力な存
在だと思っていた。

「嘘をつけぇ!」

バルバモンは吉武の首を締めようと手に力を込める。吉武はそこから逃れようともがくが、締
め付けは一層強くなるばかりだった。

「さぁ!吐け!吐けぇぇぇぇぇぇ!」

バルバモンは呪詛のように『吐け』と言い続ける。吉武の気が遠のいてきた頃、イグドラシルの
間の壁の一角が切り裂かれた。

「哀れなものだな、バルバモン。この世界の歴史を全て知り、神ともいえる力を手にしておきな
がらそんな事も分からないとはな」

そう言って入ってきたナイトモンに気づき、バルバモンは吉武を投げ捨てナイトモンを睨んだ。

「ならば貴様には分かるのか…?」

「分かる」

そう言ってナイトモンは吉武に歩み寄り、吉武が無事な事を確認する。

「よかった、無事だったか…」

「ナイトモンさん…みんなは…」

「ガイオウモンは私と共にここに来た。途中で二手に分かれたがあいつなら必ずここにたどり
着くだろう。他の皆は分からん。しばらく私の後ろに隠れていろ」

吉武はナイトモンの後ろに隠れる。そしてナイトモンはバルバモンに胸を張って言った。

「確かに、この人間の子供…吉武がいなければ我々は貴様の前に倒れていただろう。だが、
それは他の皆でも同じ事。誰一人…フレイモン、ベーダモン、メカノリモン、ザッソーモンの誰が
欠けても決して貴様を倒す力は生まれはしない!」

「愚かな…あのような輩、いてもいなくても同じだ」

ナイトモンの言葉をバルバモンは鼻で笑う。だがナイトモンはそれを意に介さない様子で言葉
を続ける。

「貴様を倒した力…それは言葉が生まれてから現在まで使い古された言葉だ。『信頼』という名
の言葉だ!それこそが僅か一年足らずでデジモンを究極体に進化させ、神すらも超える力
だ!そして一部の者だけを、いや、自分以外の全てをとるにたらぬ者と考えるその慢心こそが
貴様の敗因だ!」

ナイトモンの言葉がイグドラシルの間に響く。

「ククク…ハ―――――ハッハッハッ!!」

一刻の間を置いて、バルバモンはタガが外れたように狂ったように笑う。

「笑わせるな!信頼だと!?それこそ最も愚かな言葉だ!この世界の歴史は闘争と裏切りの
連鎖!かつて古代世界の争いを平定したルーチェモンはやがて民衆を弄び、苦しめた!その
例からも分かるように、デジモンの本質は永遠に争いを繰り返し続ける自分本位の利己的な
生き物に過ぎないのだ!」

ナイトモンは笑い続けるバルバモンを静かに見つめた後、ベルセルクソードを構える。

「お前の言っている事はこの世界の側面の一つでしかない」

ナイトモンはそう言ってバルバモンに突撃する。
バルバモンは笑うのを止め、杖を構えた。

「ならば私を倒してみろ!貴様の言う『信頼』でな!」

バルバモンは叫ぶと共に、杖の先から出た光線が地面に魔法陣を描く。ナイトモンは自分の
足元にも魔法陣が描かれているのを見て、後ろに飛び退こうとするが既に遅かった。

「パンデモニウムロスト!」

魔法陣が瞬き、魔法陣上にあるもの全てを消し去らんと暗黒の波動がほとばしる。ナイトモン
はとっさにベルセルクソードで体の前面をガードしたが、耐え切れずその身体が空中に吹き飛
ばされる。

「ナイトモンさん!」

ナイトモンはちょうど吉武の手前の床に叩きつけられた。ひび割れた鎧の隙間からは血がにじ
み出て、ベルセルクソードは全体に亀裂が走り今にも砕けそうだ。

「あっけないだろう?だがそんな物だ。貴様等の力など私が本気を出せば蝋燭の炎のように簡
単に掻き消える」

バルバモンは嘲笑いながら吉武に向かってゆっくりと歩み寄る。吉武はナイトモンの前に立
ち、バルバモンを睨んだ。それに構わずバルバモンはナイトモンに向かって言った。

「私が本気を出せば貴様は跡形も無く消える。何故私は完全に貴様を殺さなかったと思う?」

その言葉のあと、バルバモンは吉武に視線を写す。

「さて、人間の子供よ…お前に一度だけチャンスをやろう。そのナイトモンを殺せ。そうすれば
イグドラシルのシステムを使ってお前を人間界に帰してやろう」

吉武の瞳に動揺の色が生まれた。それを見逃さず、バルバモンは嫌らしい笑みを浮べながら
ささやくように言葉を紡いだ。

「私はイグドラシルを通して君の行動を見てきた。正直、君はこの世界のデジモン達に嫌気が
さしているのではないのかね?メカノリモンに襲撃されたとき、君は生まれて初めて戦いの恐
怖を知った。暗殺者フライモンに狙われたとき、君は暗殺者が成り立つこの世界を恐れた。ジ
ャングルで人間の骨を見つけたとき、君は苦楽を共にした物を平気で裏切るデジモンの心根
の醜さを知った。私が流した噂に踊らされ、君を狙うハーディックシティの住民を見た時、君は
デジモン達の愚かさを知った」

吉武は目を強く閉じ、耳を塞いでバルバモンの言葉を無視しようとするがバルバモンが一言一
句紡ぐたびに今までに味わった戦いの恐怖が、時には間際に感じた死の恐怖が、以前一度だ
け抱いたデジモン達への疑念が蘇って来た。その様子をみて、バルバモンはさらに追い討ちを
かけるべく言葉を紡ぐ。

「それにこの世界の容量は限界が迫っている。このままではこの世界どころか全ての時空が
破壊される『デジタルハザード』が起こってしまうだろう。私が死んだとしてもそれは変らない。
私は『デジタルハザード』を止める事が出来る。この世界の大半のデジモンを消すことによって
な。だがこの世界のデジモン達にそれが出来るかね?私ですら考え付かないような方法を思
いつき、全ての時空の破壊を止める事ができるように見えるかね?そこにいるデジモンのよう
な奴等に!」

バルバモンはそう言って吉武の後ろを指差す。吉武は言われるがまま、自分の後ろを見た。
ナイトモンがいた。もはや身を守る鎧も、敵を両断する剣もその役目を果たさないと言うのに、
必死で立ち上がろうとしている。吉武を守る為に。吉武の視界に自分がいつも背負っているリ
ュックが目に入った。草原の大農場のデジモン達に作って貰い、砂漠の集落のデジモン達に
直して貰ったリュックサックだ。

吉武の脳裏に今までに出会ったデジモン達との思い出が蘇る。ある時は守ってくれ、ある時は
食料などを恵んでくれ、ある時はくじけそうな自分を励ましてくれた、多くのデジモン達が。

「さぁ、分かっただろう…む?」

吉武はナイトモンに肩を貸し、彼が立ち上がるの助ける。

「貴様…なんのつもりだ…?」

バルバモンは怒りに震える声で言う。吉武は顔をあげ、バルバモンを正面から見据える。その
顔に迷いはもう、無かった。

「僕が見てきたのはこの世界のほんの一部だけかもしれない…運良くいい人たちに出会えた
だけかもしれない…でも!僕はこの世界が…デジモン達が大好きだ!僕は…この世界のデジ
モン達なら『デジタルハザード』を止められると信じる!」

吉武の強い言葉がイグドラシルの間に響く。ナイトモンはその言葉に微笑を浮べ、瀕死の重傷
を負っているにもかかわらずその身体には活力が戻ったように見えた。

「ふ…ざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

一刻の間を置いてバルバモンの叫びが響く。幾度と無く憤怒に醜く歪んだその顔だが、今の彼
の表情はその中でも群を抜いて醜く、強大な怒りが感じられた。しかしそれに二人は動じなか
った。

「私ですら…神ですら不可能な事をこの世界のデジモンどもがやってのけるというのか!?ガ
キの空想は大概にしろ!」

ナイトモンは再び剣を構える。

「貴様は本当に哀れな奴だな…」

『もはや何も言うまい』そう心の中でナイトモンは付け加えた。そして全身全霊を持ってベルセ
ルクソードをバルバモンに振り下ろす。

「ベルセルクソードっ!」

「無駄だ!」

最上段から振り下ろされたベルセルクソードは魔法陣によって受け止められる。しかしその刀
身は魔法陣に少しずつ食い込んでいく。

「貴様、先ほど私の慢心が敗因になるといったな…慢心とは私が貴様に止めをささなかった事
の事を言うのか…?ならば…」

ナイトモンが魔法陣を切り裂こうと力を込めれば込めるほど、ベルセルクソードの亀裂が増え
ていく。今にも砕けそうだ。

「それは大きな間違いだ!貴様は既に攻撃力など無いに等しい!よしんばその魔法陣を切り
裂いて刀身が私に届いたとしても、私のダメージはすぐに再生する!エネルギーもイグドラシ
ルがある限り無限に供給でき…」

ガラスが砕けたような音がバルバモンの言葉を遮った。ベルセルクソードがナイトモンの腕力と
魔法障壁に耐えられずに中程から折れたのだ。バルバモンは嘲笑おうと唇の端をゆがめる。
しかし次の瞬間、折れた刀身の先が、バルバモンの背中のコネクターに突き刺さった。イグド
ラシルとケーブルで繋がっているコネクターに。バルバモンは笑おうとした表情のまま固まっ
た。

「イグドラシルのシステムを乗っ取るのに時間がかかったと貴様は言っていた。貴様の背中の
物を見た瞬間、時間がかかったのはそのコネクターを作ることだと思ったが…図星だったよう
だな。コネクターは簡単には再生出来ないのだろう?」

バルバモンの表情をみてナイトモンが言う。バルバモンの背中のケーブルが次々と抜けてい
く。

「おのれ…おのれぇぇぇぇぇぇぇ!調子に乗るな!イグドラシルからのエネルギー供給が出来な
くなったとはいえ、神の力は未だ健在だ!その半死半生の体でどう私を倒す!?」

ナイトモンは先ほどの一撃に体力を使いきったのか、フラフラとしている。だが倒れずに、折れ
た剣を支えにしながら言った。

「…お前は忘れていないか?彼の事を?」

「…!」

バルバモンがナイトモンの言葉の意味を理解するか否かの刹那、イグドラシルの間の天井を
貫き、閃光の矢が彼に飛来する。矢の飛来に反応して魔法陣が現れ、矢を阻もうとする。しか
し矢は魔法陣の中心を、バルバモンの体を貫き爆発する。

「ヨシタケッ!ナイトモンッ!」

天井に空いた穴から射手は飛び降り、吉武達の元におりる。吉武は歓喜に震える声で、彼の
名を呼んだ。

「ガイオウモン…!」

ナイトモンはガイオウモンの姿を確認すると、糸の切れた人形のように仰向けに倒れた。

「…少し、休ませてもらうぞ」

ガイオウモンは頷き、バルバモンのいた方向に向き直る。煙の中ではすでにバルバモンの傷
が再生しはじめていた。

「しぶとい…しぶとすぎるぞ貴様等!」

バルバモンはそう叫んで後ろに跳び、イグドラシルの前に着地した。杖を振り上げると頭上に
巨大な暗黒弾が生み出され、それが弾けてあたり一帯に撒き散らされる。飛び散った暗黒の
破片は床や壁に穴を空け、イグドラシルの一部すら破壊した。ガイオウモンは自らに飛来して
来た暗黒の破片を次々と切り裂く。

「馬鹿めぇ!」

ガイオウモンの不意を突き、バルバモンにコントロールされた暗黒の破片が吉武とナイトモン
に向かう。だがガイオウモンは振り向きもせず、刀一本で暗黒の破片を薙ぎ払う。

「随分と姑息な手段を使うんだな。まるでザッソーモン…いや、それ以下の戦略だな」

「ほざくな…虫けらがぁ!」

ガイオウモンの言葉に激怒したバルバモンは杖を高く掲げる。杖の先端から天井に向かって
光が伸び、地盤を突き抜けたその光は雲の上まで伸び、放射状に開いて大地に降り注ぎ、魔
法陣を描く。やがて魔法陣は穴だらけになったイグドラシルの間の床にも描かれ、その中心に
バルバモンは杖を突き立てる。

「私の力を限界まで引き出した最大級のパンデモニュウムロストだ…これが発動したときスクリ
ープ地方、いや、この大陸は全て動くもの一つ無い死の大地となる!貴様に止められるか?
止められるはずが無い!貴様等は所詮強大な力に押しつぶされる虫ケラに過ぎないのだ!」

しかしバルバモンの言葉に吉武達は動じたようすはない。吉武はガイオウモンの手を強く握っ
た。

「ガイオウモン…」

「ああ…分かっている」

ガイオウモンは一歩歩み出ると、二本の刀、『菊鱗』を重ね合わせる。二本の刀は一つに混ざ
り合い、ガイオウモンの体長の二倍の長さはある日本刀となった。

「俺の…全てをぶつける!」

ガイオウモンは腰を深く落とし、『菊鱗』を握る右手を腰の左側に回す。『抜刀術』と呼ばれる剣
技の構えだった。

「全てだと…?愚かな、生まれてから一年程度の時間しか生きていない貴様の全てが、この私
に通じると思っているのか!?」

「…」

ガイオウモンは目を閉じ、精神を集中する。後ろにいる吉武とナイトモンは何も言わず、ただガ
イオウモンを見つめていた。

「消えろっ!パンデモニウム…」

「燐火斬!」

魔法陣が瞬いた瞬間、ガイオウモンの目が見開かれ『菊鱗』が抜刀された。上半身の筋力を
限界まで引き出した高速の振り、下半身の筋力を振り絞った大地を砕かんばかりの踏み込み
が合わさり抜刀の速度は瞬間的に光速を超えた。刀身は床ごと魔法陣を切り裂き、軌跡は青
白い炎となってバルバモンへと伸びた。

「ロス…!?」

バルバモンから放たれた強大な暗黒の波動ごと、バルバモンが持つ杖ごと―――――バルバ
モンを切り裂いた。術者であるバルバモンが致命傷に近いダメージを負ったからか、パンデモ
ニウムロストの発動は潰され、魔法陣は消えた。

「俺の中にあるものは、全部みんなから貰った物だ。俺は一人じゃない…みんなが、ヨシタケが
いる」

ガイオウモンは『菊鱗』を元の二本の刀に戻し、言った。

「馬鹿な…こんな事が…神である…私が…」

瀕死の重傷を負ったバルバモンは焦点の定まらない目をして、何事かをブツブツと呟く。力を
限界まで振り絞った技を潰された結果、傷を再生する力も残らなかったのだろう。

「あっ!?」

フラフラとしていたバルバモンはバランスを崩し、自らの攻撃で空いた穴の中に落ちそうになっ
た。それを見て吉武は思わずバルバモンに駆け寄る。

「ヨシタケ!」

間一髪、穴の中に落ちたバルバモンの手を吉武は掴んだ。その瞬間、バルバモンの目に光が
戻った。

「貴様等は…つくづく愚か者だ…」

バルバモンは左手に掴んだ折れた杖を振り上げ、振り下ろそうとする。最後に、自分をここま
で追い込んだ者達を一人でも道連れにする為に。

「ヨシタケ―――ッ!」

ガイオウモンが走り出す。しかし極度に肉体を酷使した反動で足が動かず、倒れてしまう。だ
がその時、彼の真横を走り抜けるものがあった。

「し…ね…!?」

そして次の瞬間、吉武とバルバモンの手が離れた。吉武が手を離したのではない。ナイトモン
がバルバモンに体当たりしたのだ。バルバモンの腹部には折れたベルセルクソードが突き立
てられていた。バルバモンの身体は手足の先から粒子となって虚空に消えていく。デジモンが
死ぬ時、その肉体はこうして消えていく。

「この世界は…確かに裏切りに満ちているかもしれない…だが…信頼と言う言葉を…誰かの
為に命をかける者がいる事を…忘れるなっ!」

ナイトモンとバルバモンは深い穴の中を落ちていき、やがて小さくなって見えなくなった。その光
景を呆然と見ていた吉武が我に帰った時、瞳から涙があふれていた。

「ナイトモンさん…僕の…僕のせいで」

涙の雫は頬を伝い、穴の中へ落ちた。動けるようになったガイオウモンも穴の淵に駆け寄り、
自分が動けなかった悔しさのあまり拳を床に叩きつける。

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ…!」

悔恨に打ちひしがれる二人にゆっくりと、優雅な足取りで近づく物がいた。その足音を聞いて
二人は振り返る。

「彼は…自らの信念を通して死んだ。美しい散り様だった。君達が気に病む事はない」

流線型のパールピンクの鎧を身に纏い、手に一輪の薔薇を持ったそのデジモンの姿を二人は
覚えていた。

「「ロードナイトモン!?」」

未来の世界、NDWでイグドラシルが自らに仕える騎士として生み出したロイヤルナイツの一
人、ロードナイトモン。過去の自分の異変を感じ取った未来のイグドラシルが送り込んだエージ
ェントである彼の目的はガイオウモンの身体からX抗体を取り出してXプログラムを再生成する
事と、この時代のイグドラシルの復旧だった。しかしバルバモンがイグドラシルのシステムを乗
っ取った事によって未来に彼が生まれる可能性は完全に消え、その存在は消えてしまったは
ずであった。

「何故お前が?」

「簡単な事だ。君達がバルバモンを倒した事によって未来に私が生まれる可能性が復活した
だけだ。…限りなく低い可能性ではあるがね」

ロードナイトモンはちらりとイグドラシルを見る。バルバモンの攻撃の余波によって破損したイ
グドラシルを。

「やるってのか…?」

ガイオウモンは二本の刀を構え、身構える。ロードナイトモンは無造作に右手を伸ばし、指を鳴
らす。するとその指先から、無数の薔薇の花弁が放たれた。向かう先はガイオウモンではな
く、吉武。

「うわっ!?」

「ヨシタケ!?」

花弁が吉武の頭上に集まり、人一人くぐれる程度の輪の形になると輪の中に絵の具を無造作
に混ぜたような模様の空間が広がった。吉武の身体は輪の中に吸い寄せられていき、その瞬
間、吉武はこの輪の正体に気づいた。

「これはまさか…ゲート!?」

「ヨシタケェッ!」

ガイオウモンは手を伸ばし、吉武の手を掴もうとする。吉武も手を伸ばしたが後一歩と言う所で
急速にゲートの吸引が強くなり、瞬きをするか否かの瞬間に吉武の身体はゲートの中に消え
輪は収縮して消滅した。

「…!」

ガイオウモンはしばらく腕を伸ばした体制のまま固まった。やがて我に帰り、振り向いてロード
ナイトモンを睨む。

「…てめぇっ!」

「感謝して欲しいものだな。君が息絶える瞬間をあの少年に見せずにすんだのだから」


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